24:誰かを頼ること
ラフィアと合流するまで時間が余っていた。エドワルドには様々な施設があって、その一つに観覧車のような形で空中に浮いて横方向や縦方向に回転するものがある。これにみんなと一緒に乗ってみたが僕以外は怖いようだった。
美しい砂浜では僕たちが水着姿になって水遊びをして、海水浴を楽しむも僕やフランネル以外は水を怖がっていたので丁寧に教えることにする。流石に魔法を使って海に潜ることはしなかったが、この賑わう砂浜で水をかけ合うのは青春のような気がした。これほど誰もが遊びに夢中になって海で泳ぎ回る姿を見るのは楽しくて時間が経つのを忘れてしまう。
穏やか波を見ながら僕はみんなが水の中にいる生き物を捕まえようとしているのを一人見ていた。この透明度のある水なら遠くにいる小さな生き物まで見える。目に魔力を注げばもっと見えるが極力体力を減らさないようにしている。ここにいる人間で魔法を使えない人間はいないが気づかれないほど薄く魔法で頭を中心に覆っていた。機械の体にするのを拒否したアーバンだが首輪は問題ないらしい。魔力を制限されるが自分で取り外し可能だからか気にする様子はない。
ラフィアにはギャバジンに行ってもらって僕たちはアニリンに行くことにする。本当はエドワルドに残るべきと思ったがずっと同じ地域にいて不審に思われるかもしれない。首輪をつけたことで以前よりは目立つことは減ったがアーバンは男性としてもかっこいいと思う。シフォンもどうやら綺麗なようでよく女性からよく声をかけられている。僕からするとまるで男女の両親に連れられた大人と子どもなのだが、この世界では平民の子ども二人に平民の女性と男性の貴族という奇妙な組み合わせだ。
観光もほどほどにしてアニリンには以前使った移動手段を使う。階段を下って地下まで行くと以前と同じくドアが開いた。今度の地下鉄は一時間程度で到着する。席に座るとフランネルは僕の肩に頭を置いて寝てしまった。年相応の彼女と同じなのだが僕は精神年齢が多少は上なので眠ることもない。そう思っていたがシフォンに起こされてしまった。最近はずっと気を張っていたので疲れていたのだろう。やはり体は子どもなのかもしれない。
寝起きの僕と違ってみんなは元気で甘い香りのするパンフレットを渡されて読んでいる。お金を払えば内容は知らないが映像作品を見られるらしい。このパンフレットは食べられるというのでアーバンは口に入れていたが、僕はお腹が空いていなかったので彼に渡した。みんなで映画館に行くことを決めて試しに入ってみる。内装を見ていると僕の心は昔を思い出した。壮大な音楽が流れる室内を人混みをかき分けて進む。昔両親と見に行った映画館の時と同じような気持ちに胸が高鳴る。天井を見上げると番号が見えてきたので、指示に従って板の上に乗ると自然と体が天井まで運ばれる。番号のある暗い室内に自動的に入ると席に座り上映が開始された。
「面白かったね!」
フランネルが楽しそうに映画の内容を語っているのを見て心が喜びで満ち溢れる。そんな僕とフランネルと違い、シフォンとアーバンは今後のことを話していた。ラフィアが残したお金やノルディックが残したお金もあるが、主に使っていたのはアーバンがフェザー連邦で稼いだお金だ。
僕は二人の話を聞き節約を提案する。普段から積極的に主導権を握ろうとしているせいか子どもの僕でも大人の話に入ることが簡単にできるようになっていた。泊まる場所を探しながらピロトグルがヨークドに話を伝えたことを願っていると、宿屋の深夜に連絡が入ってくる。
『お前がキュロットか?』
『そうです』
『寝てたのか。悪いな』
『別に大丈夫』
『俺はさっき起きたばかりだからな。昼夜逆転しているんだ。それで用ってなんだ?』
『ヨークドさんって今どんな仕事しているんですか?』
『そりゃ古代技術の研究だ。それで用ってなんだ?』
『……バーキン連邦の情報を詳しく聞けないかなと思いまして』
『ピロトグルは俺に何を話させようとしているんだろうか……素直に話すわけないだろ』
『何か重要な役職なんですか?』
『この国に一番貢献していると言っても過言じゃない俺に重要な役職なんて必要ない。そういうの面倒だからな』
『今はクラインという人が代表とは知っていますが』
『政治には興味がない。あいつはそういうのが好きだからやっているだけだ。俺やピロトグルは自分が好きなことをしていたら成功した運のいい人間ってわけ』
