10:斬首刑の悪役令嬢
何度彼女に恋い焦がれていたかわからない。
会いたいという思いから行動を起こして、今では牢屋に入れられている。体中をいじられて機械の体となっているが幸い腕や足だけだ。こうして魔法が使えないとローウェル王国が使っていた鎖はこれが元だったのかもしれない。
他のは囚人は寝ているようで時折寝息が聞こえてくるが、この牢屋内では外の音までは聞こえてこない。
「なあ、少年」
随分と渋い声が聞こえてきた。
「起きているか?」
魔法が使えないから見えないが男性の声がした方向を見る。
「起きてるよ」
「少年はなんで捕まったんだ?」
「普通に入国しようとしたら捕まった。貴族だと言われて」
そう言うと彼は大笑いをしながら言った。
「そいつは酷い話だ。ローデン連邦が悪いな」
「僕が悪いとでも言いたいんですか?」
「悪いね。どこの誰だってこの国で貴族は生きていけないことはわかる。入国する際に書いてあるもんな。少年はわざと入ってきたんだ」
「間違っているとは思っていないです。それじゃあなたは何故捕まっているのか言えますか?」
「少年と同じだ。貴族なのに入国してしまったからだ」
「僕と同じですね」
「違うな」
「どこが」
「この国へは手順を踏んで入国した。だが、ローウェル王国の者という理由だけで捕らえられた」
「ローデン連邦はローウェル王国が怖くないんですか?」
「怖くないんだろ。実際何度もローウェル王国と戦争をしてる。困ったことに彼らは強がらないと生きていけない人なんだろうね」
牢屋が明るくなるのを感じた。
「そろそろか」
彼の顔が見えた。そこにはラギッド・オーキッドがいた。三作目にいる公爵家のブレイド・オーキッドという攻略対象の領主だ。
彼は立ち上がる。
「どこに行くんですか?」
「息子の元かな」
「息子?」
「わたしには少年くらいの歳の息子がいた。もう、死んでしまったが……大切な息子だった」
牢屋が自動的に開く。
「わたしは民衆の敵として死ぬ。これも運命だ。。何週間前かわからないが、看守から今日死ぬことを言われた。大勢が見ている前で罵声を浴びせられながらね」
「待ってください! なんでそんな冷静なんですか!」
今から死ぬのに平然として怖くないのか。
「冷静……冷静なのかもね。もうすべてを受け入れているからさ」
僕は彼に近寄る。
「ローウェル王国だからですか? それとも貴族だからですか?」
「両方だよ。我々は人間ではないようだ」
「もっと話せばきっと」
「甘いな。少年がどうしてここにいるのかわからないが、ここに来るべきじゃなかった」
去って行く彼に向かって声を上げる。
「ここには助けたい人がいるから来ました。ラフィア・ローウェル。魔王の娘です」
彼は振り返る。
「魔王の娘が来ているのか?」
「魔王はレルメッチ共和国に自分の娘を渡して自らの過ちを謝罪したんです」
「それは酷いね。でも、それでなんで少年がここに来る理由になるんだい?」
「僕は彼女を愛しているからです」
「え? 何を言っているかと思えば愛しているから、なるほど。それは素晴らしい」
「怒りますよ」
「いや、本気じゃなきゃここまで来ない。その愛を嘘つきと呼べない」
「だから彼女に会いに来たんです。魔法を使って突撃しても良かった。でも、それだとすぐに彼女を見つける前に僕の居場所を暴かれてしまう。たとえ侵入したとしても隠れるのは容易じゃない、平民は魔法が使えないだけで魔力を持つ。体内の魔力がまったく見えない平民は少ない」
「……そこまでわかっても助けたかったのか」
「そうです」
「その王女様かどうかわからないが、わたしの次が一番盛り上がると看守が言っていた。明日行われる可能性がある。少年が動けるかどうか知らないが、それだけは伝えておくよ」
彼が歩き始める。
「待って! 僕はこれでも少年じゃないです!」
立ち止まった彼は小さく笑うと振り返りもしないで暗闇の中に入っていった。
昨日一日シャギーが僕を貶めようとしてローデン連邦に行かせようとしていたのではと思っていた。彼も平民だ。僕を恨んでいてもおかしくない。
