21:二人の仲間
この決意が鈍らないうちにルージュ・ローウェル第二王女に会いに行く。城内の物音一つ聞こえない深夜では自分の心臓の音さえ聞こえてしまいそうだった。一歩近づく度に疲労感が増す。喉の渇きと汗が猛烈な息苦しさに拍車をかける。人の目なんてないのに気づかれている感覚から焦りが出てくる。ここで逃げてしまいたかったが今更引き返せない。
ドアを開ける瞬間、彼女と目が合った。その瞬間わたしは痛みもなく、宙を舞った。何度も回転したかと思えば自分の頭が床に転がって、無表情でわたしを見下ろす彼女の姿が目に入る。そんな考え頭の中で何度も繰り返して一歩も動けなかった。彼女は本を見ながらドアの隙間から見るわたしを流し目で見ていた。
後悔したのは始めてだった。
準備万端で挑んだはずが背中に伝わる汗が気持ち悪く体を冷やしていく。
「ラフィア。入らないの?」
室内に入り、ドアを閉めると夏とは思えないほど涼しい。いつの間にか息も白くなってきた。頭を揺さぶられるような感覚に襲われて床に倒れると、彼女はゆっくりとわたしに近づいてきていた。
「魔王様はあなたを殺し損ねた」
体が凍っていくように冷たくて動かなくなる。
「魔王様も決めたことは守らないといけない。それなのに一度殺すと決めたラフィアを許している。わたしにとっては非常に残念」
わたしの頬に触れる手が冷たい。
「こんなにも明確な敵意があるのに誰も気づかないなんて……兵士って使えないのね」
何も声が出なかった。
「魔王様のやり方は残念という言葉ですら生温い」
彼女の手によって瞼が閉じられる。
どれくらい時間が経過したかわからない。変化のない空間で天井を見つめている。揺れ動いたかと思えば止まった。扉が開かれて、誰かに手を引かれている。あれはイブだ。彼女はわたしを見て笑っていた。口を動かしているが聞き取れない。兵士や貴族の顔が並んでいる。イブは手を離すとわたしの背中を強く押す。目の前には魔王がいた。
「よく来たな」
「魔王様。ラフィアを連れてきました」
「イブもラフィアに魔法をかけられていたようだな」
「問題ありません。わたしの体は丈夫にできています」
イブの近くからルージュが現れる。
「何故ラフィアを殺さないのですか?」
「知っての通りラフィアは元々我々の魔法が使えない。それがわたしの子どもたちを殺して奪った力で魔法が使えるようになった。力を手に入れたから殺す必要がなくなった」
「奪った力なんて正しくありません。今すぐ殺してしまうべきです」
「ローウェル王国は他者から奪った力で発展してきた国だ。わたしもお前たちもすべて奪った力で肉体はできている。正しいか正しくないか、それをお前たちが決めることなどできない」
「ラフィアに殺された者の気持ちはどうなるのですか!」
「ルージュは昔から頑固だな。減ったら増やせばいいだけだ」
「なんで魔王様はいつも……」
「別に本気で弔う気もないのに口答えだけは立派だな」
ルージュは目を伏せる。
「今はここで反省するといい」
魔王の命令で何もない部屋に通された。椅子に座らされて不意に顔を見るとサトウがいた。夢でも見ているのか複数人のサトウが部屋を出入りしている。剣を持ったサトウにお茶を持ったサトウ。腕を組んでこちらを見るサトウは時折他のサトウに命令をしているが内容はわからない。不自然な挙動のサトウばかりがわたしの周りにいる。誰もわたしの胸を見てこない。試しに立ち上がってお尻を突き出すが興味を示す様子もない。これをするとあのキュロットも近づいてくるのに、誰もが一瞬見るだけで何も言ってこなかった。
複数人のサトウに囲まれる生活が続いていた時、わたしに近づくサトウがいた。そのサトウからは何故か柔らかい感触がして、彼からは非常にいい匂いがした。そのサトウを見る別のサトウはやけに周囲を見て慌てている。何かを口にしていたが二人のサトウはわたしを連れてどこかに逃げ出した。何人かのサトウが床に倒れているが大丈夫だろうかと心配になる。
