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2:欲望と欲望

 翌朝は寮の前で待っていたライン・アルベールに、新しく学園に入りたい人を伝えると快く承諾してくれた。

 

 早速ラフィア・ローウェルに学園のことを教える。


「嫌。家から出たくない」


「わがまま言わないの」


「だってマイケルもコーラルも優しい。ここでの仕事を手伝うから行かない」


「僕も学園に行く必要はないと思ったけどさ。あ……」


 考えてみればラフィア・ローウェルを学園に通わせなければいいのではないか。

 

 この人学園に行くだけで色々なルートで面倒起こすから正解かもしれない。


「やっぱり気が変わった。とりあえず、今日はここで仕事をしていてね」


 ラフィアは拍子抜けしたように口を開けていた。


「ええ、そうね。いってらっしゃい……」


「まあ、寮から通うことになるからしばらく会えないけどな!」


 僕は授業前にライン・アルベールにラフィア・ローウェルがまだ通えないことを伝えた。


「サトウ、先程は聞き間違いかと思ったが魔王の娘が近くにいるのか?」


「そうだよ」


「暴れたりしないのか?」


「大人しいよ。むしろ、君たちより危険じゃないと思うが」


「どこが危険だと思っているんだ?」


 ラインが僕を壁際まで追い込んでいることを考えて、一発お腹を殴っておいた。ラインは何が起きたのかとお腹を押さえて床に倒れた。


「サトウ……お腹はやめろ。お前の赤ちゃんが産めなくる」


「教育どうなってんだよ! 男にそんな機能ないわ!」


 言ってから気づいたが女神様に出生率を管理されている設定だったか。


 続編まで攻略したが細かな設定など見たことがない。


「それなら赤ちゃんはどこからくるんだ! サトウ!」


「僕に聞くな! 考えろ!」



 授業は歴史だったが乙女ゲームで見たところだ。アルベール王国の歴史と魔王との話。でも、先生も生徒も魔王のことを過去のこと程度にしか思っていないようだ。歴史の登場人物なら良かったけど魔王生きているからね。


 魔法の授業で座学を習った。


 今の魔法の授業が体育なら保健でもあるかと思ったがやはりない。ゲームでは詳しい説明まで聞かなかったが女神様が出生率を管理ってどうやって子どもを増やしているのか気になった。


 寮に帰ろうとするとエリックが声をかけてくる。


「前に話したが食事行こうぜ」


「奢ってくれよ」


「そのくらいの甲斐性はある」


 エリックは攻略対象たちの中では癖のある奴だと思っていたが、話してみると気が合いそうで楽しかった。


 連れてこられたお店は装飾品がいちいち輝いて目に悪い。


「随分と高そうなお店だな」


「俺はここの常連だ。好きなものを食え」


 適当に書かれてある魚料理を食べていると「その料理が好きなのか?」と聞いてくる。


「普通じゃないかな」


「なら、どんな料理が好きなんだ?」


「肉かな」


 魚も野菜も好きだが肉のほうが好きだ。


 考え事をしている僕と違ってエリックは真剣に僕が食べている様子を見ている。


「男性が美味しそうに食べている姿を見るのが好きとは聞いたことがあったが、実際に間近で見ると自分が作ったわけじゃないのに幸せになってくるな」


「幸せは人それぞれ違うもんね」


「これで子どもが三人や六人。そうやって増える度に幸せを噛みしめることができる。家族ができる瞬間ってどんな感じなのかな」


「エリックってもっと怖い人じゃなかった?」


 ゲーム内では主人公にプライドをへし折られて罵ってきていた。


「俺さ、結構いっぱいいっぱいだったんだ。国の為に何ができるかと考えても、結局俺は何もできないちっぽけな存在できしかない。兄のほうが優秀で俺は落ちこぼれだ。今だってサトウに弱音吐いてかっこ悪いよ」


「弱音吐いたら次に進めるからどんどん吐いとけ。それに誰かと比較してもつらくなるだけだ。エリックは僕を食事に誘ってくれた。誰かに声をかけるって意外と簡単に見えて難しいんだ」