「何を考えているんだ、僕は」
お腹が減ってきた。
頭も働かなくなる。
鉄格子を掴む。
僕は彼女を助ける。
誰に嫌われてもいい。
僕は現実から嫌われても未来がほしい。
その時に声が聞こえた。
「……ねえ……頑張りすぎちゃ駄目……だ」
機械音のような声から徐々にクリアな声が聞こえた。聞き覚えのあるような声だと考える暇もなく、僕の手はいつの間にか鉄格子を砕いていた。
看守の声も聞こえなかった。
人の声のする方向へと行くと人混みに流されそうだった。
どれだけ近づこうとしても押し戻される。
あの頃なら何度も言えた言葉が今は懐かしく感じる。
君はいつも僕の前で笑ってくれていた。
過去のことで苦しんでいたのに。
自分は幸せだと言って笑っていた姿を思い出す。
周囲から聞こえてくる言葉はどれも汚いものばかりで、不安からあっという間に外へと出ていた。
誰かの幸せを僕は何度も願っていた。
家族と離れてもラフィアは家族を好きでいた。
僕も同じだった。
今も家族が憎いが、好きな気持ちは変わらない。
そんなラフィアとなら、こんな僕でも好きになれると思えた。
人混みを抜けることは困難だがやるしかない。
僕の手はまだ届かない。
足も全然向かうことができない。
僕は正面から行くことをやめて人混みから離れる。
大きく息を吸うと周囲の人の服を掴んで登り始める。足で背中を踏むと倒れそうになって、注意を受けるが気にせず前に進む。
人の背中や頭を踏み、転びそうになると髪の毛や服を掴んで人混みの上を歩く。
徐々に歩きよりも最短距離で走り出す。
悲鳴も聞こえたが耳に入る情報よりも目に見える情報が重要だった。
斬首刑により首を落とされそうな彼女が見えた。
うつむく姿を見て僕の足は更に速くなる。
騒ぎなど気にならなかった。
彼女は不意に顔を上げる。
僕の姿を見て喜びの涙、それとも悲しみの涙。
そのどちらかのものだった。
機械の体は僕に馴染んでいた。最小限の魔法と魔力で距離を縮めて、踏み抜くはずの人の頭も優しく触れるだけで空を飛んでいるような気分だ。
付近にいた兵士の声は耳に入らない。
「サトウ!」
「ラフィア!」
僕はようやく彼女を見つけた。
近づくだけで死刑執行人は腰を抜かしていた。
僕は彼女の肩と膝を抱きかかえると空を大きく飛ぶ。
自由になった時の彼女の涙は溢れて止まらなかった。
建物に着地するも全身に衝撃は伝わらなかった。足から感じる痛みもない。数百メートル以上はジャンプしたと思っていたが、体の痛みも建物が壊れる様子もない。彼女を抱えると兵士から逃げた。建物から建物へ移動するのも以前より楽になった。機械の体が便利というわけではない。魔力と魔法がようやく僕の体に馴染んだ感じがする。
僕と彼女の顔が近くにある。
逃げるのに必死な僕に彼女はキスをした。
「今はそれどころじゃないだろ!」
「ごめんね」
「いいよ」
どんな状態でも好きな気持ちは忘れなかった。
いつでも笑っていてほしかった。
僕が知っている彼女は家族や友達にも愛されていなかった。好きな人すら敵になっていた。そんな彼女を救いたい気持ちもあった。始めは同情だった。少し近い立場だから共感したのもある。でも、それだけではなかった。話をしてみて、笑っているところ泣いているところ。感情のすべてに愛を感じた。憎しみだけが彼女のすべてではない、彼女はもっと楽しい世界を見るべきだと理解して守りたくなった。
「僕が側にいるよ」
今度は僕から彼女にキスをした。
彼女は笑っていた。
そう、笑っていたんだ。
それなのに顔から笑顔が消えてしまった。
「聞こえる」
「何が?」
「駄目! 逃げて!」
僕の腕から逃れようとする彼女の腕を掴むと、僕たちは王座の前にいた。目の前には複数の人間と魔王がいる。突然のことに戸惑っていた僕と違い、彼女は僕の腕を掴み逃げようとする。
「逃げても無駄だぞ、ラフィア」
魔王の声が響き渡る。
「一連の首謀者が貴様ということにしてあるんだ」