『この国に不満はないと』
『不満はあるぞ。金が足りない』
『それだけ?』
『もっと色々作りたいのに金がないからと作らせてくれない』
『結構お金のありそうな国だと思っていたけどな。わたしたちフェザー連邦から来たから余計に発展していると感じたよ』
『違いなんて少し古いものを使っている程度だ。ここにあるものなんて昔の技術で作ったものを改良しただけで、俺はもっと色々なものを作ってみたい』
『それならわたしたちと一緒に来ない? 今古代都市ギャバジンに集まっているんだけど、そこには色々な機械が置いてあるよ』
『古代都市ギャバジンか。アイデアになりそうなものがあるなら行ってみたいが、ここを離れるわけにもいかない』
『理由があるのか』
『別に深い理由があるわけじゃない。研究が行き詰まっているだけだ』
ヨークドは僕との会話が途切れると咳払いをする。
『まあ、ピロトグルがキュロットと俺に話をさせようとするのも理由がありそうだな。一度キュロットと会って話がしたい。顔の知らん奴と一緒に行動はできんからな』
バーキン連邦との繋がりを知りたかったが深入りするのを避けた。そんな僕の考えを察してか彼の話が進みそうにない。僕も彼も情報を伝えることで自分の身に危険が及ぶことを恐れている。この提案は彼なりに踏み込んだ話になりそうだ。
ヨークドが指定してきたのは映画館の近くにあるカフェだった。翌日僕たちはカフェに座りながら待っていると眠そうな顔をしながら三時間以上も遅れて彼がやってきた。
「君たちがそうなのか」
「わたしがキュロット。隣にいるのがフランネルで、近くに座っているのがシフォン。そしてアーバン」
ヨークドが僕の隣の椅子に座ると「で、何が聞きたいんだ」と言ってきた。
「ピロトグルから多少は聞いているかもと思っていたけど、何も聞いていないんですね」
「あいつからは会って話せばなんとなくわかる。いい奴らだから話を聞いてやってくれとしか言われていない。聞くだけ聞いてやる」
「わたしたちはフェザー連邦から来ました。この国にいると思われる貴族の人やドラゴニアを探しているんです」
「……お前たち貴族なのか?」
彼は少し声を小さくして言ってきた。
「そんな話ならわざわざ会わなくて良かったのに」
「いや、本物の貴族ってつもりはないんですけど」
僕なんて未だに貴族と平民の扱いに慣れない。
「魔法が使えるなら貴族。使えないなら平民だ」
フランネルがヨークドの耳元で言った。
「わたし平民のはずが……キュロットから教えてもらって魔法使えるようになったんですよ」
「あ、そういえば何故か魔法が使える人は稀に出てくる。なんでだろ、才能かな」
「明確に区別するのも難しいと思うんですよ。気持ちではわたしたちはどちらに肩入れするのも嫌で生きています。だからこの世界の状況をどうにかできないかなと思って、あなたに話を聞いてもらいたいと思って会いに来ました」
僕の考えを聞き納得するもヨークドはうつむく。
「なるほどな。それで多少バーキン連邦に詳しい俺に会いたかったのか。それにしては無謀じゃないのか? そこそこバーキン連邦との人間と関わりのある俺と会って通報でもされたらどうするんだ?」
「通報するのですか?」
「そんなシステムはない」
「それなら良かった」
周囲の人たちの声が大きくてわたしたちの会話までは聞いていないだろうが、念の為にフルブローグで会話をすることにした。
僕とヨークド以外は好きな食べ物を注文して会話を楽しんでもらっている。僕は店員が運んできたジュースを見つめながら会話に集中することにした。
『ドラゴニアはわからないが、貴族ならノルチェかイニユラだと思う。ノルチェは大きな都市だが、ここより治安が悪い。バーキン連邦は東に行くほど観光地のようになっている。結構温暖な気候で性格にも表れているのか争いが少ないのがエドワルドやアニリンだ。ノルチェは大きさだけならバーキン連邦最大の都市だ。そこならいるかもしれない』
ヨークドは店員が持ってきた紅茶を口にしながら僕を見る。
『イニユラはやめたほうがいい。ここより更に北の都市で寒くて機械の体なら凍る可能性がある。フェザー連邦から来た人間なら余計にな。だが、寒さ対策を施した機械の体や魔法の使える者なら大丈夫かもしれない』
『なら』