城の内部にある狭い部屋に慌てて逃げ込む。二人のサトウは口論をしているのか、時々わたしを指差して何かを言っている。
そんなわたしを見ていたもう一人のサトウからは涙が流れていた。顔が近づいていたので思わず目を閉じると「クリティカル」という聞いたことのない女性の声がした。唇に感じる柔らかいものが離れていくとわたしはサテンからキスをされたことを知る。
「あれ? サテン?」
「意識が戻った? どういうことなの?」
「わたしが聞きたいよ」
何故サテンがわたしにキスをしたのか。それに二人はどうしてここにいるのかもわからない。
「なんで二人がここにいるの?」
サテンとリングが狭い部屋の中でお互いを睨みつけている。
「サテンが急にラフィアが連れてかれるところを目撃したとか言って、わざわざローウェルの都市まで行って兵士の制止を振り切ってラフィアの元まできた」
「あなただって日頃の鬱憤を晴らすとか言って魔法を使ってたから同罪よ」
「俺はサテンの同僚だ。何かあったら責任取らされるんだよ。これでもサポートをしているつもりだ」
「ありがとうね。それで犯罪者になってくれたなんて優しいのね」
「ああ、優しさに免じて次は言うことを聞けよ。もうローウェル王国とはこれで関係も終わった。こんな国と縁が切れて清々するぜ」
「言うことを聞くか。まあ、約束はできないね」
「サテン……ここまで助けてやったのに!」
「誰が助けろと言ったの! 軟禁状態のラフィアを助けるのはわたしだけで良かったのに!」
「だから何かあったら困ると思ってきたんだよ!」
「二人って結構仲良いね」
わたしを見て二人はため息をつく。
「もうあなたとわたしは一蓮托生なの。ここに無断できた時点で言い訳できないわよ」
「わかっている。それでどうするんだ?」
「逃げたところで解決策があるかと思えば……」
「行き当たりばったりでここまで来たと?」
「それはそっちも同じでしょ」
「二人共喧嘩しないでよ」
「ラフィア! こいつがわたしをいじめる!」
「都合が悪いとすぐに逃げる……サテンは何度俺を騙せば気が済むんだ」
「どれもあなたを騙したつもりはない」
「結果的に騙したことになったんだよ!」
「勝手に男だと思って、勝手に婚約破棄した。どれもわたしが知らないところでやったことよ」
「サテンもリングを落ち着いてよ。ここから逃げればいいのね?」
「逃げることができればな」
「大丈夫」
わたしは二人の体に触れて魔力を探す。
「プラフティ」
一瞬で近くの兵士まで移動するとまた「プラフティ」と言って船まで移動した。
「どういうことだ?」
リングは周囲を見ている。
サテンが船の内部を確認して歩いている。
「積荷が置いてある。どれもフェザー連邦のものね」
「名前は知らないけど、前に一度見た魔力の残滓からフェザー連邦から来た船だとわかった。そこまで魔法で移動した」
「そんな魔法あったの?」
「……もう全部言うけど、わたしの名前はラフィア・ローウェル。元王族よ」
「そうなの? え、じゃあわたし王族とキスを……どうしよう」
「もう王族じゃないし。逃げ出したから違う」
「ラフィアが王族か。確かに違和感はあった。俺たち同様に偉いところの貴族のような感じがしたけど、そこまでの権力者とは思わなかった」
「そのローウェルの王族にしか使えない魔法で移動した。この世界にある魔法とは根本的に異なるものだから扱える人っていないんじゃないかな」
「もっと遠くまで行けないのか?」
「行けると思うけど、魔力が繋がっていないと遠くまで行けない。知っている魔力なら移動できるが移動した場所までは選べない」
「そもそもなんでラフィアは軟禁されていたんだよ」
「魔王に歯向かったから」
「案外処罰は軽いな」
「何度も殺されかけたけどね」
「後は自分の姉や兄を殺したことも関係しているかも」