「そこまでしてわたしが憎いのですか?」
「憎い? 違うな。我々ローウェル王国の王族として相応しくないだけだ。ローウェル王国をまとめる立場なのに魔力も他の人間と変わらない、魔法も基礎魔法ばかり好んで使う。他の人間なら生かしても使い道はあるが、貴様の血は王族のものだ。恥晒しを生かしておくつもりはない」
魔王とラフィアの前にムートン・ローウェル第六王子が割って入る。
「魔王様。こいつの死体をローデン連邦に送れば問題ないでしょう。もしも、それでも足りないならあの国を滅ぼせばいい」
「そうだな」
「俺に任せてください。エポールがラフィアを優しく教育しているところを何度も見ているんだ。少しやりすぎてしまえばいいだけだろう?」
「やってみろ」
ムートンがゆっくりと近づいてくるので僕がラフィアの前に立ち塞がる。
「邪魔だ」
「お前こそ邪魔だ。ローウェルのゴミ」
「……魔王様はこの人間もいらない?」
「いらないな」
ムートンは僕の首を掴んだ。
「この機械の体では魔力の悪くて満足に戦えないな。お前どうするつもりなんだ?」
掴んだ手の力が強まる。引き剥がそうとしても力が想像以上に強い。僕がムートンの腕を掴んだ瞬間、波の音が聞こえた。どこか聞き覚えのある声が僕の頭を撫でるので不意に見ると、そこには自分が微笑んでいたように見える。幻覚でも見ていたのかムートンや他の人が気にしている様子はない。
「あれ? この人間……なんで」
自然と魔力が溢れている感覚がしてムートンの掴む力が弱く感じる。
ムートンは僕の首から手を離す。
「魔力というのは流れがある。それを無理に捻じ曲げると体が拒否反応で爆発する……はず」
極端な魔力の量を注げばの話だが魔力の少ない平民だとしても簡単に爆発なんてしない。何故だか魔力や魔法についての知識に加えて世界の理解が深まった気がする。
「魔力を注ぐと爆発するのか?」
僕はムートンの手を掴むと魔力を流し込む。彼は急いで手を離そうとするも逃れられずにムートンの右腕が破裂して血を流しながら叫ぶ声が聞こえる。
「痛い……痛い……なんでだ。どうして……」
「そうか、これが魔力のコントロールなのか」
このムートンの血を握り彼の魔力を感じる。当時は強力に見えた魔王も彼の子孫も大したことないように思える。
「お前の好きなラフィアがどうなってもいいのか? お前の友人たちの運命も俺たちが握っているが抵抗したら命はないぞ」
僕は笑いながら腕を押さえるムートンを見て吐き気がしてきた。
こういう卑怯者は相手が弱いと思う者にしか強くなれない。
僕はムートンの頭を掴むと魔力を流して頭を吹き飛ばす。
血で染まる床にはムートンの死体が転がっている。
「素晴らしい」
魔王は拍手をしている。
「以前見た時は無能だと思ったが、そんな実力があったんだな」
あの魔王は自分の子どもが死んで喜んでいた。
「この場面を見ても何も言わないのか」
「何がだ?」
「いや」
もう何も言いたくはない。
ラフィアを見ると僕を見て泣いていた。
驚いていると「ごめん」とだけ言ってうつむく。
「魔王はラフィアを殺すのか?」
「当然だ。サトウと違って長年見てきたがラフィアは成長しなかった」
「僕にはずっと疑問だったラフィアが何故こんな家族を未だに好きでいるのか。でも、その家族を愛する気持ちは否定することなどできない、僕も血の繋がった家族に否定されても愛していたからだ」
僕は魔王を基礎魔法で上から押し潰した。
「……魔王、お前は別だ。ラフィアがどう思おうとお前を僕が否定する」
魔王は基礎魔法を掴むと投げつけてきたが寸前で避けた。
「貴様もこれを使うのか」
「僕もこれが好きなんだ」
「やはり支配というのはつまらないな」
魔王は突然体中から黒い糸状のものを伸ばした。糸は伸縮をして蜘蛛の巣のように室内に張り巡らされた。周囲にいた人間は逃げようとしたが、黒い糸に貫かれて血を流している。その糸は室内で壁や人間を貫きながら向かう。顔面から数センチ付近で避けると、次は背後からも糸が見えた。それも寸前のところで避けてラフィアの姿を確認する。彼女にも向かってきていたので急いで糸を掴んだ。魔力を流し込み糸を破裂させた。
