13:平穏の終わり
今と昔で違うところはローウェル王国の行いに怒りを覚えるようになったことだ。考えないようにしてきたことだが幸せになった今も脅威は消し去っていない。わたしはフルブローグで定期的にシャギーと連絡を取っている。彼の義兄弟のグラードとも話をしているが、彼の口から出てくるローウェル王国に関する内容はバーキン連邦とローウェル王国の戦争が避けられないという話だ。元王族に意見を聞いてもらいたい気持ちもあるのだろう。こうしてシャギーとグラードの三人で会話をしていると他愛ない世間話も出てくる。
『ラフィアはフルブローグ使い慣れたか?』
シャギーは前にも同じことを言ったが忘れているようだ。
『慣れたよ。同じことを何度も言わないで』
『悪いな、歳を重ねるとそういうこともある』
『シャギーは昔からそうだっただろ』
『お前は俺が昔からおじさんだと言いたいのか?』
『そうだが』
『喧嘩しないでよ』
内と外、どこでも誰かと繋がれるのは素晴らしいことだ。ここにサトウがいればと何度思ったことかわからない。
『そういえばラフィアに言ってなかったが、サトウの知り合いとかいうシフォンがプリミティブに着いたぞ。今ここにいるが預かってくれないか?』
『仕方ないな。あなたには世話になっているからね。でも、そういうことは早く言ってね。ねえ、シャギー。シフォンってどんな人?』
『なんだか可愛い感じの女性だな……サトウと仲が良い女性ってことはシフォンもサトウが好きだったりしてな。サトウって変わっているし』
『冗談はそこまでにして。わたし今からそっち行くけど大丈夫? わたしって短気だからあなたに何をするかわからないよ?』
『はは……それじゃあな!』
シャギーとの通信が切れると自然とグラードとも通信が切れる。
わたしは着替えて準備をすると寝ているキュロットにキスをして家を出る。朝食は昨日買ったパンを置いてある。本当は食べに行ったほうが美味しいが仕方ない。見上げると晴れ渡る空を何匹も鳥が飛んでいる。雲一つない空を眺めて背を伸ばしてゆっくりと歩きながら職場に向かう。
道行く人を見かけるとわたしは挨拶をする。
ここでの生活はわたしを大きく変えた。昔よりも活発になって悩むことが少なくなった。プリミティブ島は優しい人間が多い。まるでアルベール王国にいた時を思い出すようだ。
職場に着くとシャギーが手を振り、隣にいたシフォンが頭を下げる。室内を歩き片腕が機械になったシフォンを横目に聞く。
「シャギーって亡命者の手伝いでもしてるの?」
「そんなつもりはない。彼女は記憶がないらしくて、元々プロート王国の王女らしいんだが」
「そうなの?」
シフォンは目を伏せながら頷き「昔サトウがわたしを見てそう言っただけで信じていないですけど」と言って甘い匂いがする飲み物を飲んでいる。
「それでだ。その元王女様らしき人物は国に帰ろうとしたがローウェル王国のことを考えると、震えが止まらなくなって国に帰れなくなった。フェザー連邦に来て、サトウが死んだことを伝えてからは重い空気が漂ってずっとこの調子だ」
シフォンは一向にこちらを見ようとしない。
「わかった。面倒を見る」
一人も二人も変わらない。
「頼む」
「とりあえず家の場所を教えるから行ってみて、そこにはキュロットっていうラインとサトウの子どもがいるから。仲良くしてあげてね」
「そっか。サトウの」
シフォンに場所を教えようとすると建物全体に衝撃が走る。全員が辺りを見回して窓の外を見ると隣の建物が崩れている。
「おい! あれはなんだ。いや、まさか」
シャギーが窓の外を見て叫ぶのを聞いてわたしも彼の視線の先を見る。遠くには先の見えない大きな大地が空に浮かんでいる。
「ローウェル王国だ」
わたしの言葉にシフォンは膝をついて動かなくなった。
「ラフィア、俺は詳しくないがあんな巨大な島みたいなのが浮かんでいるのなんてローウェル王国以外ないよな?」
「そんな魔力持っている奴がいたらとっくに魔王を殺しているよ」
確か魔王が動かしているのが都市ローウェルの大地だ。他の広大土地までも動かせる魔力があるかわからないが、少なくとも魔王以外に可能な人間はいない。
あそこから光の雨が降り注ぎ建物を壊していた。揺れ動く室内で悲鳴が聞こえている。この建物も崩れかけているので避難しようとするもシフォンが動かない。
「どうした? シフォン?」
肩を揺するが表情は変わらない。口元に耳を近づけると小さく何かを言っている。
