20:古代都市ギャバジン
結局探しても知り合いは見つからなかった。宿泊施設に帰ってきた僕たちに労いの言葉を言うクロッグは体調も戻っていた。首輪のことも以前より受け入れているようで自由に動き回っている。フランネルから聞かされた方法で首輪をつけた状態でも動ける訓練をしているが、順調とは言い難いようで「若い子たちには負けます」と言っていた。
「老婆ともなると難しいか」
「キュロットはデリカシーがないね」
クロッグは不満そうだがサトウからしたら年上、キュロットとしても年上ということになる。しかもクロッグはキュロットの孫となるわけで間違ったことは言っていない。
「自分から年寄りみたいなこと言っているのに」
「それは自分から言って始めて自虐になるの。キュロットに言われたら傷つく」
それもそうか。
「そうだ。聞いてほしいことがあるんだ」
「何?」
「マグノメリアから東にあるギャバジンというもう使われていない都市がある。そこに行けば首輪を外しても大丈夫だと思う」
アーバンと一緒に行って聞けたのは古い都市があるという噂だけだった。
「どんなところ?」
「何千年も前に滅んだ都市でここの人もよく知らないみたい。ただ、問題がある」
「問題?」
「非常に行くのが不便なのと、砂漠地帯を通らないと行けないのに歩き以外の選択肢がない。それが問題で困っている」
シフォンが言った。
「困ったことがあればシャギーに聞けば?」
シフォンはそう言い僕は頷く。
『移動手段ならバーキン連邦にあるだろ。子どもでも操縦できるクローラーがある。手持ちのお金で買えないか?』
シャギーとフルブローグで連絡を取り終わると早速クローラーを購入する。箱に入った小さな物体はイヤホンに近い。説明書を読んで使い方を頭に入れるとその場にいる六人と共に宿泊施設を出る。マグノメリアからの道でギャバジンに行くにはオーガンザ砂漠に行かなくてはいけない。辿り着くまでに食料を買い込んでクローラーを耳に装着する。建物内だと警告音が出るが、路上に出れば問題ない。スイッチを入れて音が流れ出すと周囲の景色が一変する。いつの間にか僕たちは狭い空間にいた。窓の外には先程までいた建物や家族連れがいる。一見すると車のようにも思える形をしているが空を飛べるようだ。装着した人の視線に合わせて移動するようで、非常に繊細な動きが求められる。何度か建物や人にぶつかったが迷惑をかけていないようだ。柔らかい素材なのか痛がる様子もない。
「すごいね」
「フランネル。話しかけないで」
思った以上に操作が難しい。
「これ対象年齢が十歳と書いてあったが嘘だろ。シフォンやアーバンはできる?」
二人共興味があるのか任せてみるが僕以上に周囲にぶつかって前に進まない。クロッグがやると言っていたが誰かに見られているところで操縦させるわけにはいかない。
結局僕がやることになった。僕自身も忘れそうになるがまだ十代だ。キュロットの見た目で今まで色々やってきたせいか全部僕に任せすぎな気がする。
空の旅は快適と決まっているが僕は緊張していた。アーバンの背中やドラゴンの背中に乗っていた時と違って自分で誰かの命を握っている。サトウの時も免許は持っていたが車に乗る機会がなかった。今こうして六人が乗っているが、みんなすごく楽しそうに会話をしている。
窓枠を触りながらシフォンが言った。
「すごく柔らかい。なんの素材だろ」
「シフォン? 何故舐めているんだ?」
「アーバン……ちょっと苦いかも」
「子どもが食べないように工夫されているんだな」
フランネルが言った。
「これクロッグの胸に近いよ」
「触ったことないでしょ」
フェルトが僕のポケットで呟く。
「みんな楽しそうだな」
「行っていいんだぞ」
「いや……」
「フェルトって僕以外と話そうとしないよね」
「そんなことないけど」
「始めはあんな形だったのに」
「キュロットは話しやすいからさ」
「前も言われたな。あ……」