「これが見えるのか」
目で追えない速度じゃないが他の人間は見えていないようだ。
見えていないラフィアに気づくと魔王が笑う。僕が振り向くと黒い糸は次々と僕をすり抜けてラフィアに向かう。その度に掴んで糸を破裂させても、また別の糸が彼女を貫こうと迫ってきていた。
基礎魔法で防ごうとしても黒い糸は容易に貫通していく。
「貴様が消耗するだけだ。諦めなさい」
「諦めるわけない。折角できた好きな人を簡単に死なせたら、もう立ち直れない」
「興味はない」
「そうだろうな。魔王は人間には見えない」
魔王の体から出てくる黒い糸も魔法というよりは体の一部のようだった。魔力を流して破裂させることができるところも同じだ。
「いいのか? ラフィアも人間ではないことになるが」
「それは面白い。魔王の娘が人間ではないのに、人間の僕たちと同じように笑うことができるんだ。今の魔王よりもずっと人間で僕は好きになれる」
「貴様もそう思うか」
魔王は黒い糸を出しながら手を前に出した。
「アーゲレナ」
魔王が何かを言った途端周囲の空間が捻じ曲がった。地面や壁が剥がれ落ちる。それらも手の周囲にある空間に吸い込まれていく。周りの貴族やムートンの死体が吸い込まれる中、ラフィアは必死に耐えていた。それ見た瞬間僕の体は浮き上がった。身動き一つできない状況で、僕は目の前に黒い糸が複数迫ってきているのを見た。
腹を貫く糸を避けることができなかった。両腕や両足と同時に頭を黒い糸が貫こうとしていた。絶妙な調整で動いていた体は空中で固定されてしまう。
痛みはなかった。
次の瞬間目が覚めると天井と髪の綺麗な女性が見つめている。短い髪の毛を揺らして微笑んでいると僕の頬にキスをして言った。
「可愛い女の子だ」
王座にいたはずが何故こんなところにいるのか。
周囲には魔王の姿はない。
目の前にいる女性をよく見る。
何度も確認する。
そして自分の手を見るが手の形おかしい、自分はもっと男らしい手をしていた。
ここで微笑む女性が以前見たラインの姿にしか見えないのだ。
そして今僕はその女性に抱きかかえられている。
声すらラインが女性の姿になった時と同じだ。
近くにエリックの姿が見える。
「サトウにも見せてやりたいな」
エリックは僕の姿を見て笑っている。
「目元なんてサトウとそっくりだ」
彼女は僕に触りながら言った。
「ああ、俺とサトウの子どもだ。似てなきゃ困る」
やはりラインだった。
僕の知らないところで何が起きていたんだ。
混乱する僕をよそに二人は笑い合っているようだった。
壁際にはキャリバーもいる。
「楽しそうだな」
「兄さんも近くで見ればいいのに」
「ラインの子どもだ。お前がもっと見てやれ」
誰もラインの姿が女性になったことを言わない。
出産の時や子どもを作る時だけ女性の姿になるのが一般的で、それが女性の姿という自覚が男性にはないのだろう。それなら女性側も男性になるということになる。
体が自由に動かない。
今ラフィアはどうなっているんだろうか
「この子の名前はキュロットだ」
ラインがそう言うとエリックが頷く。
「サトウはあの時死んだ。でも、命を残してくれた」
多分僕は魔王と戦って死んだのだろう。
時期は違うが間違っていない。
キャリバーは言った。
「この子が次のアルベール王国の女王だな」
「もうアルベール王国なんてないのに」
ラインの悲しそうな言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしていた。
僕は暴れることもできずに泣き喚くしかなかった。
ラフィアを守れずに死んで、自分とラインの子どもに生まれ変わる。それで今度は女の子として生まれてしまう。
僕はあやす声も聞かず泣き続けた。
なんで嬉しい顔しているんだ。
僕は死んだんだぞ。
失う命より生まれる命のほうが大事か。
僕は赤ん坊としても大人としても泣いた。




