22:エドワルド
ギャバジンを出て休憩を挟みながらエドワルドに向かう。その間も他愛ない会話が続いていく。操縦の僕に安心しているのかみんなが恋に関する話をしている。
フェルトは僕の肩によじ登っている。
「ねえ? シフォンって誰が好きなの?」
「好きな人なんていないけど」
「そうなの?」
「いい人がいないからね」
「シフォンは可愛いからもっとアタックされると思っていたけど、別にそうでもないんだね」
「今までずっと記憶がなかったこともあって、あまり人と喋らないようにしていた。記憶が戻ってからも色々あってそういう気分じゃないな」
「まあ、それもそうか」
「フェルトだって好きな人いないでしょ」
「いないけど……シフォンって前の彼女とかっていないの?」
「いるわけないでしょ。フェルトもそうでしょ」
「恋愛なんて余裕がある人がやるものだからね。国がなくなって必死で逃げてきて、恋愛やっている暇あったらその日の食べ物を探すよ」
「じゃあ、なんでその話をしたんだよ」
「気になったから。アーバンは?」
「戦士には必要ない。戦いこそ、すべてだ」
「それってつまらなくない?」
「戦っている時こそ輝くのがわたしだ」
「でも、あんまり戦っているところ見たことないけど。フランネルはいるの?」
フランネルは何も言わない。
「……フランネル寝ているの?」
「寝てない」
「好きな人っているの?」
「なんで聞くのかな」
「いや、なんとなく」
「フェルト!」
「え? シフォン?」
「彼女困っているでしょ!」
「……なんで?」
「いいからあんまり聞かなくていいから」
「話題がないと思ったから提供したのに」
「フェルトこっちに来て!」
僕の肩にいたフェルトがどこかに行った。
「勝手に掴まないでよ。痛い」
「前にフランネルから相談を受けたの! 恋の相談!」
「そうなの?」
「だからこの話は終わり!」
「聞きたい!」
「そんなこと言えるわけないでしょ。ここに好きな人がいるんだから」
「え? 誰なの?」
「そんなことここで言ったら駄目でしょ。あなたも子どもじゃないんだからもっとしっかりしなさい」
「それを言われると悲しくなるよ」
「正論だった?」
「わかったから元の位置に戻して」
フェルトが僕の肩に戻ってくる。
「ねえ、キュロットはフランネルの好きな人って誰だと思う?」
「さあ」
こんな小さな女の子が僕を好きになることはない。中身は男性で歳も離れている。長く一緒にいるが話を完璧に合わせることはできない。同い年特有の親しみやすさはあるが、それで彼女が僕を好きになる理由にはならない。
「それより準備をしなよ。エドワルドに着くぞ」
同性以外と恋愛をしない世界で僕は異端だ。精神的には大人だと自負している僕を彼女が好きになるかはわからない。以前の男性の時から何度も僕はキスをされている。女性になってもキスをされるから案外積極的な人が多いのかもしれない。
そもそもこの体は僕の娘のものでキュロットを好きになられても困る。
地面に降りると僕たちは赤や白を基調とした外観の建物が並ぶ通りを歩く。ファッションやインテリアの店に入って買い物をしようとするがあまり使えるお金は多くない。観光気分で来ているつもりはなかったが華やかな雰囲気に当てられてテンションが上がっている。僕も割と本気で楽しんでいたが人混みから聞こえる声で現実に引き戻された。
「この世界は悪意で満ち溢れている。我々には数々の難関を突破しなければならない。この賑わうエドワルドもいつの日か魔王が来て火の海になるかもしれない」
人混みの中にいる女性に聞いてみると彼はクライン・カモージュというこの国の代表を務めている。以前の代表よりも考え方を支持されているので、現在まで何回も国のトップとして人々を導いてきたのだという。
「この世界は偽善で溢れている。強者という仮面を被った貴族から何度も手を差し伸べられてきた。その度に我々はその行為を甘んじて受け入れてきた。その裏側にあるのは弱者に対する見せかけの正義感だ。貴族は誰も本気で我々を助けようとはしなかった」
