23:後悔する二人
頭を悩ませるのはフランネルがキュロットを好きだという話だ。相談されても最低限の応援しかできなかった。むしろキュロットが幸せになるのなら好都合と思っていたはずなのだ。いつもわたしに好きだと言ってくれていたキュロットを束縛したい気持ちはなかった。そんな彼女の気持ちが離れるのが嫌なのは親のように育ててきた気持ちからだろう。
フェザー連邦での日々の中で一度道具として扱った人たちと念話で度々連絡を受けていたが、すべて些細な連絡として受け取って後回しにしていた。サテンやリングにもわたしが彼らをどう扱っているかまでを言うか躊躇したが、意を決して伝えるとリングは「使い方次第でどんな道具にもなる魔法をどう扱おうと勝手だ。わざわざ伝える必要はない」と言って立ち去った。彼の態度を見ていたサテンは「わたしたちに使わないならいいよ。大丈夫だよね?」と不安そうに言った。
「わたしって強い力を持って浮かれていたの。それでローウェル王国に住む人間なら使用しても大丈夫だと思っていた。あなたたちに出会うまでは復讐という言い訳で人を殺していたけど、こうして人と会話をするのって人間として大事なことなのだとわかったよ」
翌日シャギーと会って彼もバーキン連邦に行くことになった。ローウェル王国のことは気になるが今はキュロットと合流することが先だ。近年フェザー連邦のクロノセンターにローウェル王国の人間が出入りしているらしく、シャギーも貴族中心の国がフェザー連邦と手を組んでも悪いことしか起こらないと考えて将来的にはバーキン連邦に行くことを考えていたらしい。
「カメリア村の奴らも何人か連れて行く。お前たちとは別行動だが、バーキン連邦のギャバジンという古代都市に行くことが決まった。そこはどの勢力にもついていないゴルアという人間が住んでいる。彼なら助けになると先程キュロットから連絡を貰った」
「ちゃんと住めるの?」
「住めるぞ。地下に都市が広がっているらしい。ゴルアの許可も取ってあるみたいだ」
「そのゴルアって人も親切だな」
「魔王と戦う戦力が欲しいとも言っていたから戦わされるかもな」
「戦力になるなら力になりたい」
むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
シャギーと別れると急いで準備をしてフェザー連邦を離れる。ローウェル王国の者がいるなら悠長に出歩いている場合ではない。
翌日にはカメリア村に行きボルドに挨拶をして話を聞くと、この大陸は既にバーキン連邦の者が多数侵入して貴族連中を連れ去っているらしい。幸いにもフェザー連邦にいる貴族たちは無事だが、他の王国にいる貴族まではわからない。この村にいる者は平民だがバーキン連邦のやり方には納得していない。
ボルドに挨拶をしてカメリア村を後にする。バーキン連邦に行く方法は正規の手順を踏むか、ドラゴンやわたしの魔法で移動するしかない。アルベール王国からバーキン連邦に行く手段があるので今は正規の手順を踏めないか考える。フェザー連邦で作った身分証があるので利用できるかもしれない。
数日間歩いている間もサテンとリングは食事について喧嘩をしていた。サテンが果物を見せるとリングが肉はないのかと言い始めて喧嘩が始まる。大抵食事のことで喧嘩を始めて、最近では退屈な毎日のスパイスに丁度いいと思えてきた。
「ねえ……あれなんだろ」
サテンが指差すのは荒れ果てた町だった。崩れかけの建物の側には何かものを漁る人や遠くを見つめているだけの人がいた。食べ物はないのかと声をかけられることもあったが、お金に余裕のないわたしは首を振るしかない。遠くに城のようなものが見えるので、近くの人に聞くとリムレス王国だと言われた。
「これが今のリムレス?」
サテンは驚いている。
「あまり訪れた記憶はないが、ここまで荒廃しているとは……」
「俺も交流があったわけじゃないから知らないが、これはローウェル王国がやったのか?」
リングは瓦礫の山に埋もれている死体を見ている。
「ローウェル王国が来たのは随分前だと思っていたが」
「ローウェル王国が来た後にバーキン連邦がやってきた。ここにいるのは平民で、もっと遠くに見える崩れた城のようなものがある。あの付近が貴族たちがいた場所だろう」
わたしたちは彼らの顔を見ることができなかった。
城は崩れて魔力も感じられない。貴族は今頃バーキン連邦にいるのだろう。
「俺たちいいタイミングでローウェル王国にいたよな」
「素直に良かったとは言えないけどね」
二人はテラード王国のことを考えているのだろうか。
「テラード王国まで行ってみる? 寄り道することになるけど」
「……怖いけど行く」
「正直元々テラードの王族なんて柄じゃなかったからローウェル王国にいた頃は丁度いいと思っていた。それでもこんな状況を見たら流石に気になる」
「リングも本心では心配しているんじゃない」
