11:ラフィアの幸せな日々
寝起きのわたしの傍らには幼い少女が寝息を立てて寝ている。何か夢でも見ているのか少し口角が上がっていた。
この少女はキュロットと呼ばれるラインの娘だ。彼とは同じ者を好きになったが結果的にサトウの子を宿したのはラインだった。
髪の毛に触れるとさらさらとして綺麗な黒髪をしている。目元もどこかサトウに似ている。顔の形はラインに似ているが将来はどんな人間になるのだろうか。
「何してるの?」
目を覚ましてこちらを見る彼女の頭を撫でる。
「おはよう、今日の朝食はどうする?」
「毎朝行く、あのカフェでいいと思うよ」
「また無理してコーヒーでも飲むのか?」
「無理はしてない」
こうして会話をして彼女が少し怒ったような顔をするのを見るのが毎日の楽しみだ。
十年前のにサトウを目の前で失った。魔王はわたしを攻撃するように見えてサトウを狙っていた。彼がわたしを守るとわかっているかように思えた。力尽きた彼を見て時間が止まった。ばらばらになった彼の死体に近づいていたが頭が真っ白で何も考えていなかった。その時は彼が死んだことが受け入れられずにサトウだと思えずにいたが、自然と流れ落ちる涙が悲しみを感じさせた。わたしは冷たくなった彼の頭を抱えて唇にキスをする。手や足に体の全身へと染みるように彼の血が流れていくようだった。彼の唇からも血がついていたのか自分の唇は赤く染まっていた。
足音が聞こえて周囲を見回すと兵士たちが取り囲んでいた。そして魔王の「……この者を捕らえろ」という言葉で冷静になった。不思議とその時のわたしは体が軽かった。自分では敵わないと思っていた兵士たちも弱く感じた。体から溢れる魔力の変化に気づいたが観察している余裕はなかった。そして何よりも魔王から常に居場所を特定されていた嫌な感じもなくなったことで、わたしはラフィア・ローウェルではない、平民のラフィアとして生きることを決意できた。
城を逃げ出して今に至るまで十年ほど経過したが現状はキュロットがいて幸せだ。
今はこのプリミティブというアルベール王国から少し離れた位置にあるバーキン連邦が所有する島にいる。ここに入る時は機械の体にしないと貴族だと思われる危険性があった。
キュロットも腕の一部だけ機械化して魔力を制限させてもらった。彼女は特に不満も言わずに受け入れてくれた。ラインも手がかからない子で賢いと聞かされていたが、こんなに小さいのに言語もすぐ喋れるようになり魔力や魔法も扱えるようになった。
アルベール王国は既にローウェル王国の属国で娘のことが心配だったラインは、わたしに娘を一緒に連れていってほしいと頼まれた。
当初は断る予定だったがキュロットは話を聞いていたのかわたしの目を見ていた。
「一緒に行くよ」
その言葉にわたしは抗えなかった。
今も彼女に抗えない。食事を取るのも借りている部屋の家具を買うのも、年下に値段や質を確認して年上のわたしが指示通りお金を払っている。不甲斐ないことにお金の管理も彼女のほうがよくできていて、どちらが年上かわからなくなる。
「お姉さんと一緒にいて楽しい?」
そんなことを言っても彼女は「楽しいから一緒にいるんだよ」と笑ってくれる。
サトウの面影がある彼女は別人なはずなのに同一人物のように見てしまう。こんな年下なのに始めて人を好きになった頃を思い出してしまう。当時は男性を好きになる変わった人間だと思っていたが、実際は好きになったのが男性なだけだった。
今もこうして彼と似ているキュロットを好きになろうとしている。そんな好きになった人に似ているからという理由で好きになるのもキュロットに失礼だ。
この気持ちが嘘でも良かった。
嘘であってくれたほうがと思っても毎日一緒にいると可愛さにまるで自分の娘のように思えてくる。