この人混みでよくここまで声が聞こえるかと思えばスピーカーのようなものが置いてある。
「幾度もローウェル王国は我々を根絶やしにしようとした。それでも我々は生きている。素晴らしき技術革新があったからだ。滅びの運命にあった平民が弱音を吐かずに戦ってきた歴史があるのだ。我々は平民、そう平民と貴族から蔑まれている。まるで格下のように扱われていた我々も、今では他の王国よりも優れた技術を有している平民だ。現在貴族というのは過大評価というのが正しい認識となっている。何故ならあのローウェル王国に一度も平民は負けていないからだ。この過小評価され続けている平民は既に過去のものだ。今では神に選ばれし民。神民だとも言える」
僕は近くにいる大人に「バーキン連邦って一度も負けていないの?」と聞く。
「負けていないね。何千年もの間侵略されているけど負けたことはない。勝ったこともないけど」
「どういうこと?」
「負けたって宣言していないからね」
「すごいこと言うね」
「ローウェル王国とバーキン連邦はこんなこと何度も繰り返しているから慣れているよ。俺も数百年くらい生きているが小競り合いばかりで死者も少なかった。実際俺たち平民が強いのも事実だ。機械化が進んでいない昔ならいざ知らず今では互角だ」
もっと演説を聞いていたかったがフランネルは一人眠そうにしている。
「フランネル泊まるところ探そうか」
「うん」
あの演説もあながち嘘とは言い切れない。
ローウェル王国にたとえ勝てたとして僕たちに生きる未来はあるのだろうか。
宿屋で疲れを取っているとシャギーから連絡が入る。
『今フェザー連邦にラフィアが来ている』
『本当なのか?』
『いるぞ。連絡を取ってみろ、繋いでやるからさ』
しばらくしてから通信が繋がった。
『久しぶり、そしてごめんなさい。勝手にいなくなって』
懐かしい声が聞こえた。
僕は泣かないことを決めていたが好きな人の声はいいものだった。
『謝ってくれるなら、それでいい。事情があったんだろ?』
『うん』
ラフィアはそれ以上言わなかった。
『わたしたちは今バーキン連邦のエドワルドにいる。そっちに戻ったほうがいい?』
『いや、わたしもバーキン連邦に行く。魔王に対抗する力がどれほどあるのか知りたい。ここにいる戦力だけだと倒すことは難しい』
『ここの戦力は確かだ。バーキン連邦にはラフィアが知らない世界がある』
『見てみたいな。元気そうだね』
『会いたいよ』
『わたしもよ。それにフェザー連邦も安全とは言い難いから合流したい。ここは中立の立場だと思える。でも、そんなのいつ崩れるかわからないんだよ』
『フェザー連邦でもそうなの?』
『貴族がいるだけで嫌な顔されることが前より増えたよ』
『確かに貴族と平民の軋轢は想像以上のものだと気づかされた。バーキン連邦では貴族をまるで奴隷のように扱う習慣が流行っているようで、実際にクロッグ・アルベール女王が首輪に繋がれているのを見て助けたんだ』
『そんなこの知らなかった』
『貴族と平民の実力差も埋められてきているようだ』
『これは貴族の慢心だな。いつの日かローウェル王国を倒してくれるかもしれない』
『それは嬉しいけど……』
『ん? どうした?』
『いや』
ローウェル王国と違いバーキン連邦は勝てると思えば貴族を根絶やしにするまで終わらないだろう。そうなったらラフィアの故郷はどうなるのか。貴族として生きられずにずっと隠れて暮らすしかない人たちも大勢出てくる。
『ラフィアは』
「ねえ、キュロット」
フランネルが顔を近づけてきた。
「なんだ。今話をしているんだけど」
「ラフィアと?」
「そう」
「わたしも久しぶりに話がしたい!」
「また後でな」
『どうしたの?』
『フランネルがラフィアと話がしたいんだって』
『いいよ』
『仕方ないな』
僕はフランネルにラフィアと話させた。歳が随分と離れているのに友達のように話せるのは立派な才能だと思えてならない。
ここでやることは少なくなった。
後はラフィアを待つだけだ。