「お前なんでも褒めてくれるな」


「これで褒めているなら、口説くのは簡単そうだな」


「俺って弱いからな」


 でかい男がしおらしくなっている。勇ましい感じの奴で口を開けば罵るシーンが多かったが、ルートに入ると大人しくなっていた記憶がある。


 今日のエリックを見ていると悲しくなったが、どうでも良かった。


 僕はお腹がいっぱいでもう帰ろうかと提案していると「まだ帰りたくない」と言われたがさっさと帰ることに決めた。

 

 追いすがるエリックを横目に手を振り、早足で寮に帰ろうとしていると物音が聞こえた。暗闇から足音も聞こえてくる。


 人の声は小さかったが近づくと話し声が聞こえてくる。


「離して!」

 

 何事かと裏路地を覗くと複数人が誰かを囲んでいる。声は女性のものだ。耳を澄ますと何やらいじめのようにも聞こえる。そういえば魔力が扱えるようになったが暗闇を見えるようにできないのか。鎖を掴んだ時は体に魔力を流すイメージをした。


 しかし、何も起きない。


 もっと真剣になればできるはずだ。


 僕は目を見開いた。そうすると周囲が明るくなった。時折聞こえる音はなんだろうか。

 そこには三人の女性が一人を取り囲んでいた。周りの人間には明るくなったと驚く素振りもないので、僕だけが明るいと感じているようだ。


 そこで目にしたのは、大きな胸の女性が両腕を掴まれていた。


 あれって主人公のフリル・ベルマーズだったような。


 フリルの周りには三人の女性がいて、両腕を掴む女性一人と左右から眺める女性が二人いた。


 ゲームではあんなに大きい胸をしていたとは思えなかったが今着ている服装のせいだろう。

 

「なんでこんなことをするんですか!」


「自分の胸に聞いてみれば?」


 フリルは逃れられないようで目の前の女性を睨んでいる。


「わたしたちはあなたみたいな女性には何をしてもいいのよ。捕まえるのに苦労させやがって」


 周囲にいる女性二人は楽しくなってきたのか揃って大きな胸に触れている。


「自分たちが今何をしているかわかっているの?」


「わかってやっているんだけどね」


 男性同士のいじめだと殴り合いだが、これはいじめだと定義して助けたほうがいいのか。女性ってどうやっていじめるのだろうか。


 とりあえず声をかけてみることにした。


「ねえ、この声聞こえる?」


 僕の声に驚いたのか三人は周囲を警戒している。


「どこにいる!」


「ここですよ」


 暗闇から声だけ出すのがよほど怖かったのか三人は震えている。


 お化け屋敷にいる女性ってあんな感じなのかな。


「卑怯者! 出てきなさい!」


「三人で一人をいじめるほうが卑怯者だと思うけど」


「覚えてろ!」


 三人は近くにいる僕に気づかないで遠くまで走っていった。


 足音が遠ざかっていたのを安心したのかフリルは膝をついた。


「怪我とかしてない?」


 一瞬驚いた表情をしていたがすぐに落ち着きを取り戻す。


「大丈夫よ。ありがとうございます」


「それにしても……いつもいじめられているの?」


「そんなことないです。今日は特に危なかった。このままだと襲われていました」


「確かに三人だからね、魔法使えば良かったのに」


「え? いや、使えないです」


 主人公は女神様から異性愛と魔法を許可されているはずだ。


「多分、使えるから今度は大丈夫。自分の身は自分で守りな」


「わかりました。でも、魔法は」


 そう言って立ち上がらない彼女を放置もできず壁に寄りかかる。


「落ち着くまで待っているから」


「あの聞いてくれます? わたし女性が怖いんです」


「女性の敵は女性とか言うもんね」


「ええ、そうですね。わたし昔から胸が大きいせいで、女性からの目がいやらしくて。それで最近は特に酷くて夜道を歩くと後ろから襲われて何度も逃げ延びてきたんです。今日の人なんて力が強くて、今も腰が抜けちゃって動けなくて」


