18:マグノメリア
ルーロブからマグノメリアまで歩きなら数ヶ月ほどだが、数十年前に画期的な移動手段ができて一日で到着できると聞いた。早速地下の階段を下っていくと何人かが上の文字を見ている。まるで地下鉄のように見えるが、この乗り物で各地にある都市に行かないと不便なようだ。マグノメリア行きのドアが開かれると僕たちは緊張しながら座る。ドアが閉まると移動を開始したようだがあまり音が聞こえない。
「本当に移動しているのかな?」
フランネルに聞いても「さあ」と言うだけだった。
シフォンが言った。
「この窓も何も変わらないね」
彼女が触れた窓は四角い形をしていて地下の様子が見えない。
「それ窓とは違うんじゃない?」
フランネルが窓の付近を押すと映像が表示された。外の背景を見る為の位置にあったのは液晶画面のようなものだった。子ども番組のようなアニメが表示されているが四人は興味深そうに見ている。
「なにこれ」
フランネルですらもわからないようだ。
「子どもが見る為の番組だと思う」
「キュロット知っているの?」
「見たことはないけど、可愛らしい見た目の動物たちが喋っているから。多分そうじゃない?」
「わたしずっとプリミティブにいたけど、こんなの見たことない」
確かにアニメと言われても漫画すらない。テレビという存在もプリミティブにはなかった。似たようなものは遊びに行く先で見かけたが、自然豊かなプリミティブ島に高度な文明はない。
「五歳の時にプリミティブに来て、それ以降帰ったことがなかったから何もかも珍しい」
席のボタンを押していると四角い物体が出てきた。触れると弾け飛び、様々な文字が書かれた飲み物が出てきた。味はレモンジュースのようなもので、アーバンはコーヒーのような色をした苦い飲み物だったようで僕に押し付けてきた。
「アーバン飲めないんだ」
「これは毒だ」
飲み物は飲み終わると自然と消えていた。不思議に思って乗り物に書いてある説明を見ると、乗っている間は飲み物や食べ物も移動料金に含まれているらしい。飲み物と食べ物は自然に優しいとか書いてあってよくわからない。
シフォンは液晶画面を食いつくように見ている。子ども番組を熱心に見る大人のお姉さんに僕の心は穏やかな気分になる。フランネルは既に寝ているようで寝息を立てている。ポケットのフェルトは「遠くて見えない」と言っていたのでシフォンの手に握らせる。喜んでいたフェルトだったが興奮したシフォンによって振り回したり握ったりして、最終的には僕の元に戻ることになった。
食事を取ろうとしてボタンを押すと四角い物体からチューブのようなものが伸びている。飲み物かと思っていたら飲んでいるのに食べ物を食べている感覚になった。
「意味がわからん」
アーバンは首を傾げている。
「肉を飲んでいる……何故だ」
口に入れた瞬間は水なのに噛み始めると肉や魚に野菜などが突然現れる。固形物は喉に詰まるかと思ったが想像以上に柔らかくて口に残らない。
不思議な旅を終えてマグノメリアに到着すると既に辺りは暗くなり始めていた。どこか泊まる場所がないかと聞いていると透明な箱に案内された。きっと空を飛ぶタクシーのような役割なのだろう。空を自由に移動していつの間にか宿泊施設に到着すると室内は電気が通っているようで非常に明るかった。僕とフランネルとフェルトは同じ部屋。アーバンとシフォンはそれぞれ別の部屋に泊まる。僕が部屋に入るだけで明るくなったが「キュロット? どこにいるの?」とフランネルが部屋に入ったはずの僕を探している。
「ここだよ」
「どこ?」
室内から呼びかけているのに彼女は気づかない。フランネルは周囲を見ながら部屋に入ると「あれ? いきなり明るくなった」と言って困惑している。僕が室内に置いてある紙を見ると「ボタンを押す必要はありません、室内に入るだけで明るくなります。明かりを消す必要はありません、眠ろうとするだけで暗くなります。すべて入った人間によって個別に管理されています」と絵で書かれてある。
「仕組みはわからないが、何もしなくても明るくなったり暗くなったりするみたいだ」
「キュロット! バーキン連邦ってすごいね!」
フェルトが室内を見て言った。
「世界は広いと実感したよ」
「わたしは自分が恥ずかしくなったよ」