操縦に慣れてくると油断して地面に衝突することもある。車だったら僕たち全員死んでいるがクローラーは安全性が高いので死なない。流石子どもでも操縦できると言われているだけある。運転免許証とかないが大丈夫なのかと不安になったが普通に買えてしまった。何歳なら運転したり酒を飲んだりできるのか一度も聞いたことがなかったような気がする。
「前見ないと駄目だよ」
「フェルトが話しかけるからだろ」
「人のせいにしないで」
「反省します」
オーガンザ砂漠に入ると室内は暑さでサウナのようになっていた。窓を開けても暑いのでクーラーのようなものがないかとスイッチを押していると涼しくなった。視線を下げずにスイッチを押すのは難しくてフェルトに手伝ってもらって調節する。
シフォンは気持ち良さそうに寝息を立てている。先程までの騒ぎが聞こえなくなったので後ろを向くとアーバン以外寝ていた。
「キュロット、回転しているぞ」
アーバンが冷静に言うと更に勢いよく回転しながら地面に落ちていく。落ち着いて視線を空に戻すも誰も起きる気配がない。快適な空の旅を満喫しているようだ。この玩具の安全性は確かだが誰も起きないのは疲れが残っているのも関係しているかもしれない。
空から砂漠を眺めると遠くに建造物が見えてくる。あれが都市ギャバジンなんだろう。石造りの建物は崩れているものが多い。地面に降りて建物まで近づくと相当古いものなのに触れても壊れない。ほとんどが砂漠に埋もれているようだ。石造りの建物や地面の状態は良い。この地面も歩くと音がするようで石で作られている。建物の窓を覗くと半分以上が砂で埋もれていて住めるところはない。
「ここにクロッグを住まわせるわけにはいかないな」
僕の意見に誰もが同意する。
一時的な避難場所として用意できると思っていたが想像以上に古くて、砂漠は昼間と夜では温度差が激しく変わってくるのが難点でどこに住むのが正しいかわからない。
歩いていくと崩れかけの建物が点在する場所に近づく。ここは相当古いが他と比較すると砂に埋もれている場所が少ない。先程よりも大きな建物が残っているようで砂が取り除かれた場所がある。室内に入るとつい最近まで人が住んでいたような足跡や荷物があった。警戒しながら先を進むと大きな壁画が見えてきた。鳥のような形をした大きな人間が中央に立っている。
「これはドラゴニアだ。昔歴史の本で似たものを見たことがある」
アーバンが壁画に近づき言った。
「だが、わたしがいた当時よりも古いものだ。バロック王国は古い国だが当時から時代の最先端をいっていた。今のバーキン連邦ほどではないが機械技術は負けていなかった。当然ローウェル王国にも劣っているつもりはない」
近くから足音が聞こえた。
現れたのは全身砂に包まれた物体だった。
「誰だ?」
アーバンは警戒をして僕たちを守ろうとする。
「危害を加えるつもりはない。俺はゴルアだ……君たちにこうして顔を見せるのは信頼できると感じたからだ」
ゴルアは全身の砂を一気に落として機械の体を見せた。少し錆びついた機械のようにも思えたが、錆びた匂いもしない。そういう見た目をしているだけで実際に錆びているわけではないようだ。
「ゴルア。どこかで聞いたことがある」
アーバンが悩んでいるとシフォンが言った。
「昔バロック王国の城で見た旅人の手記だ」
「俺のことを知ってたのか」
「あの手記でわたしはドラゴニアや人間のことを知った」
「あれは随分前に書いて放置してしまったものだが、読んでいる人がいるとは思わなかったな」
「そんなに前なんだ」
「数千年? もっと前だっけ?」
「そんなわけがない。少なくとも十年前程度だと」
シフォンは驚いている。
「だって、あの本だって綺麗なままだった」
「保存技術がいいんだよ」
「人間とドラゴンは元々ドラゴニアから派生したものというのは事実なの?」