『子どもを送り届けるほど冷酷じゃない』
『わたしは別に子どものつもりはないです』
『話していればわかるが、これは見た目の話だ。賢い子どもというのはわかる』
『それなら何故?』
『お前たちが貴族かどうかは聞かない。興味もない。それでもお前が子どもというのは確かだ。これは感情の問題だ』
『子どもだとしてもここまで来た』
『それはキュロット、お前が幸運だったからだ。本来ならどこかで飢え死にしていたかもしれない。捕まって死んでいた可能性だってあった。それがなかったのは不思議だが、そういう素直な性格が幸運を呼び寄せているのはわかる。だから言ってやる。危険なことはするな』
『……わたしは、いや違うな。僕は実は男性なんです』
『は? 服からじゃわからんが女の子なんだろ?』
『体を見ればわかると思いますが女性だと思いますよ。でも、中身は多少歳を重ねた男性なんですよ』
『それで?』
『だから危険なこともできます』
『なるほど。だとしても子どもであることに違いはない。それに男性だから危険なことができるというのも疑問だな』
『体は男性のほうが強い』
『お前今は女性だろ。それに魔法を使えれば関係ない。そんな男女関係の強弱は自然界の話で我々人間は関係ない』
『でも』
『気持ちはわかった。それなら大人に任せればいいだろ』
『誰かに頼るなんて』
『人に頼るのは恥ずかしいことじゃない。俺もよくお金が足りない時は頭を下げている』
『それとこれとは別だと思うけど』
『誰かいないのか?』
『いるけど』
『なら俺から頼んでやる。頼むのが恥ずかしいんだろ?』
『恥ずかしくない』
『金借りるのより楽だろ』
『命をかけるかもしれないことに巻き込むなんて……』
『今更だろ。今こうして俺と話をしているのだって本来なら危ないことだ。ここにいる全員わかってここまで来たはずだ』
『みんなここまで楽しみながらバーキン連邦を観光してたように見えたが』
『お前わかっていないな。人間ってのは複雑なようで単純なんだよ。お前のことが好きじゃないと他国まで来ない』
シフォンとアーバンは運ばれてきたジュースを飲みながら僕を見ている。近くにいたフランネルは周囲を警戒しているようで実際は目を輝かせていた。ポケットのフェルトは僕とヨークドの会話を聞けないのが残念なのか耳を澄ましている。
『そんなことないと思うけど』
『アーバンという奴は楽しんでいるようで周囲を常に警戒している。シフォンはフランネルの手を握って俺の動きから目を離さない』
僕のポケットから顔を覗かせるフェルトを見てテーブルにあるジュースを喉に入れる。平民扱いで魔力が少なく、ポケットからも出ないフェルトにヨークドさえも気づく様子がない。
『心配だから来ていると?』
『どれだけお前が優秀だとしても根本は変わらない。キュロットは保護対象だ』
『そうかな……僕は誰かに守られていたのかな』
『そういうところがまだ子どもなんだよ。なんでも自分でできていると思っているところがな』
『なんか腹が立つな』
『そこが幼いんだよ』
これでもサトウの時を含めれば結構な歳の大人だ。不満はあるが誰かに頼ることも必要なのかもしれないと少し考えることも必要かもしれない。
頼れる人といえばシャギーとグラードかラフィアしかいない。ここにいるアーバンやシフォンでもいいが二人を離れた場所に向かわせるのは嫌だった。当然ラフィアも嫌だ。シャギーやグラードも嫌なのは同じだが彼らにどう頼めば納得してくれるかわからない。僕は自分で動くことは得意だが誰かに任せるのは不得意なのだろう。
とりあえず色々な人と作戦会議を開くことにして今日はカフェを後にした。
宿屋に帰りフルブローグでの会話を開始した。そこにはシャギーとグラードにラフィアが会話に混ざって、更にはアーバンやシフォンも会話に参加している。主に話を進めているのはピロトグルだが、ヨークドも彼の話に文句を言いながら意見交換をする。そうして時間が経過していくと今度はゴルアが会話に参加して時折誰が話をしているのかわからなくなった。先程までは貴族やドラゴニアという真面目な話をしたことでアーバンが感情的になることも増えたが、彼は想像以上に冷静で平民側の子孫繁栄やローウェル王国からの脅威問題を冷静に聞き「今更滅んだドラゴニアをどうしようと勝手だ。俺たちも昔は好き勝手暴れてきたからな。これも我々の運命だ」と言って話を終わらせた。そこでゴルアが世間話にと食べ物の話をすると和やかな雰囲気になった。ゴルアが現在クロッグと試している技術で食べ物を生産できないかという話だった。
