17:悪役令嬢は甘えたい
些細な対立というのはよくある。どんなに仲の良い人でも衝突をして、関係がこじれてしまう。そこに他人が介入してもいいとは思えないが、わたしにはボイスが世界に必要とは思えない。
移動魔法を使用した時、目の前にいるフォブレイと倒れているボイスの腹から血が滴り落ちる姿を見てしまった。床に広がる血がフォブレイの足元まできていた。
「フォブレイ……何故だ。わたしはお前を大切な部下のように思っていた」
ボイスとフォブレイは音もなく現れたわたしに気づく様子はない。フォブレイの後ろに隠れる形になってしばらく話を聞くことにする。
「俺はボイスが好きだったよ。なんでかわかるか?」
「尊敬していたと言っていたな」
ボイスは重症なのにまだ死ぬ気配がない。回復魔法に専念しているのか血が止まり始めている。
「今ではそんな自分を恥じていますよ。アルベール王国を裏切っているということがわかった日までは、純粋にあなたを信じていた。そしてどこかでまだ好きな気持ちがあると思いたかった」
「なら、どうして」
「この十年間はあなたの側でローウェル王国の為に生きてきました。アルベール王国の為や国に残した家族の為など、すべては自分自身ではない他人を生かすよう力を振るってきた。それが今ではアルベール王国も家族も好きな人もいない。好きな人に至っては幻想だった。昔も今もあなたはアルベール王国で死んだ仲間や家族が大事だと言っていたが嘘をついていた」
「嘘ではない」
「口ではなんとでも言えます! 本心を聞きたい」
「すべて真実だ」
「それならどうして始めてあなたと会話をした時に、お墓を見て悲しそうな顔をしていたんですか!」
「……信じてもらえないか。大切な仲間も家族もローウェル王国の為に捧げた」
ボイスは胸の傷が治ってはいないが立ち上がるとフォブレイの背後にいるわたしの存在に気づいた。
「誰だ? いや、まさかラフィア・ローウェルか?」
フォブレイが後ろを振り向くと一瞬誰かわからなかったがわたしだということに気づき「この部屋に入った音は聞こえなかった」と言って若干嬉しそうな顔をする。
「ラフィアはサトウと一緒に死んでいたと聞かされていたが」
「生きていたよ。ずっと」
「良かった……」
「ラフィアからも言ってくれないか? フォブレイは勘違いをしている。わたしは本気でアルベール王国を裏切るつもりはなかった。ローウェル王国は巨大だ。魔王様には誰にも勝てない。そんなことはここにいる人間なら誰でもわかるはずだ。わたしの心は今でもアルベール王国と共にある」
「嘘じゃないと?」
「この十年間フォブレイに嘘をついたことがない」
フォブレイは迷っていたがボイスの顔を見て抱きしめた。
「俺すごく混乱して……ボイスがローウェル王国に戻る時、アルベール王国を見捨ててきたことを知った。その時も仕方ないと言っていて、何故自分だけ助かったのか。どうしてボイスは俺の家族たちすら助けてくれなかったのか。色々考えた結果、魔法で攻撃してしまった。謝って済むような話ではないかもしれませんが、許してくれますか?」
「ああ、許そう。わたしがすべて悪いんだ」
わたしには彼らの関係なんてわからない。欠片ほどの興味もないが気になっていることがあった。
「フォブレイはボイスを許したんだね」
「この十年間悩んだよ。でも、いいんだ。それが俺の結果だから」
「ねえ、ボイスに聞きたい。これからもローウェル王国に仕えるの?」
「当然だ。わたしが生まれた国だからな」
「フォブレイも?」
「……そうするしかない。俺にはローウェル王国しか居場所がない」
「みんな立派だね」
わたしはサトウがいればそれで良かった。
「シルディン」
彼らは抱き合ったまま動かない。
「まずはフォブレイに聞く。ボイスを殺すつもりはないのか?」
「ボイスは今でも好きだからな」
「次はボイスだ。アルベール王国とローウェル王国、どちらが好きか答えて」
「どちらも好きだ。わたしは自身の利益の為に行動するだけだ」
「フォブレイは始めからボイスの息の根を止めるつもりはなかったんだ」
「殺せるわけない」
「ボイスはフォブレイが攻撃した後、どうするつもりだった?」