「この光景、見たことがある。プロート王国の上空に突然現れた大きな大地。あの時爆音と悲鳴がどこまでも響いて耳から離れなかった。逃げ惑う住民を押し潰す音、兵士たちの足音。彼らの標的はわたしだった。どこまでも追いかけてきて、そこにはいないはずのマリン・ラグランがいた。彼女はわたしを殺そうとした。彼女はわたしが憎いのか……」
「シフォン!」
彼女は頭を抱えて泣き出した。
「わたしは国を捨てた。今も生きている……」
「……記憶が戻ったの?」
シャギーがシフォンの手を引く。
「今はそれよりも逃げることが先決だ」
外に出るとノルディックが近づいてきた。
「ラフィア!」
彼女はわたしを肩を掴んだ。
「フランネルを見なかった?」
「見てない。いないの?」
「朝起きた時はいたんだけど、気がついたらいなくなっていた。どうしよう……」
「一緒に探そう。どこかに遊びに行っているのかもしれない、もしかしたらキュロットと一緒かも」
シャギーが叫ぶ。
「ゆっくり喋っている場合か急げ!」
シャギーとシフォンとは別行動でわたしとノルディックは一緒に家へと帰るも室内には誰もいなかった。先程までキュロットが寝ていた場所は温かかったが誰もいない。
突然不安に襲われて頭が真っ白になる。
「キュロットもいない……どこにいるの……わたしを一人にしないでキュロット……」
「落ち着いて! フランネルとよく遊ぶ場所にいるのかも!」
ノルディックに言われてわたしは思いつく限りのことを言った。
「あの子は建物の上とか海の中とか言っていた。でも、あまり自分がやっていることについて全部は話してくれないの」
「フランネルもよく今日やった遊びのことを話してくれたけど、もっと詳しく聞こうとすると秘密だからと言われて聞けないこともあったな」
ノルディックは少し冷静になってきたのか遠くから聞こえる爆発音と空の大地を見る。
「ローウェル王国のやり方は単純よ。上から攻撃して建物や他の施設などを破壊して見えるようになったら地上に兵士が降りてくる。このやり方は永遠に変わらない」
「そうだったんだ」
わかったように言ってみても、わたしはローウェル王国内にいたのに彼らのやり方のすべてを理解できたことがない。
「今はまだ様子見ね。攻撃も激しくはない。どこの国も一度はローウェル王国が大地ごと動かして襲ってきたことがあるの。確かフェザー連邦にいたんだっけ? あそこは口が上手いよね。いや、技術力で牽制しているのかローウェル王国が狙ってないもんね」
「まあね」
室内のどこを見てもいない。
わたしたちは外に出て周囲を見る。逃げ惑う人たちが海へと逃げようとしている。船に何人か乗っているが、そこにあの子たちもいるのかもしれない。
船に乗ろうとする人たちに近づくと突然船に光線のようなものがぶつかる。一瞬にして船の破片が飛び散るとどこにも逃げれなくなった人たちが立ち尽くす。
「嘘でしょ」
ノルディックは言った。
「こんなの無理だよ」
わたしは僅かな魔力で見つけようとするが人が多すぎて見つけられない。集中して目を閉じていると背中を蹴られた。わたしが遠く壁まで転がって地面に倒れると、さっきまでいた場所に建物の残骸が落ちていた。
「ノルディック!」
急いで駆け寄るも瓦礫の下敷きになって見えない。
「ラフィア……聞こえる?」
「え? ノルディック! 聞こえるよ。どこにいるの?」
「いいから聞いて。わたしはいいからフランネルをお願い」
「大丈夫。今助けるから」
「無理なの」
「そんなことない! 大丈夫だから!」
「今ね、お腹に穴が空いているの。さっきの光線だと思うんだけど……その余波で建物も崩れていて思わずラフィアを助けた。お願い、フランネルをどうか」
「いいや、今すぐ瓦礫を」
「わたしよりフランネルを助けてって言っているでしょ! もう声を出すのもつらいの。全身痛くて意識が飛びそうで、それでも声を張り上げているの。ラフィア……あなたローウェル王国の王女様なんだってね」
「知っていたの……どうして」
「あんな大声で喋って知らない人はいないよ。でも、あなたと話して優しさに救われた。プリミティブ島にいる誰もがあなたを認めている。ラフィアはローウェル王国から追われているのは聞いた。だから負けないで」