「待って、女性が女性に襲われるの?」


「さっきからそう言っているじゃないですか。女は獣って言われているのを知りませんか?」


「ごめん、知らない」


「あなたみたいな人がいるから女性が困っているんですよ」


 なんで叱られているんだろ。


「女性ってすごく性欲が強くてわたしは困っているの」


 あなたも女性ではと言えなかったが僕は反論してみる。


「男性のほうが性欲強いと思うけど」


「そんなことない。男性は女性と違って怖くないもの。この大きな胸だって全然見る人いないし」


「いやいや、男性も女性の胸を見るから」


「それは女性だけですよ」


「僕も見てますよ」


「それは大きくて気持ち悪いから見ているだけでしょ」


「何を言っているんだ」


 こちらの常識で話しても通じるものじゃないのがわかった。


「じゃ質問、男性はどんな人?」


「そうだな。大きい体の割に心が弱い、意外と度胸がない、頭が悪い」


「あなた酷いことばかり言うね、男性嫌いなの?」


「嫌いじゃないが好きになるほどではない」


「一緒だね!」


 この人が楽しそうに喋っている時は常に胸が揺れている。


「わたしにもボディーガードの男性が欲しいですけど、男性って頼りないから」


「すみませんね」


「そんなことないですよ! わたしにとってあなたはヒーローです!」


 悪い気はしなかった。

 僕は自分の名前とマイケルとコーラルが住む家の場所を教えて寮に帰ることにした。

 彼女にも休息が必要だろう。


 翌朝は寝坊をしてしまった。

 寮にいると誰も起こしてくれないのが不便だ。

 学園に行くと先生に呼び止められる。


「ライン・アルベール第二王子の愛人ともなると優遇されているんですね」


「寝坊したこと怒ってます?」


「怒っていないですよ」


 素直に叱るならわかるが毎回愛人扱いは気に入らない。

 先生の後ろ姿を見ながら晴れた空を見る。

 僕は愛人なので学園を出て遊びに行くことにした。

 誰にも咎められることもない。

 そう思っていたが店主のマイケルから「何故家に帰ってきた?」と叱られてしまった。


「人に優しく叱られるのもいいね」

 

 しばらく大人に叱られることもなかったから新鮮だ。


「こういう子どもを甘やかすのも駄目だったかね」


 コーラルはそう言いながらもお茶の準備をしてくれている。


「そうだ。今日からフリルとラフィアが学園に通うことになるから」


 僕は耳を疑う。


「お金だって必要なのでは?」


「あなたはライン王子からの援助があるから、使わなかったお金を二人に使ったの」


「やっぱりお人好しですね」


「お互いね」


 僕はお茶を飲みつつ二人について話を聞いていた。ラフィアもフリルも本来はラインの手で学園に入ることになる。ラフィアのイベントシーンは少なかったが、フリルはたくさん見てきた。昨日のいじめのシーンはなかった。あの主人公はやたらと同性に好かれる傾向がある。そうして攻略対象をおろそかにすると、何故か女性に走りやすくなる。


 だが、昨日のだけを見ると女性が好きじゃなさそうだった。


「ねえ、昨日あなたのことを知りたいと聞きに来た人がいたけど」


「誰?」


「小さい貴族の子どもみたいだったど、ミュールとか言っていたような」


「え?」


 ミュール・ハインド伯爵家の子息で幼い顔をした甘えん坊だ。攻略対象だが容姿が青年とは思えないほどで、頭はいいが体だけが小さい少年みたいな感じだ。一部の人にはすごく人気だったな。確か男を侍らせている設定だった気がする。