「ローウェル王国の為になるなら生かしておく。本気で敵対するなら容赦はしないと考えていた」
サトウと親しくないなら他の手段を選んだが、二人をローウェル王国を破壊する為に情報収集させる為だけに行動させることにした。
わたしは彼らにラフィア・ローウェルが来たということを忘れさせて、他の道具たちの世話係としての役割も通って外に出る。
太陽の下歩くと日々過ごしてきた日常を一瞬忘れる光景を目にした。このモカシンで子どもたちの笑い声が聞こえる。とても幸せそうな光景に優しい気持ちになってきた。
基礎魔法を使ってボールのようにして蹴って遊ぶ子どもたちを見ていると、小さく丸い魔法の塊がこちらに近づいてきた。
「あ、お姉さん!」
小さな女の子がこちらを見てくる。
わたしはその魔法の塊を掴むと「よし! 一緒に遊ぼう!」と子どもたちに言った。
たまには復讐を忘れて楽しむのも大事かもしれない。
子どもたちが蹴った塊をわたしが蹴ると遠くのゴールに入る。
「ああ! もう!」
「ごめんなさい、強く蹴りすぎた」
わたしが謝ると子どもたちは文句を言いながら「しっかりしてよ。大人なんだから」とゴールに行き子どもたちだけで楽しみ始めた。
その様子を眺めながら立ち尽くしていると遠くに大きな胸を見かける。
「サテン・ジャカードだ」
元々テラード王国にいた彼女がここにいるのは不思議ではない。ローウェル王国にいるだろう重要人物の名前は頭に入っている。
後をつけると彼女は隅の小さなハンバーグ専門店「エカテリード」に入っていった。あまり有名ではないのか人がいる気配はない。店内に入ると香ばしい匂いと肉を焼く音が聞こえてくる。サテンはわたしを見ても特に気にしている様子はない。彼女の近くに座りメニューを見るもハンバーグしかない。彼女が注文したエカテリードハンバーグをわたしも注文する。他に空いているのに隣の席に座ったわたしが気になるのか先程から見てくる。
「なんですか?」
「あなたサテン・ジャカードですよね」
「わたしの名前知っているんですか」
「ええ、わたしはラフィア。ここの住民です」
「この辺で見かけない顔だけど……そりゃ一人くらい知らない人もいるか」
わたしの顔と名前を知らないわけがないと思っていたが、既にローウェル王国では死亡しているとされている人間を気にする人はいないか。それにしてもローウェル王国で顔を出すこともあるのに、わたしは王族として見られている様子がなかった。十年前に死んだ人間が国中を歩いているとは誰も思うはずもないか。
「サテンさんはどうしてローウェル王国に?」
「なんか、わたしに詳しそうで嫌だな」
「全然詳しくないから聞きたいと思って。顔と名前だけは知っていたんだ」
「まあいいか。わたし昔はテラード王国にいたんだけど、婚約破棄でローウェル王国まで逃げてきたの。そしたら笑えることに婚約破棄してきたリング・テラード元第二王子が同僚になったの。何もかも失ったわたしと同じ身分になるとかいい気味。てかなんで男と婚約しないといけないのと思っていたから良かったけどさ」
「家同士が仲が良かったとかじゃない?」
「いや、わたしを男性だと思っていたようなの。うちの家族もわたしを男性として扱っていたけど、成長すると無理があると思って婚約破棄。男女で好きになるとか変よね」
「ローウェル王国にもたまに男女で好きになる人がいるから不思議じゃない」
「変態多いのね、この国」
楽しそうに話をしているわたしたちの前にエカテリードハンバーグが運ばれてくる。ナイフで切ると肉汁が溢れてくる。口に入れた瞬間ふわふわとした食感と肉の旨味が舌をとろけさせていく。鼻に届く匂いは単純な肉だけじゃなく、ワインやバターなどの香りも相乗効果で引き立てている。
「美味しいね」
「ね!」
「ラフィアはここによく来るの?」
「始めてきた」
「わたしはこういうあまり知られていないお店に行くんだ。誰もわたしを知らないお店って気楽で素敵だと思う。今を自由に生きているって感じがしていいの」
「サテンさんを見なかったらこの店を知らないまま死んでいたかもね」
「ラッキーだったね」
「出会えて良かったよ」
「ねえ、ラフィアはなんでわたしのことが気になったの?」