「事実だ。不自然なことにドラゴニアは人間とドラゴンに分かれた。それもかなり長い時間をかけて。その経過を見終わったから、今俺はここにいる」
「どうしてそんなことを?」
「質問ばかりだな。まあ、知りたいなら教える。バロック王国が滅びた直後に黒い物体が残っていた。それと他の王国のドラゴニアたちを調べていくと一部だが同じものが体内に存在していることがわかった。他のフェザー連邦やローデン連邦には僅かしか残っていないが、ドラゴニアの貴族たちには多数残されていた。時間と共に彼らはドラゴニアであることを忘れて人間となった。結論は魔王に近いのが貴族で、より遠いのが平民だ。どちらにも属さないのが存在がドラゴンとして生きてる。そして何故か死んだドラゴニアには魔王の遺伝子が組み込まれていた」
「そんなに前から魔王が生きてたのか?」
「俺は今と昔の魔王が同じ可能性があると考えている。バロック王国を滅ぼしたのも魔王ではないかと考えて人間とドラゴンを調べた。そしたら貴族にあって平民やドラゴンから僅かにしか残ってないものがあった。それが魔王の遺伝子だ。この世界にいるほぼすべての人間に魔王の遺伝子が存在してる」
「わたしのようなドラゴニアにもあるのか?」
ゴルアはアーバンを見て「あなたが世界から消えたはずのドラゴニアなら他の人間同様に、魔王の持つ遺伝子が体内に存在してると思う」と言った。
「そんなわけがない。しかし、あの黒い物体が魔王か……」
「時期が似ているんだ。魔王が現れた時期とバロック王国が滅んだ時期が」
「我々は魔王に滅ぼされたのか?」
「そうなる」
「あなたは何故ここにいるのですか?」
ゴルアは壁画に触れながら僕を横目で見る。
「ここはバロック王国より少し古い時代のドラゴニアの国だ。俺もここで生まれた。俺は他の人間と違って完全な機械だ。ギャバジンという昔ここにあった国から調査の為にバロック王国を調べていた。この人間の形になったのも、周囲に合わせた結果だ。本来ならこんな小さな体をしていない」
僕はアーバンを見る。
「アーバンは魔王の遺伝子を組み込まれたの?」
「わからない。だが、違和感はある。あの黒い物体はバロック王国の空から現れて、我々の体や建物を次々に貫いて破壊していた。その中でもわたしのように攻撃を受けても生き延びた存在はいた。それでも蓄積された痛みが酷くて死んだ者はホードボアに埋葬した。考えてみればおかしかった。あの時わたしも死んでいたはずなのに今こうして生きている。傷も塞がっている」
「ギャバジンにもドラゴニアはいたが、俺が調査をしている間にローウェル王国が滅ぼしたようだ。そしていつの間にかバーキン連邦という人間の国ができていた。今ではローウェル王国に対抗できる唯一の国がバーキン連邦となった」
「ギャバジンはわたしの知るバロック王国に比べると建物が古いように思えたが」
「俺の国はそっちよりも遥かに古い国だ。そして重要な施設は既に砂に埋もれてしまっている。この建物も本来なら相当高い位置にある」
「そうなのか。わたしはバロック王国では兵士だった。そしてあまり教養があるほうではない。ギャバジンという国のことも覚えてない」
「君がドラゴニアだとしてもギャバジンを知らないわけない。バロック王国は当時ギャバジンにとって脅威だった。そのはずの国が一夜にして滅んだので秘密裏に行う必要があった。その為に各地を調査をしていたが、本来の目的を忘れて調査ではなく旅人として手記を書くようになってしまった。もう俺は壊れているのかもしれないな」
「何も知らないが、ドラゴニアなのは確かだ……と思う」
アーバンを見ていたゴルアは僕に向き直る。
「それで君たちの目的はなんだ?」
「あのわたしはキュロットです。この地下には人が住むところがあるんですか?」
「あるぞ」
「この都市に一時的でいいのですが、住まわせてもらうことってできるのかなと」
「問題ない。大部分は砂に隠れているが俺はこの都市を知り尽くしている」