「絶対それだろ」
「リングはわかってない。魔王が自分の子どものことを本気で心配すると思う?」
「思わないのか?」
「思わない。断言できる」
「ラフィアはなんでローウェル王国をどうしたいと思って、そんなことしたんだ」
「自分の恋人を……自分の家族に殺されたから。そして知り合いもわたしが悩んでいる間にローウェル王国に殺された」
「それで俺たちみたいに突発的にローウェル王国を裏切ることにしたか。理由は俺よりも理解できる」
「あなたはテラード王国の為ってより、気に入らなかったからでしょ」
「よく理解できているな。サテンはこれでも長い付き合いだからわかるか」
「わかるでしょ。国よりも自分の感情を優先して婚約破棄したんだから」
「まだ言うか。もう謝るからいい加減機嫌直せ。お前だって感情で動いているだろ」
「わたしはテラード王国の為や家族の為にやっていたことなの。全然違う」
「違うもんか、今日のことも以前の婚約破棄の時も感情に従って動いていただろ。俺と何も違いなんてない」
「色々葛藤した末に受け入れたのと、葛藤もせずに男だと決めつけて罵ったあなたとは違う」
「もう、いい加減にしてくれない?」
疲れた表情をしている二人がそれぞれわたしの肩に触れる。移動魔法のやり方を理解してくれたようだ。
「それで次はどこに移動するんだ?」
「フェザー連邦に行って機械の体になってもらう。そうして平民と同じ立場だと思われないと次の移動が不便になるから絶対にしてね」
「平民か」
「リングは不満?」
「そのラフィアのやつも機械か」
「そうよ」
「今更貴族や平民のことで文句を言うつもりはない。ローウェル王国にいてわかった。俺は所詮一人の人間だ。魔王に比べればどんな人間も平等だ」
「サテンもいい?」
「いいよ。それで機械の体になるとどうなるの?」
「訓練をしないと魔法がうまく使えなくなる。難しいことじゃないよ」
「それだけで平民か」
「貴族と平民の違いなんて魔法が使えるか使えないかの差でしかない。フェザー連邦に行けばわかるけど平民って魔力がわたしたちほど膨大じゃないの。多少ある程度。そして大抵は変な魔力の偏りがあったりする。機械の体なんて平民だと誤認させる為のものでしかない」
こうして貴族のように言っているがわたしも実質的に平民と変わらない。
「それだけなんだ」
「平民に混ざってローウェル王国から逃げる為もあるけど、機械の体に慣れると便利なことがあるからね。この機械の体になると魔力が制限される。そうすると普段より抑えた状態で魔法を使わないといけなくなる。僅かな魔力で膨大な魔法が扱えるメリットがある」
「魔法を連発できるのか素晴らしいな」
わたしは近くの積荷を見て「サクシェン」と言うと積荷が手に吸い付いてきた。
「今のは?」
「今のは吸引する魔法。で、この積荷を使って説明するね」
わたしは積荷を指で叩くと積荷が散らばって中身が飛び出てきた。
「この指に少しだけ魔法を使うだけで強力な基礎魔法を扱える。どれだけ膨大な魔力を持つ貴族だって魔力を使い切れば倒れる。魔力のコントロールが上手になるの」
「メリットしかないな」
「でもね、始めに教えておくと機械の体って貴族がなると結構苦しいの。普段魔力で生活していたから、それがなくなると結構ストレスなんだよね」
「デメリットを上回るほどのメリットがあるならやるしかない」
「魔力で自身を強化できる貴族は疲れやすいってこと。大変なのは理解してね」
「俺もそれでいい。今更ストレスがなんだ。ローウェル王国にいる以上のストレスがあるとは思えない」
わたしは積荷の中身にある物体を手に取る。フルブローグでシャギーに連絡を取ってみることを思いつき、シャギーの僅かな魔力を見つける。彼に連絡を取ると若干困惑していたが了承してくれた。一瞬で暗い室内に移動すると足元は紙や食べ物で溢れていた。そこにはほぼ半裸のシャギーがわたしたちを見つめていた。