作戦会議とは名ばかりの食べ物の話で盛り上がる。バーキン連邦で作られる食べ物やローウェル王国で作られる食べ物。他の国での名産品などを懐かしい気持ちで語っているとピロトグルは楽しそうに『それでは古代技術で食べ物をもっと改良できるかもしれませんな。最近は人間ばかり改造していたが、他の植物や動物もやってみたかったんだ』と言った。
『いいかもな。ここにはそういう昔の機械がある。今の時代の人間に理解できるならだが』
『それは楽しみだ』
ピロトグルとゴルアの話に相槌を打っていたヨークドから机を叩く音がした。
『おい、ピロトグル! それなら俺のほうが適任だ!』
『ヨークドはゴルアが住む場所に行かないんだから黙ってろ』
『行くに決まってんだろ。ふざけんなよ』
『お前は駄目だ。まだバーキン連邦の連中と繋がっているから信用できない』
『信用する為に情報渡すから古代都市に行かせてくれよ。俺なんてドラゴニアが残した僅かなものでやってきたんだ。現役の機械を見ればもっとすごいものが作れるはずだ』
『残念ながらお前が望むものはあっても金がない』
『金なら稼げばいいだけだ』
『簡単に言うな!』
『俺はお前と違って、この国から金を大量に貰っているんだよ』
『金がないとか昔言っていたじゃないか。あれは嘘か?』
『嘘じゃない。研究に必要な金がないだけだ』
『おい、ゴルアはこんな奴を内部に入れるのか?』
『いいと思うな。問題を起こせば追い出せばいいし』
『それで……わたしはノルチェに行けばいいのか?』
ラフィアが言った。
『ルーロブからなら近いらしいが』
『キュロットが行くよりも適任だろうな』
『なあ……ヨークドはわたしを信用していないみたいだが、ラフィアならいいのか。本当はラフィアに危険なことしてほしくない』
『危険なことなんてしないよ。キュロットは心配しすぎだ』
『ラフィアはローウェルの人間だ。本当は他国に行ってまで、他人を助けるのなんてさせたくない。わたしはラフィアが好きなんだ』
『ローウェルの人間だからだよ。好きだと思ってくれるならもっと頼ってほしい』
『ラフィアってローウェル出身なのか。ピロトグルはいいのか?』
『今更どんな人間だっていいさ。なんか文句あるか?』
『今バーキン連邦はローウェル王国と戦争しているんだが』
ヨークドはため息をつくもピロトグルは気にする様子もない。
『まだ戦争までいってないだろ』
『プリミティブ島に攻撃した時点で戦争だろ。もう後に引けないところまできている』
話がある程度終わって眠りにつく。翌日になってフランネルとフェルトが一向に起きない僕たちを怒っていた。起きてから夜の話をすると二人だけのけ者にされたことを怒っているようだった。彼女たちは僕が必死になって謝ることで膨らんだ頬が元に戻ってくれた。
ラフィアが一緒にいる仲間とノルチェまで向かうようなので一度エドワルドまで戻ることにした。ピロトグルはラフィアと一緒に行かずにシャギーのいるマグノメリアまで行くみたいだ。
僕としてはラフィアのほうが心配なのだが誰もラフィアの心配はしていなかった。
だが、ラフィアが強くなったという話をしている時に彼女の声が小さくなったのは気になった。そこも含めて彼女にはもっと話を聞かないといけない。
今度ギャバジンに行ったら色々な人と話をして、ラフィアを守れるような力を手に入れる方法を頼むことにしよう。手からビームとか夢が広がる思いがするができる限り魔法で済ませたい。この体はそうはいってもラインの娘の体だ。僕の体でもあるが自分の体という気持ちが未だに薄い。
既に機械化しているのに今更悩むのも変だとは思うが仕方ない話だ。
隣でシフォンと話すフランネルを見る。彼女も僕同様に子どもだが僕と違って子どもとして生きている。シフォンも僕からすれば子どもに見えるが彼女からすれば僕も子どもだろう。
元の世界でも今の世界でも僕は成長していなかったのかもしれない。家族が死んだことを後悔していても当然のように受け入れてきた。ラインのことも完全に受け入れられていない。この体も自分のものじゃないと思っている。
現実を見ていない僕は外見と同じように子どもだったんだ。