 コーラルはお茶を飲む僕を見て意味ありげな様子で言った。


「なんでもサトウに興味があるとか」


「そりゃ大変だ」


「なんだがいやらしい目つきをしていたかも」


「そんな見られたの?」


 コーラルはため息をつく。


「それなら良かったんだけど、お店に来ていた男性を見ていただけ」


 近くで座っていたマイケルが机を指で叩く。


「確かにそれは許せない。コーラルはいい男なのに」


「嫉妬しないんだね」


「見るだけならしない。手を出したらする」


 怒っていると思ったがそうでもなかったようだ。


「さて、学園に戻ることにするよ」


 学園に帰る途中いきなり背後から襲われた。

 意識を取り戻すと窓の外は暗かった。体を縛られて動けないでいると暗闇に複数人いる。その中央に少年が立っていた。


「起きたか」


 ローソクがつくと少年の顔が見えた。

 ミュール・ハインドだ。

 彼は地面に倒れている僕の近くまで来る。


「俺のものになれ」

 

 色事が好きな少年を好きな女性がいるなら手順とか考えず先手を打ってほしい。

 こんな少年なんて大きな胸の前では無力だろ。

 この世界ではそんな考えこそ無力だけど。


「サトウだったな。話は聞いていたか?」


「聞いていましたよ」


「俺は他人の男を奪うのが趣味なんだ。だから王子の愛人を自分のものにする」


「僕は愛人じゃないです」


「噂になっていた。王子も否定しなかったぞ!」


「素直だな。すべてが真実とは思わないほうがいいですよ」


 少年は僕のお腹に足を乗せる。


「あまり俺を怒らせないほうがいい。あのマイケルとコーラルがどうなってもいいのか?」


「……どうなってもいいですよ」


「お前!」


「だって先程から言っている通り、僕は王子の愛人じゃない。だから他人の男ではない。奪うとか以前の問題ですよ」


「しらを切るか」


「ねえ、話聞いている?」


「俺の指示次第ではあの二人はどうとでもなる」


 僕は考えていたことがある。

 似たような展開はあったが人質の話はなかった。


「サトウ! 聞いているのか!」


「聞いていますよ。それであなたのものになるって具体的には?」


「今のまま王子の愛人でいてくれて構わない。今後内部の情報をこちらに渡してくれればいい」


「やる気になれない。報酬は?」


「お前は人質がいることが理解できないようだな」


「僕はお人好しですが、自分のほうが大事な冷酷な人間ですよ。人質は意味ないよ」


 まあ、本当に手を出したら許さないけどね。


「こいつ……面白い。気に入った、俺はお前がどうしても欲しくなった。人質は取らないでやろう。しかし、サトウの体は頂く」


「そうか。君が利口で良かった」


 僕は縄をほどこうとして全身に魔力を流すと縄が千切れた。まるで全身に鎧でも着ているような分厚い壁が皮膚の上に感じる。


 立ち上がる僕を見てミュールは言った。


「縄がどうして」


「さあね」


 僕が部屋から出ようとすると男たちに囲まれた。


「サトウ、待て」


「僕も夜は寝たいから帰る」


「夜は冷たい床で寝てもらうさ」


「この床冷たいからベッドがいいな」


「それなら連れていってやろう。大人しくするならだが」


 僕は少し考えた結果誘いに乗ることにした。


「わかった。この場にいない全員の相手をしよう」


 ミュールは男たちに指示をして僕の肩に手を乗せる。


「ついてこい」


 暗闇の中大勢の男たちと歩いていく。


 主人公と恋仲になって別の男と仲良くしていると似た展開になるが、こんな展開になるのは異性愛が禁止されているせいかと考えているとすぐに到着した。


「ここは?」


「伯爵家も知らない家だ」


 多少大きな家だが中に入ると手入れはされているようだった。二階はないが大きなベッドと飲み物が散乱している。


「人質に見張りとかつけていない?」


「当たり前だ。お前が今いる大勢の男と相手をすると言ったじゃないか」


「外にいる人も部屋に入っていいよ、こういうのは得意なんだ」


 見回しただけで二十人近くいる。


「多いな、これ全部君のものになった人か」


「そうだよ。すべて俺のものだ、そしてこれからこいつらと同じになる」


 男女逆だとしてもやりすぎだな。


「わかった。ほら、そこにいる人からでいい。一人つづやろう」


 僕は近づいてくる男性に向かってビンタをした。その瞬間男性は驚いた表情をして僕を見つめている。


「痛かったですか? これがあなたたちがやろうとする痛みだよ」


 あのゲームでは主人公がビンタする場面でダイスが振られることがあった。ミュールのイベントシーンで人物と行動は違うが同じセリフをわざわざ言ったら、この男性もイベントシーンと同じように「わたしはなんてことを」と呟いている。