いや、ラインがいる。アルベール王国にいた貴族たちを助けることが重要だ。彼らだって助けを求めているかもしれない。
情報を探し始めて数日は成果がなかった。他国の人間に機密情報など探せるわけもない。時間だけが過ぎていく。
その間も度々シャギーと話をしていたが不意に彼の義兄弟のことを思い出す。グラードなら何か知っているかもしれない。
『え? バーキン連邦のこと?』
僕からの連絡なんて久しぶりだ。というよりもキュロットからは始めてだ。シャギーに色々聞いたことを伝えて納得させるとグラードは『大した情報はない。レルメッチ共和国の薬がバーキン連邦で取引されている程度のことしかわからん』と言った。
『今バーキン連邦にいるんだろ?』
『ああ』
『詳しい話ならピロトグル・グラデイが知っているんじゃないか?』
『ピロトグルのこと知っているんだ』
『俺は人脈だけが取り柄だからな。キュロットこそ知り合いだったのか』
『ええ。ここに来た時連絡先を貰ったよ』
『あいつなら答えてくれるだろ。口軽いし』
『なんかわたしが話す人みんなそんな感じな気がする』
『お前が可愛いからみんな話したいんだろ』
『声だけで何がわかるの? それにわたし女の子なんだよ』
『そういえばそうか。なんでだろ』
ピロトグルに連絡をすると意外にも教えてくれた。アニリンという都市にヨークド・ギルルと呼ばれているドラゴニアの研究をしている人が古代技術などのドラゴニアについて詳しいらしい。彼ならバーキン連邦内部の情報を持っている可能性がある。
『ピロトグルさんは何故わたしに色々と教えてくれるの?』
『多少の罪悪感があるからさ。お前ら平民に近いけど、貴族のような膨大な魔力を一瞬感じた。キュロットは隠しているが上手に隠せていない奴もいる』
アーバンか。
『グラードからの連絡でなんとなく察したが苦労しているんだな』
『そんなことないですけど』
『俺は好きなことをして生きてきただけで、本当は誰がどうなろうと知ったことじゃない。それでも苦しんでいる人がいるならという、多少の善意と多大な好奇心で貴族への改造をしてきた。ドラゴニアについてもだ。俺は自分たちが幸せならそれでいいんだ』
『普通そうじゃないですか?』
『俺は許されないことをしてきた。本当は長年罰が欲しかったんだ。こうして子どもに言うのも情けない話だが』
『別に許しますよ。すべて魔王が悪いんですから』
『……お前みたいな子どもが増えればいいんだが世の中うまくいかないな』
『わたしは子どもじゃないです。こんな聞き分けのいい子どもがいるわけないよ』
『その言い方は子どもしかできないな。まあ、いいや。ヨークドに会えば貴族の話やバーキン連邦について詳しく聞けるはずだ。あいつは国の内部情報を知っている』
『そんな人をわたしに紹介しても大丈夫なの?』
『無事じゃ済まないだろうな』
『許してほしいから? 国を売ってまで、そんな無謀なことして人生を棒に振るの?』
『そこまで言うか。そうだな……そうなるな』
『ヨークドって人はあなたと知り合いってだけで、詳しく話してくれる保証はあるのかな』
『別にあいつも俺も国の為に生きているわけじゃない。バーキン連邦が俺たちの研究を手伝ってくれているから手を貸しているだけだ。いざとなったら逃げる手立てぐらい欲しいんだよ』
『そんな簡単に国を捨てる人なんて信用できないけどな』
『言っておくけどバーキン連邦ができた時から俺はいるからな。今更捨てようと厄介者扱いしているのはこの国だ。簡単じゃない』
『そういえば酒飲んでいたけど、あれはそういうことだったんだ』
『酒に逃げるぐらいしかやることがなかったんだ。研究成果を全部持っていきやがって……俺が用済みになったら少ない金だけで働かせて! 酒を飲むしかないだろ!』
『わかったよ、そんなに怒らないで、逃げる時がきたら連絡していいからさ』
『ヨークドが何を考えているかはわからないが成功することを祈る』
『ああ』
仲良くできるなら僕は誰だろうと手を取り合いたい。
こんな願いは幻想だろうな。




