表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンテが街にやってくる  作者: ことぶき神楽
現世・登場篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/52

第8話 ダンテは神曲を改稿する

主な登場人物


 ダンテ・アリギエーリ

  48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身

 栃辺とちべ 有江ありえ

  24歳 梶沢出版編集者

 任廷戸じんていど 愛永まなえ

  27歳 梶沢出版編集者、有江の先輩


 昨日は、ネット注文した荷物を受け取るため、ダンテは一日姿を見せなかったが、今朝は「一緒に出勤します」とメールが届いていた。

――ダンテのスマホのスキルがスゴイ。


 朝七時十七分、ダンテは駅の改札口前で待っていた。

「今日は、スマホやパソコンの電気がなくなりそうなので、会社に行きます」

 充電が目当てらしい。


 会社に着き、ダンテのスマホを充電しながら、パソコンを社内ネットワークに接続する。事前にダンテのアカウントを設定し「作家グループ」に登録してある。

「ダンテさんは、出掛ける用事はありますか」

「今日は、スマホやパソコンと一緒に充電するつもりです」

「意味はわかりませんが、都合はいいですね。昨日『神曲』を改稿する際のルールを考えてみました。ダンテさんに見てもらいたいのですが、いいですか」

 もちろんですと、ダンテは応じる。


「では、さっそく、ルールは三点です」

 有江は、ダンテにパソコンの画面を向ける。


1 三韻句法などの詩法は用いない

2 注釈が必要な内容・表現は省略する

3 三人称視点で執筆する


 ダンテは、1と2はすんなり受け入れるが、3に関しては、思うところがあるようで渋っている。

「もともと一人称視点なので、そのままで、よいのではないですか」

 やはり、原文に関わる内容なので納得しがたいようだ。


「三人称視点であれば、地獄の細部を描きやすいと思います。それに……」

 今日は正直に話そうと、有江は決めている。

「一人称視点は心情表現が多くなり、ビビりの主人公には感情移入できないのです」

 ダンテは、真剣に聞いている。

「また、場面転換時、主人公が気絶している間にどうにかなってしまうのは、明らかにルール違反です。三人称視点で客観的に書く必要があると思います」

 ついに言ってしまった。


「なるほど。さすが編集者です。そうしましょう」

 有江の心配をよそに、ダンテはあっさり納得する。

「試しに地獄篇の冒頭一句を書き直してみます」

 ダンテは、キーボードを叩き始めた。


   *****

 人生の半ばを過ぎていた。

 ダンテは、目を覚ましたとき暗い森の中を彷徨っていた。

 まっすぐに続いている道は見えない。

   *****


「まだ三行詩に引っ張られていますね。一行目は取るか、二行目と一緒にしましょう」

「このセンテンスは、私の重大な転機ですので残したいですね」

「そうですね。『人生の道半ば』といえば『神曲』最初の挫折ポイントですし、わたしも残す意味はあると思います」

 今日の有江は、結構きつい。


「二行目、このまま読むと夢遊病者のようです」

「原文は『目を覚ましたとき』だったり『ふと気づく』ですが、『我に返ると』に直しましょう」

「三行目の『まっすぐに続く道』は何かの暗喩なのでしょうが、見えない道がまっすぐかどうかは、わからないですよね」

「直します……」


   *****

 人生の半ばを過ぎたダンテは、我に返ると暗い森の中を彷徨っていた。

 道は見えない。

   *****


「どうでしょう」

「読みやすくなりました。この調子です」



 スマホの充電が終わるまで、タイトルを考える。

「イメージは『神曲』の書き直しなので、『ニュー神曲』とか『シン神曲』とか『神曲・改』とかですかね。どれもパクリですが」

「日本語に不慣れなこともありますが、どれもピンときません」


「『神曲』はブランドなので残しましょう。あとは前後に付ける言葉なんですけど……」

「そうですね。単に翻訳するのではなく、日本向けに再構築、刷新するニュアンスが欲しいです」

 ダンテの言葉にひらめいた。

「刷新は、英語で『リノベーション』です。これ、使いましょう。『神曲リノベーション』というタイトルはどうですか」

「神曲リノベーション・地獄篇」

 いいですねとダンテは気に入ってくれたようだ。



 ダンテは、昨日は「神曲リノベーション・地獄篇」の第一歌、今日は第二歌を書き上げている。

 午前中に校閲が終わると「続きを書いてきます」と、ダンテは会社を出ていった。


「アンリエ、お昼一緒にどう?」

 愛永から、昼食に誘われた。

「前に、ダンテ先生に紹介してもらったイタリアンに行こうか」

「いいですね。たしか『リストランテ・フィオーレ』というお店でした」

 マップにも載っていない不思議な店だが、道順が難しいわけではない。


「こんにちは」

 店に入ると、マスターがカウンターの奥で料理している。今日は、先客がいるようだ。

 マスターにテーブル席を促されて奥を見ると、ダンテがパソコンを開き、コーヒーを飲んでいた。


「あら、ダンテ先生、こんにちは」

「これは、仁廷戸さんに有江さん、こんにちは。よろしければ、一緒にいかがですか。私は『牛肉とポテトのピリ辛トマトソースパスタ』を頼んだところです」

「私たちも同じにする?」

「そうですね。ふたつ追加してください」

 マスターが頷いた。


「ダンテさんは、こちらで作品を書いていたのですね。アパートはまだ電気が通っていないので、どこに行っているのかと思っていました」

「そうなんです。アパートは寒いし、誰かに見られているようで落ち着かないのです」

――ナニカデタヨウ。


「ダンテ先生は『神曲』を書いているのですか」

 ダンテがパソコンを差し出すと、どれどれ見せてくださいと愛永は読み始める。

「そうそう、これですよ、これ。まだまだ、堅苦しいけど、思ったとおり『神曲』は面白くなりますよね。早く続きを読ませてください。ダンテ先生、アリリエ、頼みますよ」

 愛永に褒められ、ダンテは満更でもない顔をしている。

 有江も、愛永に期待されて頬が赤らんだ。


「タイトルは『神曲リノベーション・地獄篇』と決めました。今は、第三歌を書いているところです」

「ダンテ先生なら、一週間もあれば書き終えてしまうのではないですか」

「いや、一日一歌がいいところです。私が、この日本に来た原因について、調べなければなりませんし……」


 ダンテは、パソコンを閉じる。

「私が、過去から未来に、遠く離れた場所に瞬時に移動するためには、時間や空間を超越した世界が必要なはずです。その世界が、どこにあるのか、今は知る由もありませんが、間違いなくそこを通って日本に来たからには、どこかに、その世界に通じるゲートがあるはずなのです」

 テーブルに料理が運ばれてきた。

「ダンテ先生は、ラノベの王道、異世界転移のアイディアも練られているのですね。楽しみです」

 パスタを食べながら、愛永は言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