 ゲーム通りではないが似ている部分もある。


 主人公の行動をイベントシーンの順番など関係なく単純になぞるだけである程度はゲーム通りに進む。


「サトウ……従うのではなかったのか?」


「相手をしてやると言ったんだ。かかってこい」


 やはり男なら拳同士の殴り合いと決まっている。乙女ゲームと同じ行動取って説教しても僕は楽しくない。少女漫画や乙女ゲームは大学の先輩の趣味で、僕は少年漫画が好きだったんだ。


 怒りに身を任せた複数人の男性と殴り合いを始めたが、行動予測は簡単で目で追えてしまう。自分より大きな肉体を持つ奴らに拳でわからせるのは気持ち良かった。


 勝負は意外と早く終わった。


「手が血で汚れたな。ここの人たちは魔力の扱いなってない」


 ミュールのものになった男性は平民が多い。貴族もいるがほとんどが魔力が体を流れる感覚が掴めていない。


「まさかお前貴族か? いや、貴族で強い奴なんて二十年前にほとんどいなくなったはず」


 驚いた表情で後退りするミュールに僕は言った。


「どう思うが勝手だが僕をものにするなら勝ってみせろ」


「こんなにも興奮したのは生まれて始めてだ!」


 ミュールは殴りかかろうとするもかわされて舌打ちをする。その後素早く動き僕の背後を取るも殴ろうとした腕が弾かれていたのに驚く。そして突然襲ってくるの腕の痛さに声を上げる。だが、どこか楽しそうにするミュールは突進をする。


 それもかわされて地面に倒れるとミュールは言った。


「思った以上に強い」


 一度も魔法を使っていないが勝てそうで安心する。魔法は使い方が未だにわからない。主人公が魔法を使うシーンはあるが、ダイスを振ってクリティカルで成功を引かないと使えない。座学と実戦で違うのだと痛感してしまう。


「サトウ、お前何者だ?」


「勝ったら教えてやる」


「そうだったな!」


 殴ろうとするとかわされて、蹴ろうとしてもかわされる。そして何かにぶつかったように体に衝撃がきて痛みで声を上げる。それがミュールには理解できないようだった。


「お前おかしいぞ」


 魔力を体に巡らせるのはゲームで言われていたことだが、あの攻略対象たちが魔王軍と戦う時にしていることをイメージしたらできた。


 血の巡りが良くなり筋肉が大きくなる。身体能力の向上効果だけなら魔力の流れを理解するだけで体が動かせる。手足が頭の指示より先に魔力の指示で動いている。心臓の動きも若干速く感じる。


「降参なら降参と言えよ」


「降参だ」


 ミュールは笑いながら倒れた。


「負けるのもいいな」


「もうこんなことするなよ。誰かのものを奪っても得るものはない、それに自分が奪われたら許せないだろ」


「考えたこともなかった」


 僕は倒れたミュールの近くに座る。


「奪われたことないのか?」


「……奪われてばかりの人生だった」


「そうか」


 設定だと子どもの頃に兄を亡くしているようだったがそれを彼は口にしなかった。


「なあ、これから俺どうすればいいかな」


「奪った奴のところにいって謝ればいい。好きに暴れた代償は重いぞ、自分が誰かに迷惑をかけたと思わなくても意外と誰かは迷惑だと思っている。それをこれから考えて生きていけばいい」


「ありがとう、サトウ」


「僕は寮に帰る。二度と誰かに迷惑をかけないなら許す」


「もうしない」


「なら、いい奴になれ」


 僕はミュールに手を振って、すぐ寮に戻ると全身が鉛のように重くなっていた。明日の準備もしないであくびをしながら眠りについた。

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