「綺麗な人が歩いているなと思って声をかけたくなったの」
「そうなんだ。意外と大胆ね」
「サテンさんは他国から来たでしょ? どんな人なのか前から知りたかったんだ」
「それでわざわざ話しかけにきたのか」
「ローウェル王国にいる他国の人間、どういう気持ちでいるのか気になってね」
「昔よりは結構幸せかもね」
「わたしもこうしてサテンさんと出会えて幸せかもしれない」
「なんだか、顔近くない?」
「そう?」
ここで仲間を増やしていくのもいい。魔法を使って仲間を増やすのは体力的にも厳しい。ローウェル王国のことをどこまで信用しているのか他国の人間で試してみるのもいい。
「サテンさんってローウェル王国ではどんなことしているんですか?」
「一般の兵士と変わらないよ。偉い立場とは言えないけど、あの頃と比べたら窮屈な感じはない。一人で外を歩いても何も言われないし」
わたしはサテンの肩に手で触れて「ねえねえ」と言ってフォークで掴んだ残りの肉をサテンの口に入れた。口の中に突っ込まれて慌てていたが大人しく食べている。
「こういうのも自由っていうんだよ」
「……変な人に絡まれたな」
「このハンバーグも美味しかった。またこのお店来る?」
「来るよ」
「じゃあ、明日とかどう?」
「明日ね。いいけど」
「約束だよ!」
わたしはお金を払って店を後にする。
翌日もハンバーグ専門店「エカテリード」で食事を取った。何度か話すとサテンは色々なことを話してくれるようになる。ローウェル王国の兵士の数もわかりそうだった。仕事の愚痴に加えて、プライベートの話もする。彼女は悩みを抱えているようで次第に愚痴を聞くことが多くなった。次の日は夜遅くなってしまったので別の店で食事を取ることになる。そこでは彼女が奢ってくれるみたいだ。お金ならたくさんあるらしく、気前よく払ってくれた。
酒が入っているとサテンは口数が更に多くなった。
「それでリングが言うの。女のお前と婚約したいわけじゃないって。わたしだって願い下げよ」
「大変だったね」
「今も顔を合わす度に舌打ちしてくるの! あいつなんて嫌い!」
「わたしはサテンのこと好きだよ」
「ありがと。毎回誘ってくるけど……そういうつもりなの?」
「何が?」
「いや……そのね」
わたしはサテンの肩に自分の肩を当てて頭を乗せるようにする。
「近いよ。近いから」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど困る」
「わたしさ、ローウェル王国で生きていてずっと言えなかったことがあるんだ。家族と仲が悪くて友達とかもいなくて、好きな人も昔死んじゃって」
「それは悲しいね」
「このモカシンで暮らしてきて、家もエカテリードの近くにあるの。よく子どもたちが遊ぶ近く。あの辺りで今は一人で暮らしているんだ。ずっと寂しくて、悲しくて。そんな時にサテンに会ったの」
「え?」
「ねえ、サテンってどんな人がタイプ?」
「美人な感じの……一緒にいて楽しい女性」
「そうなんだ」
「うん」
わたしは立ち上がる。
「それじゃ」
そう言って帰ろうとするとサテンが「えっと、また誘ってくれる?」と言った。
「いいよ」
「良かった……」
「今度はわたしの家に来てよ。好きな料理を言ってくれたら作ってあげる」
わたしはサテンに別れを告げて帰った。彼女はローウェル王国が好きなわけではない。住むことができるならどこでもいいのだろう。
彼女のような人も幸せにいられるようにローウェル王国を根本から作り変えないといけない。この国で生まれていない善良な人間。生まれていても貴族じゃない人間。悪事だとわかっていても逃げられない人間などがいる。わたしは彼女のような人を仲間にしたい。大きい胸に魅入られたつもりはなかったが、わたしも女性ということがわかった。同性と話す時も胸の大きい女性の話が出るがをわたしはあまり興味がなかった。サトウと出会ったことでより一層女性には興味がないと思っていた。
復讐ばかり考えても疲れるばかりだ。
サトウが恋しい、彼と会いたい。
そんな気持ちからサテンに甘えそうなわたしがいることに気づいてどこか自分が嫌になった。