「うるさいな」
長年リムレス王国とプロート王国は戦いを続けて疲弊していた。そこにローウェル王国が横槍を入れてきた。ローウェル王国との戦いは意外にも簡単に終わる。むしろ一番被害を受けたのがバーキン連邦のやり方だった。平民を虐げてきた貴族を叩いたことに誰もが喜んでいた。それも束の間で貴族がいなければ平民は魔法が使えない。根幹となる貴族中心社会で貴族の役割は重要だ。土を耕す道具や家畜を育てる道具も貴族が作る魔法道具を使用していた。平民でも道具を持てば魔法を使える。稀に貴族から産まれてくる平民などや他所から来た平民を労働力として扱っていたが、彼らは劣悪な環境でも金銭を貰って働いていた。そこで生きていた平民は今後の生きるすべを失い、貴族の力に頼らない方法で生きるしかなくなった。バーキン連邦はここに住んでいた平民を救いたくてやったことではなかったのだ。
夜になると少し離れた場所で焚き火をしながら崩れた城をわたしは見ていた。二人は寝て一人を見張りとして周囲を警戒することになった。わたしたちが負けることはないが用心したほうが安心できる。交代をしながら夜を明かすとプロート王国に行くことを決めて出発する。
プロート王国に到着するも状況はどこも似たようなものだった。アルベール王国の状況も考えたくはない。あの国でサトウと出会えたのが遠い昔のように思える。この十年でわたしは何か変わったのだろうか。
歩きは非常に疲れる。魔法で一気に移動できるならしたいが知っている魔力が見つからない。そもそも小さな魔力しかないので探すのに苦労する。三人で手分けして食料を探しているだけで時間が過ぎていく。ほとんどが野宿で少ないお金だけでやりくりするしかない。
ようやくアルベール王国に着いた時には二ヶ月程度が経過していた。その度にキュロットやシャギーと連絡を取っていた。キュロットはアニリンにいるらしい。彼女はしっかりしているので安心しているが時折寂しそうな声で話しかけるので昔を思い出して笑ってしまう。シャギーは既にバーキン連邦にいるようでマグノメリアという都市に入っていた。
『なんでそんな早く着いたのよ』
『ドラゴンたちを頼ったのもあるが、ローデン連邦を経由したからな。元々グラードの仲間で話は通っていたからローデン連邦には簡単に入れた。他のカメリア村の連中も少し嫌がっていたが、なんとか説得してバーキン連邦まで連れてきた。やはり故郷を離れるのは嫌なようだな。俺は気にしていなかったが』
『わたしたちもそっちから行ったほうが良かったかな』
『どうだろ。元は貴族ってだけでも隠せるか微妙だと思う。完全に魔力を平民に寄せられるかは才能だから見つかったらどうなるかわかるだろ』
『そうだね……わたしもあまり行きたい場所ではなかったからね』
『それにだ。俺たちも手続きを簡略化する為にわざわざレルメッチ共和国で、カルテルの仕事を手伝うという名目で入国できたのさ。同じことをラフィアたちができるとは思えないな』
『ボルドもできないでしょ』
『それはすべて俺が手伝ったからさ。村人には迷惑かけていない。何年生きていると思っているんだよ。悪い奴らとの付き合いなんて慣れている。一緒に悪いことをすれば勝手に仲間だと思って情報も喋ってくれるし、色々と親切なこともしてくれる』
『確かにそうね』
わたしなんてようやく二人仲間ができた程度だ。よく知らない相手と簡単に仲間になってもどこかで腹が立って争いになりそうなのは予想ができる。
シャギーとの会話が終わって一息つく。
しばらく歩いてみたが見覚えのある建物を眺める。
「マイコーか。ほとんど見えなくなっているけど、看板は残っているね」
地面に転がる看板を見て過去のことを懐かしむ。マイケルとコーラルはわたしが魔王の娘だと知っても仲良くしてくれていた。わたしなら絶対許せないだろう。
学園内は破壊されていて人は誰もいなかった。この室内で何度か授業を受けていたがサトウは退屈そうな表情をしていた。
残された椅子に座って外を眺めているとリングが学園に入ってきている。彼に手を振ると「そんなところにいないでサテンをなんとかしてくれ!」と叫んでいる。
「また喧嘩?」
「あいつ俺が使う予定のお金を勝手に使いやがった。何がみんなの為のお金だ!」
「実際そうでしょ」
「またサテンの味方しやがって!」
サテンは相談もなしにわたしたちのお金を使うことはない。リングも承知しているはずなのに毎回喧嘩をする。
「わかったから待ってて!」
まるで話すきっかけでも欲しいのかのように二人は喧嘩をしているように感じる。こんなのわたしの勘違いだと思う。やはりわたしとサトウだけが特別で他の人間が同じように男女で仲良くなるのはないと思うのが自然だろうな。
階段を下っていくと懐かしさに感動をしてしまう。こんな状態の学園がここまでわたしの心を揺さぶるとは思わなかった。わたしも完全に人間の心を失っていないのだと感じられるように、過去の記憶を忘れないようにしないといけない。