瓦礫を魔法で持ち上げようとして彼女の手を発見する。だが、掴んだ手はすぐに砕けた。どこもかしこも機械の破片ばかりで彼女が見つからない。壊れた腕や足などが彼女のもかわからなかった。大きな瓦礫を空中に浮かせると、そこにノルディックが倒れていた。胴体には穴が空いて血が溢れている。千切れかけた手足は潰れていて、頭を持ち上げるとわたしに気づいたのか「わたしラフィアが好きだったのに」と言って開いた口が閉じなくなった。機械の目は閉じることがなく、わたしを見つめている。
わたしはその場に座って地面を流れる血を見つめる。
「あ……はははは。またこれだ」
誰かが死ぬ場面は何度見ても慣れない。
早くフランネルとキュロットを見つけないと思うも足が上手に動かない。
空を見上げるとローウェル王国が浮いて移動している。魔力を探ると複数の人間が地上へ攻撃しているのがわかる。
「この魔力は……知っている。わたしの知っている魔力だ」
わたしは「プラフティ」と口にすると一瞬で上空にいるローウェル王国の元に行けた。周囲には兵士たちがいる。何故か知らないが以前魔王がわたしをローデン連邦から連れてきた魔法を使えた。プリミティブでの日々で魔力の扱い方を更に極めることができた。これもキュロットのおかげだ。その影響か、それとも別の影響なのか。欲していた魔王だけが使える魔法も使えるようになっていた。
ここにいる兵士たちの中にわたしを地上に落とした人間がいる。顔は覚えていないが魔力はわかる。兵士たちは地上にばかり気を取られてわたしを見ていない。
「アーゲレナ」
そう口にして兵士に近づくと手が触れた場所から魔力がわたしに移動していく。気づいた時には遅く兵士は魔力の大半を失って倒れかけていた。わたしは兵士を少しだけ押してやると地上へと落ちていった。
その時ようやくわたしの存在に気づいたのか兵士たちは武器を構え始める。彼らが持つ剣は魔力を吸収してためる力がある。それでわたしに魔法をぶつけようとするが「アーゲレナ」と口にするだけで魔法は吸収された。
全身に魔法をまとって「プラフティ」と言って兵士たちの間に移動すると、二人の兵士の胸に両腕を突き刺して「アーゲレナ」と口にする。周囲にいる兵士は悲鳴を上げながらどこかに吸い込まれていく。
これも魔王だけが使える魔法だ。魔力は魔法の延長線上にあるもので手足を動かすように扱える。専用の言葉を口にしてからじゃないと使えない魔法だが、そんなものはアルベール王国の授業でも聞かなかった。フェザー連邦でも魔法のことを聞いたが魔王のものは特別なものなのだろう。
兵士と戦い血に染まったわたしは城を目指す。
あの時サトウにキスをしてから違和感はあった。自分が自分ではなくなった感覚だ。この状態で魔王を倒せるとは考えていないが他の王族なら隙を作れば問題はない。近くには王族の魔力を感じている。
城内には簡単に入ることができた。兵士を一人ずつ魔法で吸収していく。魔力を使っても兵士を吸い込めば失った分を満たすことが可能で便利魔法だった。
徐々に近づいていたが魔力の反応は動かない。
ドアを開けると彼女は驚いたように声を上げる。
「ラフィア? 生きていたのね。良かった……」
「エポール、久しぶり」
エポール・ローウェル第三王女だ。彼女のことは頭から爪先まで知り尽くしてしまっている。
「とても心配したのよ? 死んでいたらどうしようって。ねえ、なんで城にいるの?」
「ちょっとエポールに会いたくなったんだ」
「そ、そうなんだ。なんか嬉しいな……やだ。プレゼント用意していないや」
彼女が後ろを向いて箱に手を伸ばす。
「あなたがいなくなってからとても寂しくてね。本当はもっと別のプレゼントをあげるつもりだったけど、これあなたも好きだったよね?」
彼女は箱にあった切れ味の悪い剣を取り出す。
「これで小さい頃も何度か色々なところを切って遊んだけど、今も大切に保管してあるんだ。ラフィアはよく泣いたけど……楽しかったな」
「そうだね。切れない、切れないと言ってわたしを切っていたね。他にも首を絞めてみたり火で炙ってみたりと、エポールはなんでそんなことをするんだろうと思ってたよ」
「好きだからに決まってるじゃない! その後何度か回復してあげたから傷跡なんて残ってないし。その話は何度もしていた気がするけどな」
「好きだから傷つけるんだ」
「そうだよ。だってみんながラフィアを魔力の弱さでいじめていたから、わたしくらいは仲良くならないといけないなと思っていたんだ。こうでもしないとわたしがいじめられるかもしれないでしょ?」
「わたしは世間を知らなかったから、それでもいいんだと思っていた。そういうのも家族なら受け入れるものだと思っていた。サトウが死ぬまでは、そう思っていた」