僕を見てフェルトは不思議そうに言った。
「なんで?」
僕には元の世界の記憶がある。そこと比べると劣っていると何度か思ったことがあった。バーキン連邦には僕が夢見た世界があった。
「フェルトにはわからないことだ」
「言ってよ」
ポケットの中から睨んでくる。
「年下の癖に」
「小さいから怖くないもん」
「生意気!」
「まあ、小さいから移動が便利なわけで」
「確かに……歩かなくていいからね」
隣のフランネルは既に眠っている。フェルトをフランネルの近くに置く。僕は寝る準備をしようと窓の外を見ると誰かが歩いている。子どもと大人が一緒に歩いて、その後ろから首輪に繋がれた人が歩かされている。途中で歩けなくなったのか首輪をつけた人が倒れてしまった。子どもが首輪を引っ張るが動かないので大人が首輪を掴んで強引に動かすと顔が見えた。
僕は走り出していた。
驚いたフェルトを無視して宿泊施設から出て先程の人たちを探す。夜の町を走って大人が怒鳴り子どもが指を変形させている場面を目撃する。その指の先端は穴が空いていた。首輪をつけた人間の頭に向けている指で子どもはそのまま何かをしようとしていたので僕が子どもの腕を掴む。僅かに頭から外れて地面に光線のようなものが放たれた。
地面には穴が空いていた。
「何してんのさ。外れたじゃん」
子どもは怒っていた。
「君こそなんで、こんなことを」
「この人には何をしてもいいと言われたんだもん。ね?」
「ああ、君はどこの子だ? 大人はいないのか?」
「いや、いるけど」
「遅い時間に遊んでいないで寝たほうがいい」
今まで見ないようにしていたが、バーキン連邦に連れてこられていたのは貴族だ。善良とはいかなくても人間だ。そしてここにはアルベール王国の人もいる。首輪をつけた人間を見るも彼女は僕に覚えがないようだが僕彼女のことを知っている。随分と歳を取ったが変わらず綺麗なクロッグ・アルベール女王だった。それでもストレスからか髪の毛は痛み肌も以前ほど綺麗ではなくなっている。
「わたしにこの人をくれませんか?」
「え、やだ」
子どもがそう言っていたが「欲しいならあげてもいいんじゃない?」と大人が言った。
「一人で飼うことができるのか?」
「できるもん」
「餌だってあげないといけないんだよ?」
「できるから!」
僕には声が出せなかった。
その大人は首輪がついた鎖を僕に渡して「じゃ、よろしくね」と言って去っていった。子どもは不満そうだったのか遠くに行っても声が聞こえていた。
僕は彼女を抱きしめた。
「クロッグ・アルベール女王ですね」
「え?」
「キュロットです。わかりませんか? ラインの娘です」
僕の顔をよく見せると彼女は泣き出した。明るいところで彼女の体を見ると傷だらけだった。先程の光線のようなものでできた傷も生々しく残っている。部屋に戻るとアーバンとシフォンとフェルトに彼女のことを説明した。
クロッグに回復魔法を使うと多少楽になったのか喋れるようになった。
「まさかラインに子どもができていたなんて……」
「サトウに子どもがいることを知られたくないみたいで、このことを知っているのは城に残っていたラインやエリックにキャリバーだけです」
「死ぬ前に孫の姿を見られるなんて思わなかったわ」
「そんなこと言わないでください。何があった教えてくれますか? わたしたちはアルベール王国に起こったことを知る前にバーキン連邦に来たんです」
「こっちが聞きたいくらいよ。突然現れて殴られて首輪をつけられて、魔法も使えない状態で何日も飲まず食わずのままバーキン連邦に来たの。お腹が減っても少ない食べ物だけしか与えられなかった。わたしが何をしたっていうの……魔王だってこんなことしなかった!」
「クロッグ・アルベール女王……お気持ちはわかります。でも、魔王が優しかったとは思えません。彼は平民には厳しかったから」
フェルトはため息をつく。
「あなたは王族だからローウェル王国から許してもらっていただけです。厳しいことを言うようで失礼だと思いますけど」
「それはそうだけど」
首輪を外すのは簡単だ。前にやったのと同じなら意外と魔法を使えば千切れる。強固のように見えて強い力を加えてやれば脆い。
アーバンは言った。