僕たちはそれぞれ自己紹介を済ませてクロッグをゴルアに預ける。ここに何人か人を連れてくることも許してくれた。
「ただ、そこの二人に首輪をつけることが条件だ」
指差すのはクロッグとアーバンだった。
「何故ですか?」
「その首輪は魔力の感知から逃れることができるが、首輪を外すと他の人間に居場所が知られる危険性がある。もっと先を見据えて魔力を隠す計画をしている途中だから、少しだけ待ってほしい」
「二人共いい?」
納得したアーバンは一時的に首輪のような形の物体をつけた。クロッグと違いアーバンのものは自分で取り外しができるもののようだった。
「本当は機械化するのがいいんだけど、フェザー連邦まで行くこともできない」
フェザー連邦以外で機械化させるのはリスクがある。貴族が他の国でどういう扱いを受けるか知っている。
「食料はあるの?」
「この下にあるから安心しな。この場所は石造りの建物ばかりだが、ここはギャバジンが栄えた時代よりも古い建物でカモフラージュしてある。見てみるか?」
僕たちは頷きゴルアの後ろをついていく。
古い建物の中を進むと狭い通路が続いている。何度も階段を下っていくと開けた空間に出る。地面の取っ手をゴルアが掴むと更に階段を下りていく。どれだけ下まで行ったかわからない。暗い場所が続いたせいか目も暗さに慣れた。時折シフォンが目から光を放ち照らしてくれたが、その姿は非常に奇妙でゴルアも機械の目にしては作りが雑だと言っていた。彼女は長年使用してきた目が思った以上にあまりよく思われないことに不満そうな表情をしている。
「いつか本物の目に近いものにしたらいいよ」
フランネルの言葉にシフォンが頷くと機嫌を直したようだ。
階段を下りた先には頑丈そうな地下空間が広がっていた。石以外の素材で作られたもので天井も地面も輝いている。電気なんてなさそうなのにどこを歩いても明るく感じる。大きなドアを開けると地下には機械たちが動いていた。何かを製造しているようだが使用目的がわからない。
「ゴルアさん。これは?」
「ここは武器を製造しているんだ。また魔王と戦うことがあるかもしれないからな」
「砂に埋れた古代都市か」
「驚いたか?」
「うん、すごく驚いたよ」
その先を過ぎてしばらく行くと、僕たちはそれぞれ別の部屋に通される。ここで一晩休めとを言われて長旅の疲れを癒やすことにする。
翌朝にはゴルアが用意した食事を食べることになるが味は質素なものだった。食べれないこともないが最低限の食事だけでも満足するしかない。数日間ほど滞在してからゴルアに旅の続きをすることを伝えることにする。
「それでクロッグをここに置くのはいいが、目的はそれだけなのか?」
「はい。ここはバーキン連邦に知られていない古い都市なのでクロッグを置きたいだけです。わたしたちは他に連れ去られた人間がいないか調べてきます」
「キュロットは小さいのに賢いな」
ゴルアの砂だらけの手で頭を触られる。
「やめてください」
「悪いことをしたか」
「いいですけど」
お世話になっているので強く言えないが食事の時も砂が入っていることがある。
「クロッグに何かあったら言ってください。わたしたちのことはこのフルブローグで伝えます」
「ああ、そういえばあったな」
壁に貼ってある紙にはレシピや昨日の日記などが書いてある。
「紙で書いていますけど、何か意味でもあるのですか?」
「意味なんてない。昔人間に旅人と言われて旅人らしいことが本を書くことだっただけだ」
そんなことはないと思うが。
「ずっと一人で寂しくないの?」
「そんなこと思ったことない」
「もし、そう思ったらいつでも連絡してね」
「わかった」
ここからなら都市エドワルドが近い。クロッグとゴルアに別れを告げて僕たちは先を急ぐことにする。未だに知っている貴族やドラゴニアにも会えていない。
エドワルドはバーキン連邦で一番大きな都市と呼ばれている。
そこに行けば誰かがいるかもしれない。