彼女に手を引かれて歩く度に嬉しくなる。
飲食店を見て歩くと最近できたカフェに入って注文をする。運ばれてくる料理を食べながら今日の予定を話して過ごす。
「今日は何をして過ごす?」
キュロットは口の中の食べ物を噛み終わると「ラフィアの服でも買ったら?」と言われる。
「お金も大事にしないといけないから無駄にできないよ。キュロットの服も新しい服を買ったほうがいいと思うけどな」
「この服はラフィアが買ってきれた服だから大事に使っているんだ。あ、もうすぐ仕事でしょ? 早く食べたほうがいいよ」
「もうちょっと無理を言ってもいいのに」
「わたしはいいから仕事に行ったら?」
席を立つと彼女に手を振り急いでカフェを後にする。
以前フェザー連邦にボルドの紹介でキュロットと一緒に行った時、サトウの知り合いというシャギーから仕事を依頼された。フェザー連邦の貿易会社でバーキン連邦と取引をしてくれないかと言われた。表向きは両国の交渉や荷物手配だが、裏ではシャギーからはフルブローグを使ってローウェル王国と繋がりのある人物の調査だ。
シャギーからその話を聞かされた時に、わたしにはお金以外にも欲しいものが頭に浮かんだ。
欲しかったのはローウェル王国という存在の破壊だ。情報さえ手に入れればローウェル王国を壊すことが可能なのではないかと思った。幸いシャギーの義兄弟グラードの話によると平民に関わらず、ローウェル王国を嫌いな人々は想像以上に多い。
わたしはサトウを殺した魔王を許すことができない。
今すぐに魔王を倒したいが到底勝てるとは思えなかった。サトウと魔王の戦いでさえも加勢ができずに守られてばかりいた状況だった。
毎日が幸せで忘れそうになるがわたしはローウェル王国から逃亡中だ。魔王から監視されているような感覚もない。以前なら他の貴族からの追手に心配していたが、プリミティブには魔法を使える者はいないので魔力で探されることもない。この機械の体なら余計に他の平民に紛れることができる。だからといって安心して暮らせるとは思っていない。だからわたしはこうしてローウェル王国と敵対関係にある大国バーキン連邦で協力者を増やしてローウェル王国を破壊できたらと考えてはいる。
だが、これも理想論で現実的とは思えない。
未だにわたしは魔王を倒すことに躊躇しているのが甘い証拠だ。
建物に入ると書類を見ている者や誰かと会話をしている者がいた。机と机の間を歩いていると窓を見ながらくつろいでいる人物を発見する。
「シャギー」
「お、ラフィア。おはよう、キュロットはどうだ?」
「おはようございます。もう、手がかからなくて困っています」
「いいことだ。俺との話もキュロットが間に入って喋っていたし」
「優秀ですよ」
「あの子に自分の目的を言わなくていいのか?」
「わたしの復讐にあの子は関係ないですから。それよりもなんであなたは協力してくれるの?」
「サトウが死んだと聞いて色々吹っ切れた。あんな魔王存在しちゃいけないと思った。そういえばあんたの親だっけ」
「娘と本気で思われていたか……わかりません。他の兄弟と比べても劣っていると思われていました。何よりもあいつは誰も愛していない」
「……ここで話す内容じゃなかったな」
「いいよ。誰も聞いていない」
確かに建物内は色んな人の声と足音で聞こえないと思うが気をつけたほうがいいかもしれない。
不意に昔ベルベットが自分の体を調べていた時に言っていた言葉を思い出す。
『わたしの体に混ざる血はこの星には存在していない生物のものだ。魔王は人間ではない、文字通り』
わたしは自分に流れる血と昔触れたサトウの血を思い出したがすぐに考えることをやめた。
夕方に帰ると家にはキュロットが待っていた。
