第33話 神楽伝次郎が現れる(現世)
主な登場人物
ダンテ・アリギエーリ
48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身
栃辺 有江
24歳 梶沢出版編集者
任廷戸 愛永
27歳 梶沢出版編集者、有江の先輩
常磐道 勝清
42歳 梶沢出版編集部長、調世会調世部長
下根田 陽人
26歳 駅前交番に勤務する巡査
西藤 隆史
36歳 調世会調査員、亡くなっている
船越川 瑠理香
40歳代 調世会調査員
神楽 伝次郎
40歳代 調世会企画部長
愛永は、部屋に一歩踏み入れて気がつく。
「なぜ、私たちを入れるのですか」
最悪の状況を想像した。
「心配しないでください。ダンテさんと有江さんの救出を手伝ってもらうためです。巷に噂が立って火消しする労力を考えたら、おふたりを取り込んでしまった方が楽ですからね」
常磐道は笑っているが、油断してはならないと気を引き締める。
「先ほど梶沢社長と相談したら、三人は大阪支店開業に向けて、出張に行ったことにするそうです」
「嘘くさい理由ですね」
そんな理由を誰が信じるというのだろう。
「本当に大阪支店を創ってしまえば、嘘くさい理由も真実になります」
予算は、潤沢にあるようだ。
「ぼくは、交番勤務がありますから、そうはいきません」
陽人は、そう言うが、
「警察組織の理不尽な異動は慣れたものでしょう。下根田さんには、今日にでも辞令が出るはずです」
「問答無用なのですね」
「そうです」
常磐道は、また笑った。
「おふたりには、動きがあるまで、しばらくこの部屋にいていただきます。ホテル並みに生活できるよう造られていますので、不自由はしないでしょう。必要なものがあれば職員が用意しますので、遠慮なく言ってください」
常磐道の笑顔は、消えていた。
「ドアを開けたまま立ち話しないでください。セキュリティ上、問題です」
そう言って近づいてきたのは、船越川だ。
「任廷戸さん、後でゆっくり謝りますね。さあ、みなさん、入ってください」
部屋は広く、コンピュータ十数台が左に向かって整然と置かれている。オペレーターはひとりしかいないが、すべての画面は何かしらを表示している。
部屋の中央から奥に廊下が続き、左右にドアがあるのが見える。
奥は居住スペースになっていると、常磐道が説明した。
地上の細長いビルに比べ、地下は広大だった。
コンピュータを操作していた男性が近づいてきた。
「はじめまして、日本宗教調世会、企画部長の神楽です」
常磐道と同じくらいの年恰好だ。
髪は、かき上げてまとめているが、口髭を生やし、揉み上げから顎まで髭を伸ばしている。ダークグレーの背広にベストを着て、ネクタイはなく襟を開けている。ひとことで言うなら、ワイルドだ。
調世会の企画部は、各国組織との連絡を担う総務班、探知装置などを造る開発班、各地での異常現象をモニターする監視班を所管するそうだ。
動いているコンピュータは、各地の空間の歪みをリアルタイムで監視、記録しているという。
「もちろん、今晩のできごとも全部記録していますよ」
神楽は、コンピュータをトントンと叩いた。
財団には、もうひとつ調世部があり、ゲートの所在などを調べる調査班、発生した事件事故を後始末する修復班があるという。
常磐道編集部長は、調世部長だった。
愛永と陽人は、コンピュータの奥に置かれたソファに座る。
船越川がコーヒーを淹れてくれた。
「これを接続してください」
常磐道は、ポケットから通信機を取り出し、船越川に手渡した。
ダンテが持っていたガジェットと同じものだ。
「修復班から連絡があって、テント一式、現地の撤収は完了したそうです。通信機は残されていませんでしたので、ダンテさんが持っているようですね」
船越川は、報告しながら、通信機をコンピュータに接続し、モニターできるようにする。
「映像は撮れたの?」
「今、神楽部長に転送しました」
「楽しみだねえ。解析する時間はたっぷりありそうだし」
神楽は、自席のコンピュータを中腰で操作して、すぐ戻ってくる。
「まずは、ヘルフォンだ。果たして、動いてくれるかな」
神楽が開発を主導した通信機で、神楽だけが「ヘルフォン」と呼んでいるそうだ。
「こう見えても、技術畑なんですよ。職員からは『伝次郎部長』と呼ばれています」
神楽伝次郎という名なのだろう。
「通信に異常はないようですね。こちらから発信してみますか」
船越川が、キーボードを準備したとき、受信ランプが赤く点滅した。
「HELL GATE MAE」とモニターに表示される。
「おお、成功ですね、すばらしい。ふたりは『地獄の門』前までたどり着いたんだ。タイムスタンプを調べてください」
神楽の指示で、船越川がコマンドを打ち込む。
「送信から三分が経過しています」
「時間かかりすぎだね。これ以上文字数が増えるとジャムる可能性があるかな。文字数は最小限で通信するようにしようか」
時間がかかる原因を調べるよと、神楽は解析を始めた。
「返信を『AROK?』とすれば、有江は文字数制限があることもわかるはずです」
愛永が提案する。
常磐道が頷き、船越川は愛永の言った言葉を送信した。
「愛永さん、やるねえ」
神楽は、通信記録をスクロールしながら、口をはさんだ。
三分後、再び受信ランプが点滅する。
「SAITO」とモニターに表示された。
常磐道は、目を丸くして見ている。
「これは『サイト』の意味ではなく『西藤』ですよね。西藤くんは、冥界でダンテさんと有江さんに合流したのですね」
「へえ、あの西藤くんは、死んでもなお仕事しているんだ。信じがたい話だけれど、受け入れなきゃいけないね」
その言葉に反し、驚く様子もなく神楽は話している。
「助かりますね。これで、技術的な内容は西藤くんがわかるでしょう。神楽部長、通信遅延の原因がシステムにある場合、遠隔で更新できますか」
船越川は、神楽に尋ねた。
「コードを送信して更新できるよう作ってあるからね。天才だよね、僕」
神楽は、キーボードを打ちながら自画自賛する。
西藤さんの合流によって、にわかに救出に向けての体制が組まれていった。




