表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンテが街にやってくる  作者: ことぶき神楽
現世・出発篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/52

第22話 キャンプの準備をします

主な登場人物


 ダンテ・アリギエーリ

  48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身

 栃辺とちべ 有江ありえ

  24歳 梶沢出版編集者

 任廷戸じんていど 愛永まなえ

  27歳 梶沢出版編集者、有江の先輩

 常磐道じょうばんどう 勝清かつきよ

  42歳 梶沢出版編集部長

 下根田しもねだ 陽人はると

  26歳 駅前交番に勤務する巡査

 西藤さいとう 隆史たかし

  36歳 調世会調査員、ダンテが住む部屋の先の住民、亡くなっている

 船越川ふなこしがわ 瑠理香るりか

  年齢不詳 調世会事務員


 ダンテは、調世会の打ち合わせに行っている。

 昨日は担当作家のサイン会開催に追われていた有江だが、一段落した今日は、取材旅行に向けて愛永と話している。デスクで話していれば、愛永の隣に座る常磐道部長の耳にも入る。

 案の定、暇そうにしていた部長は、会話に入ってきた。

 愛永の作戦どおりだ。


「五月二十二日水曜日、月が南中する時刻の二十二時五十分に山梨県の月見岩にいなければなりません。暗くなる前にテントを設営することを考えると、余裕をみて十五時までには到着したいですね」

 有江は、当日のスケジュールを逆算する。

「月見岩までのルートと時間は、乾徳山けんとくさん登山を検索すると出てくるね。乾徳山登山口のバス停から、早い人で二時間三十分。私たちは山登り初心者だから、一時間余計にみたほうがよいかな」

「ということは、登山口に十一時三十分に着く必要があります。山梨駅からだと、十時二十一分発で十時五十三分着のバスがありますね」

「八時三十分発の特急なら、乗り換えなしで行けますね。特急料金を含めて経費でなんとかしますよ」

 ここぞの部長参加だ。


「次に、服装をチェックしておきましょう」

 意外なことに、常磐道部長から話題を振ってきた。

「素人でありながら、山岳キャンプをするのですから、準備を怠ってはいけません。ダンテ先生はともかく、優秀な編集部員ふたりに何かあってからでは遅いですからね」

「登山の服装はわかるのですが、月見岩での夜間の気温が、わかりませんね」

 愛永が言った。検索してもそれらしい情報はなかったようだ。

「そもそも、月見岩でテント泊する人がいないのですかね」

「いないこともないようですが、数は少ないようです。ここは、甲府市の気温から推測するしかなさそうです。栃辺さんは、甲府市の過去十年間の五月二十二日の天候と気温を調べてください。任廷戸さんは、甲府市と月見岩の標高を調べて、標高差百メートルにつき〇・六五度気温が下がる表を作ってください。私は、その間……休憩します」

 部長は、部屋を出ていった。


 愛永は、すぐに仕事を終えてしまう。

 甲府市気象台の標高は二七三メートル、月見岩の標高は一七四〇メートル、その差は一四六七メートルなので、気温差は九・五三度になるそうだ。

 有江は、AIに「山梨県甲府市の五月二十二日の天気、気温(最高、最低)を過去十年分調べて」と指示文を発行するが「申し訳ありませんが、私の現在の機能では過去十年分の特定の日の天気や気温を調べることはできません」とあっさり断られてしまう。仕方なく、気象庁サイトから地道に調べることにした。

 七分で過去十年分のデータをコピーするが、部長はまだ戻ってこない。愛永に最高気温と最低気温の列を加えてもらい、過去データを三十年分入力できるよう修正してもらう。


 部長がコーヒーカップ片手に戻ってきた。

「過去三十年分のデータを集めましたが、五月二十二日という特定の日なので、気温は天候に左右され、ばらつきがあります。天気は、どちらかと言うと、曇りや雨が多いようです。雷の日も三回ありました。甲府市より約十度低い月見岩では、平均気温は十度、最高気温は十七度ですが、最低気温は五度ほどですから夜間は相当冷え込みますね。十分な寒さ対策が必要な時季です。三十年間の気温をグラフにすると、上昇しているように見えます」