彼女は食事の用意をしてくれていた。外で食べるのもいいが家で食べるほうが落ち着く。食事をしてベッドでキュロットが手に持つ本を見る。
「キュロットはその買った本をよく読んでいるね」
「バーキン連邦のものは面白いからね」
最近は一緒に本を読んで過ごすことが多くなってきた。夜寝る前に本を読んであげると、若干嫌そうな顔をするが最終的には喜んでくれる。
「色々と勉強しないといけないから本は大事だよ」
「真面目だね」
「そんなことない。昼寝ばかりしている」
「少し昼寝する程度なら夜眠るのに困らないからいいんだよ」
「ラフィアはわたしのことなんだと思っているのさ」
「大事な人の子ども」
「その人のことまだ好きなの?」
「そうだね」
目の前で好きな人が家族に殺されて忘れられる人がいるなら教えてほしいけど。
「キュロットも将来好きな人ができるんだよ」
「できないよ」
「そんなこと言わないでよ」
「わたしラフィアのこと好きだから」
「そんな嬉しいこと言われると困るよ!」
「本心だよ」
わたしはキュロットを抱きしめる。
「……ねえ、ラインの元に帰りたい?」
「いや、特に」
「あのね、わたしだって怒ることがあるの。ラインはあなたの家族で産んでくれた人だよ」
「そりゃわかるけど」
「確かにここにいるほうが安全だから、キュロットを預かっているけど。わたしは本来あなたの側にいるべきじゃないからね」
「そこまで言わなくてもいいと思うよ」
「わたしすごくつらい。あなたを見ていると昔好きだった人を思い出すから」
「大丈夫。その人は今でもラフィアを好きだよ。つらいなら、いつだって僕が、わたしが側にいるからね」
「うん、ありがとう」
キュロットを見ていると癒やされてしまう。
復讐のことなど忘れてしまうほどに。
「ラフィア。大好きだよ」
彼女は小さい背を伸ばしてわたしの頬にキスをする。
「……あんまり気軽にキスしないで」
「わたしラフィア以外にはしないよ」
「そうじゃない」
何故か始めて出会ってからも距離が近かった。
「今日も本を読んでから寝ようか」
「子ども扱いしないでよ」
「まだ子どもでしょ」
「料理も掃除もできないラフィアより大人だと思うけどね」
「その生意気な口はどうやったら直るかな?」
「キスじゃない?」
「あなた本当に何歳よ」
「十歳?」
大人と話をしている気分になる時もあれば本当の子どもにも思えてくる。
「頬だけにしてね」
ラインの血が流れていることも関係しているのかやけに積極的だ。ラインはサトウが好きで積極的に誘っていたが、まさかあの一回でサトウの子どもを妊娠するとは思わなかった。
非常に複雑な気分だが喜んでしまう自分が嫌になる。
「じゃ、おやすみ。ラフィア」
彼女はまた頬にキスをしてくる。
「おやすみなさい、キュロット」
わたしも頬にキスをする。
これが一般的なことなのだろうか。あまりローウェル王国にいた時は女性に誘われたことがなかった。アルベール王国でサトウに会ってからも男女限らず魔王の娘として警戒されていた。
わたしは女性と付き合ったことがない。
付き合ったのはサトウだけだ。
キュロットにサトウと付き合っていたなんて言ったら引かれるだろうか。こうして彼の子どもと一緒にいるのは結果的に合法的な関係になったと言えるのかな。
わたしはベッドで眠るキュロットを見て思う。いくらサトウに似ているからといっても彼女はまだ子どもだ。
そんな気持ちで彼女を見られない。
だが、最近は油断をすると唇を奪われそうになることがある。大人のようで子どもな彼女はサトウの面影でわたしを誘惑していた。
考える気持ちは次第に薄れて目が閉じていく。可愛い寝顔と心地よい寝息がわたしを眠らせようとしてきているようだ。
わたしはキュロットを両手で包むように抱いて眠りにつく。
明日もいい日でありますように。