アルベール王国からの数日間は二人共会話が少なかった。今までの状況を見てテラード王国が無事だとは考えていない。もしかたら自分の知り合いがどうなっているのか知るのが怖いのか。家族の現状も知りたくないのかもしれない。魔王との戦いで貴族は死ぬことがほぼない。魔王は貴族というものを自分の駒にできることを知り、生かさず殺さずの状態で保つことが多い。自分の子孫を増やせる可能性があるのも理由に入っている。対して平民には容赦しないことがある。たとえ敵対しても貴族なら殺さないこともあるのに平民だけで命を軽くて見ている。
わたしやサトウを殺そうとしたのも平民として見ていたからだろうか。
バーキン連邦はローウェル王国とは逆で貴族の命が軽い。キュロットの話では貴族を使って平民を増やすことも試しているので、下手したらローウェル王国よりたちが悪いのがバーキン連邦だ。
歩いている時は何も言わなかったが食事中に二人が話しかけてくることがあった。
「今戻るのが怖いんだ」
「リングにもそんな気持ちがあったんだな」
「あるさ。今まで見ないふりをしてきた現実がやってくるんだ。俺は国民からどれだけ恨まれているかわからない」
「いつも偉そうなのに今日はそんなこと考えていたんだ」
サテンの言葉にリングは身を乗り出す。
「偉そうじゃなくて、昔は偉かったんだよ。あのテラード王国ではな」
「昔の話にしたのは偉いね」
「この状況にしたのは俺の責任でもある。そんな俺を昔のことだとみんなが許してくれるとは思えない」
「所詮昔の話だ。気にすることじゃない。何故なら気にしたところで魔王はやってきていた。とはいっても過去の責任は重いか」
貴族として国を救えなかった苦しみがあるようだ。残念ながらわたしには国を思う気持ちがない。救うべき国も愛すべき家族もいないのに何ができるのか。
冷静に話し合う二人は複雑な気持ちを語りながら国の話をしている。
わたしは二人が話すのを見ながら目を閉じて寝ることにした。テラード王国に行くまでの間に何度も会話をしているとサテンとリングは以前ほど仲が悪いようには見えなくなってきた。わたしが間に入っていた頃より親密になっている。ここでわたしとサトウのように仲良くなってくれるとは期待できない。サトウもわたしもお互い変わっていた。本来異性を好きになどなることがない。異性で興奮できるような体の仕組みになっていないのだ。リングなんてサテンの裸を見ても何も思わない。わたしは隠しているが彼女は堂々と見せているのが証拠だ。
テラード王国に近づくと二人は緊張しているのか足取りが重くなっている。前に進むわたしより速度が遅くなっていた。壊れた建物が見えてくる。あまり人は見えない。骨も血も見えない瓦礫の中には服や食器などが僅かに見えていた。
二人共顔を隠して誰にも見られないようにしている。
近くに座る人に話を聞くと数ヶ月前にバーキン連邦がやってきて、貴族連中を連れて行ったみたいだ。彼は少し興奮していたのか現在の不満と共に過去のテラード王国のことについても話をしていた。王様は無能で戦争が起こるとすぐさま逃げようとして、バーキン連邦の人間によって殺されてしまった。彼はバーキン連邦にも不満を持っているようで「だが、バーキン連邦も勝手だ。何故我々の国に侵略したのか、同じ平民じゃなかったのか!」などと散々文句を言って彼はどこかに消えてしまった。
「まあ、知っていたから顔なんて見せられないよね」
サテンは言った。
「リングだってテラード王国じゃ無能だったんでしょ?」
「どこだって無能だよ。父は平時なら有能だが、いざとなったら動きが遅い。その王の血を引く俺も無能というわけだ」
「物分りがいいね」
「サテンと違って、簡単に国を捨てなかった。俺はそこだけは誇っている」
「リング……また掘り返すの? 考えた末の結果をわたしは不満に思わない。結論は出た。それでもあの時もっと頑張っていればと思わないことはないよ」
わたしはシャギーに連絡を入れる。
『もう、用事は済んだ。そろそろバーキン連邦に行く。このままルーロブでいいんだな?』
『問題ない。ルーロブにいるピロトグル・グラデイとかいう酒飲みの紹介で色々と面倒な手続きはいらなくなる』
『わたしは名前を言うだけでいいと』
『平民のラフィアとサテンとリングだ。フェザー連邦出身のな』
『色々とありがとう』
『いいよ。サトウの恋人だろ? そのくらいさせてくれ。あいつの頼みだと思えば安いもんだ』
『随分と好印象だったな。サトウのこと好きだったのか?』
『好きではないが、そうなれたらいいなとは思っていた』
『残念だったな。彼はわたしが好きなんだ』
『そりゃお前しか無理だな』
わたしたちはバーキン連邦の船がある場所まで行くことにした。出港までの間も離れるのが惜しいと思っていたが誰も口にしなかった。