「キュロットはどうしたい? このままラフィアを探すか、アルベール王国の貴族を探すか。わたしとしてはドラゴニアのことを調べたい。当然キュロットの親しい友人限定でいい。わたしたちに全員を救うほどの余裕はない」
ドラゴニアの問題に深く関われば別だが案外冷静なことを言う。アーバンは世間知らずなだけで中身はやはり大人で、ここの誰よりも合理的だった。
「どちらも大事だ。まずはクロッグの無事を祝おう。物事には優先順位がある。すべてを叶えるほどお人好しになれない」
そう言葉では言ったが僕は困っていたら本当は救いたかった。
僕の言葉にうつむき涙を流すクロッグの姿に心を痛めた。その夜は僕のベッドでクロッグを寝かせてあげた。彼女が眠ると僕はアーバンと一緒のベッドで眠ることにした。長い夜を終えて朝が来るとフランネルが驚いたように言った。
「知らない女の人がキュロットのベッドで寝ていたの! キュロットどこにもいないし!」
「僕はアーバンのところに行ったんだよ。それでその人どうだった?」
「どうってずっと震えていて……なんでなの?」
「あの人は……僕のおばあちゃん? 随分と若いけど」
見た目は二十歳付近にしか見えない。僕がサトウだった頃とあまり変わらないように思えるが、そう考えると案外僕は若いと思われていたことがわかる。
「クロッグさん」
「はい」
「今何歳ですか?」
「は? あのね……もういいや。三十六歳」
僕よりも年上だった。この人ラインを何歳で産んだのだろうか。
「今はこんなことを言えることが幸せなのかもしれないね」
クロッグは笑っている。
「ラインにもサトウにも似ている……話をしているだけで安心する」
「そうですか」
「本当にサトウと似てる。口調はすごく生意気で年上を尊重しない。かと思えば年上を気遣っているような言動をする。大人びているようで子どものようなところが似ている気がする」
「あまり褒められていないな」
「褒めていないもの」
「酷いな」
「ごめんなさい。もう死んだ人なのに」
「え? いやいや、大丈夫だよ」
思わず自分のことのように言ってしまうからサトウの話はやめてほしいな。
話し合った結果、クロッグとシフォンとフランネルとフェルトは休ませることにした。首輪を外すのを検討したが、外したら簡単に貴族とわかってしまう。アーバンと違い彼女は空を飛んで逃げることはできない。宿泊施設の中で彼女たちと一緒にいるのが一番安全だろう。そしてマグノメリアで他の貴族やドラゴニアのことを聞くのは僕とアーバンになった。彼からすると僕は小さい女の子だから一緒に行く必要はないらしいが、一人ぐらいついていかないと彼は何をするかわからない。
通行人に話を聞いて回ったが貴族を持つ平民は少ない。連れてこられた貴族を子どもに買ってあげる人が出たのは最近のことで、首輪をつけた人間は使い道が限られるから人気なわけではない。奴隷が必要というほど人手不足ではないことは背丈より大きい二足歩行の機械を見ればわかる。
後はアーバンが望むドラゴニアなんて見た人はいなかった。彼が大きくなれば二足歩行の機械程度は大きくなれる。夜中に運んでいなければ見る人は少ない。彼は残念そうだったが僕としては貴族のように連れてこられる姿を見たくはなかった。それでも彼は自分と同じ種族が生きていればいいのか。彼の心の中は複雑で聞いてあげることはできなかった。
たまに貴族らしき人物を目撃してアーバンが僕に聞いてきたが拒否した。そんな知り合いしか助けない僕に文句でも言うと思ったが何も言わなかった。
「親と友達。どちらかしか助からないとしたら、より関係が深いほうを助ける。わたしは正しいと思うが子どもが簡単に割り切れると思うと……」
随分冷酷に思えるが人は救うほうが難しい。
「アーバン。わたしは自分が一番可愛いから誰かを助けているんだ。他人の為に行動をしているが他人が自分のすべてじゃない。もし、ドラゴニアを見つけても他人よりも自分を優先してほしい」
「キュロットは十歳には思えないな」
「もう十一歳になるからね」
僕は自分が子どもとして生きている感覚がないことを自覚している。今でも佐藤星としての姿を失っているつもりはない。
こうして話をしていても、僕はどこか他人事のように思えてならなかった。