わたしはエポールの手を握る。
「アーゲレナ」
「え? ラフィア?」
彼女は膝をついてわたしを見つめる。
「わたしは多分人間ではない。でも、あなたたちよりは人間よ」
力なく倒れるエポールは言った。
「どういうこと? あなたの魔力……変?」
「昔と違っているみたい」
「力が抜ける……何をしたの?」
「これは魔王の魔法。どんなものでも吸い取るものみたい。でも、やっぱり王族なんだ。他の兵士たちは魔力だけを吸い取ろうとしたら一瞬だったけど、永遠に終わらない気がするよ」
エポールは手を離そうとしたのでわたしは抱きついた。
「わたしはエポールのこと好きになろうとしたんだよ。もちろん、みんなのことも好きになろうとした。大切な家族で、ここがわたしの居場所なんだと思ってた。でもね、別に大切な家族も居場所もわたしがそう思い込んでいただけだった。わたしあなたたちのことが嫌いだったみたい」
「ラフィア……すごいね。こんな魔法が使えたんだ。わたしあなたのことを誤解してた。もっと弱いからわたしが教育して育てないといけないと思っていたんだ……わたしはあなたのことずっと好きだったよ」
「嫌いなあなたの魔力も魔法もすべて頂戴? わたしはエポール姉さんなんか好きじゃなかったけど、このローウェル王国を壊せるならなんでもする」
「ローウェル王国を壊したいんだ」
わたしはエポールから離れないようにしながら顔を近づけた。
「ええ、好きで嫌いなんだ。この国」
「いい笑顔……良かった最後に見れて。一度も見たことなかったから」
「相変わらずズレてる……だから嫌いなんだ。ねえ、わたしあなたの言葉なんて一度も信じたことないんだよ。好きなんて嘘でしょ」
「わたしは本気であなたのこと好きだったのよ。それに……嘘なんてな……い」
エポールの体は動かなくなって魔力がすっかり抜けている。この重い体から抜けた魔力はすべてわたしが貰っている。遠くを見たまま閉じない目を見て過去のことを思い出す。彼女はわたしと違って魔力は多かったが体が弱かった。同じ期待されない王族の中でよく話をしていた一人だ。
サトウにキスをして何かが変わった。魔力が混じり合った感じで他人の魔力も使えた。きっとサトウの影響で魔王の力も使えるのかもしれない。
今度はエポールにキスをしたら何かが変わるのだろうか。
「それは死んでも嫌だな」
嫌いな相手とキスなんて口が汚れる。
わたしはエポールの頭に手を突っ込むと僅かに残った魔力を感じた。手から感じ取る魔力は彼女の魔法が残されていた。
頭から手を抜くと体にエポールの魔力と魔法を感じた。
魔王の魔法が使えたのはサトウの死体にキスをした時、間接的に魔王の魔力に触れていたからか。すべての魔王の力が使えるわけじゃないが、エポールの魔法は使えるようだ。
わたしはエポールの死体を残して「プラフティ」と言って地上に戻った。
地上に戻ると近くに海辺にシャギーとシフォンがいた。
「え? どこから現れた?」
驚く彼にわたしは二人の姿を探す。
「それよりもキュロットとフランネルは?」
「その二人なら、ほら」
シャギーの視線の先には二人の姿があった。
わたしはキュロットに抱きつく。
「良かった。無事で」
「ラフィア……すごい血」
「怪我はしてないから大丈夫。フランネル、そのね」
わたしはどう言おうか迷っているとシャギーが言った。
「どうやら攻撃が止まったらしいな。兵士が降りてくるかな」
「シャギー、一度ここからフェザー連邦に行けない?」
「いいけど」
わたしは近くにいる人たちを見回した。
「多分アーバンはフェザー連邦にいる。一度そこまで逃げよう」
「待ってよ。ノルディックは?」
「フランネル……彼女は……その」
何も言えずに黙っているとフランネルはわたしの顔を見て察したのか涙を流した。何度か話したがフランネルは非常に賢い子だ。伝えなくても伝わることもあるのか。彼女はすぐに涙を拭いて向き直る。
「はっきり言ってよ、ラフィア」
「……死んだ。わたしをかばって」
「わかった」
「わたしが悪いの」
「いいよ。ラフィアは悪くない」
「フランネルに言い訳なんてしたくない。わたしが」
「もういいよ! 逃げるんでしょ?」
フランネルはわたしをまっすぐ見ていた。
「わかった」
ここにいるわたしを含めて五人をアーバンの元へ送り届けることにした。
「プラフティ」
わたしたちはプリミティブ島を脱出した。