「……ラフィア?」
「久しぶり」
「なんで部屋にいるんだよ」
わたしが経緯を説明すると「仕方ないとは思うがキュロットに言うことがあるだろ」と怒られた。
「突然現れたことには怒らないでやる。キュロットに黙って出ていったことに俺は怒ってる。あいつ寂しがっていたぞ」
「そんなことない。あの子はあれでも賢い」
「賢いのとは関係ない。あいつはお前のことを本当に好きだったみたいで落ち込んでた」
「キスできないからね」
「あいつそんなことしていたのか」
「してないよ。したかったみたいだけど」
「サトウほどじゃなくてもいいから、少しは構ってやれ」
そこでサトウの名前が出たのは意外だったが頷くことにした。
機械化はすぐできたが二人の生活はわたしが面倒を見ることになった。シャギーの手配した宿屋で生活しながらシャギーから送られてくる書類に目を通す。前にやっていた仕事をまたやることになった。彼の中ではわたしを解雇したつもりはないらしい。数日か数週間後に二人は機械の体に慣れた。簡単な運動をしている様子を見ていると『ラフィアはいつ頃出るんだ?』とシャギーに言われた。
『もうそろそろ出かけると思う』
『そっか。また何かあったら声かけてくれ』
『シャギーってなんでそんなに優しいの?』
『俺は誰にだって優しい。当然利益が絡んでいることならもっと優しい』
『そうしてサトウも助けたんだ』
『あいつも困ってそうだったからな。まだ好きなのか?』
『好きだよ』
『それならサトウの為にも行動してみろ。あいつもどこかで見ているかもしれないからな』
通信を切ってサテンとリングを眺める。サテンの体すれすれのところをリングの体が通り過ぎる。狭い部屋でお互いぶつからないように魔力を巡らせて移動している。そうして魔力で出力を上げていくと次は魔法で全身をまとって床や天井に壁と、触れたものを破壊せずに魔法を使用していく。傍目からも魔法を使っているとは思えなくなってきた。
「そろそろ大丈夫そうだな」
わたしの声で二人は立ち止まる。
「疲れるな……本当にこんなことをして意味なんてあるの?」
「実際それでわたしは機械の体に慣れた。昔キュロットと一緒にやったからね」
彼女は八歳の時で既に球体状に固定した基礎魔法で蹴ったり弾いたりしてボール遊びをしていた。外に出て迷子になることを危惧して外出を禁止していた。素直に守っていたのは良かったが魔法を使用して遊んでいたとは思わなかった。基礎魔法と呼ばれるぐらい万能だから相手を殺さずに攻撃も可能だがコントロールが難しい。訓練目的で使うのはキュロットだけだった。
「わたしでさえ疲れるのにキュロットって子すごいね」
「でしょ? キュロットはバーキン連邦にいると言っていた。わたしたちも急いでバーキン連邦に行こうか」
「ローウェル王国と戦う為に他国を頼る。情けないが仕方ない」
リングとサテンにタオルを渡すと二人は汗を拭き始める。
「これからわたしたちは身も心も平民となる。ここからは何もかも捨てて生きることになる。そしてローウェル王国を倒すことを目的にする。そこまで大丈夫?」
二人は疲れた様子で頷く。
「それで幻滅しないでほしいんだけど、わたし何度か人を殺しているの。ローウェル王国を倒したい為に色々としてしまって……そんなわたしだけど仲間になってくれる?」
「いいんじゃないか? 俺も気に入らない奴がいればそうしていたし」
「わたしも特に何も言うことないかな。それが間違ったことだと考えてるなら、わたしも一緒に背負うから問題ない」
「俺たちもラフィアを助ける為に何人か殺したから今更だ。ローウェル王国がやっていることと一緒だと思えばいい。弱ければ死んで、強ければ生きる。罰を受けるとしたら一人じゃない」
「ありがとう」
こうして今始めて仲間らしい人と出会えたことをわたしは幸運に思った。