 温暖化の兆候も併せて有江は一気に報告した。


 有江がお茶を淹れて席に戻ると、部長からファイルが共有されていた。

 ファイルには

・テント(ドーム型、自立式、二人用、ダブルウォール)

・グランドシート

・シュラフ、カバー、マット

・ザック

・トレッキングシューズ

・レインウェア

・ランタン

・ガスコンロ(OD缶)

・クッカー、食器セット

と書かれ、参考サイトのアドレスや画像が貼ってある。


 愛永も戻り、部長が説明する。

「必要な装備をリストにしてみました。メーカー品を選ぶとそれなりの金額になりますが、ブランドにこだわらなければ、少ない負担で揃えることもできそうです」

「部長、リストを作っていただいたということは、経費で……」

 さすがの愛永も遠慮がちに尋ねる。

「いや、いや、全部経費で落とすことはできませんよ。そうですね……ちょっと、待っていてください」

 部長は席を立ち、右手奥の総務部に通じるドアから出ていく。


 十分ほどして、戻ってきた。

「総務部長に梶沢出版の防災体制を聞いてきました。非常食の備蓄品はあったのですが、それ以外は何も準備していないそうです。災害時に交通機関がマヒした際には、社内で二、三日生活できるように寝袋等は必要でしょうと提言して、シュラフ一式、ランタン、ガスコンロ、クッカー、食器セットは、非常災害用備品として購入してもらうことになりました」

 愛永の部長を見る目が、明らかに変わった。

「もっとも、編集部員は担当作家の出版前には徹夜仕事もあって、それなりの環境を整えておかないと、労基署に駆け込まれてしまうかもしれませんと付け加えたのが、理由としては大きかったようです。編集部で品物を選定、購入してもよいそうです。総務部は仕事が減って助かると感謝していました」

 部長が笑う。


「おふたりは、キャンプや登山で嫌な思いをしたことがあって、今回の出張に気乗りしないということはありませんか」

 突然、常磐道部長が脈力のない質問をしてきた。

 有江と愛永は顔を見合わせ、ありませんと答える。

「それなら、安心です」

 部長が安堵の表情を浮かべたとき、エレベータの揺れる音がした。


 ダンテが編集部に入ってきた。

「西藤隆史さんは、日本宗教調世会に勤めていました」

 ダンテは、編集部に入ってくるなり話し始めるが、常磐道部長がいることに気づき、言葉を付け加える。

「……というストーリーにします」

 有江と愛永は、ダンテのアドリブを察し様子をみている。


「西藤さんは、調査員として六年前から勤めていたのですが、昨年の六月二日以来、無断欠勤が続いたので、調世会は十二月に免職手続きを取ったのです」

「亡くなってしまっては、出勤することはできないでしょうけれど、誰か西藤さんのアパートに様子を見に行ったりは、しなかったのですか」

 有江は、疑問を口にする。

「西藤さんは、別のアパートを住まいとして届け出ていたのです。一週間ほど休みが続いたので、チームを組んでいた染谷さんがアパートを訪ね、届け出た住所にいないことがわかったのです」

 ダンテの説明に、愛永が切り込む。

「染谷さんが、立科町で一緒だった男性だとしたら、実家の軒先まで行っているのだから、東京の住所を隠すのは、おかしいよね」

 愛永は、明らかに疑っている。


「違和感を提示するのには、程よい謎ですね。『嘘』か『真』か、どちらの解決策にするか、ダンテ先生は決めていらっしゃるのですか」

 部長は、プロットの話だと思っている。

「そうですね、西藤さんの調査が何であれ、立科町で『地獄の門はありますか』と質問することはないので『嘘』という結論になります。というストーリーです」

「西藤さんは、ゲートを探る特命を受けていたとする方が、おもしろくなりますね。調世会は嘘をついて、ダンテ先生やみなさんを混乱させようとしている。取材に協力していただいた船越川さんには申し訳ありませんが、敵側として立ち回ってもらった方が盛り上がります」

 休憩しますと部長は部屋を出ていった。


「やはり、調整会は嘘ついているのでしょうか」

 有江は愛永に尋ねるが、黙ったまま答えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