第20話 調世会に行ってみる
主な登場人物
ダンテ・アリギエーリ
48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身
栃辺 有江
24歳 梶沢出版編集者
寿コインは、二か月前に来た場所なのだが、駅から十五分の場所を覚えているわけもなく、地図ソフトを頼りに歩く。
今回は、有江が先に店を見つけた。
寿コインの「寿」から中を覗こうとして、自動ドアを開ける。
店主は、モスグリーンのジャケットを着てケースの奥に立っていた。ニコニコ青年はいない。
「いらっしゃいませ。お電話いただいた栃辺さんですな。こちらにどうぞ」
有江たちを左手で招き、右手でショーケースの上にビロード敷きの盆を置く。
「今日は、お芝居はないのですな。少し期待していましたよ」
店主は、ダンテの服装を見て、冗談交じりに言った。
ダンテは、ポケットからフィオリーノ金貨、グロッソ銀貨、デナロ銀貨の三枚を取り出す。
「素晴らしいお品ですな」
店主は、鑑定を終えると有江から買取申込書と免許証を預かり、奥の間に入る。
前回と同額での買い取りだった。
店主は、五分も経たずに戻り、厚みのある白封筒を差し出した。
近くの銀行から、速攻入金する。
「思ったほど時間はかかりませんでした。どうでしょう、行ってみますか」
「行くって、どこにですか」
「日本宗教調世会です」
ダンテによると、近くに事務所があるという。歩いて行ける距離だそうだ。
「何度行っても、事務所は開いていないのですよね」
ダンテの言葉を思い出した。
「毎日行っていますので、今日で九回目ですね。ダメでもともと行ってみましょう」
ダンテが道を案内する。
「調世会が、同じことを調べているのであれば、お互い協力できるかもしれません。今は、ひとつでも多く情報が欲しいときです」
住宅街に入り、車の通りも少なくなった。
並んで下校する小学生の列とすれちがう。
「常磐道部長は『謎の組織は敵なのですか』とか『血を流すことになるのでしょうか』と聞いてきますが、現実にはそう危険な団体は多くありませんよ。このビルです」
指し示したビルは、梶沢出版が入るビルとは比べようもないほど、新しくスマートだった。
「三階に事務所があります」
ワンフロアにひとつのテナントしか入らない細く高いビルだった。一階はアジア雑貨の店が看板を掲げ、二階にはヨガ教室の案内が窓に貼ってある。
ダンテの後について、ビルの奥からエレベータに乗った。
振動もなく、三階に着く。
ドアが開き驚いたのは、ダンテだった。
「明かりが点いています。今日は、誰かいますね」
ドアのパネルには「公益財団法人日本宗教調世会」と書かれている。
インターホンのボタンを押す。
「どうぞ、お入りください」
女性の声が、聞こえてきた。
おそるおそるドアを開け、室内に入る。
正面に事務机がドアに向いて置いてあり、紺のスーツを着た四十歳前後と思しき女性が座っている。
右側には、大きめの打ち合わせテーブルが置かれ、壁には社員のスケジュールを書き込むホワイトボードが掛けられている。
女性の後ろにも机が置かれているが、誰も座っていない。奥の窓は、ブラインドが降りている。
室内には、女性ひとりだけのようだ。
「ご用件は、なんでしょう」
女性は、眼鏡の位置を右手で直し、口を開く。
「こちらの会社に勤めていた方について、お尋ねしたいのですが」
有江が尋ねる。
「西藤隆史さんという方が、昨年の六月まで、こちらに勤められていたはずなのですが、間違いないでしょうか」
「それは……申し訳ありません。社員に関することは、お答えできないのです」
当然のことだろう。いきなり訪ねてきた人間に、社員情報を話してしまう会社の方が怪しい。
「失礼ながら、こちらの法人は、何をされているのでしょう?」
ダンテは、切り口を変えて尋ねた。
「それでしたら、お話しできます。この日本宗教調世会は、公益目的二十三事業のうち『十三 思想及び良心の自由、信教の自由又は表現の自由の尊重又は擁護を目的とする事業』に基づき、設立された公益財団法人となります。定款に『信教の自由を尊重し、宗教文化が共有する課題を調査研究し、秩序ある社会の形成に寄与し、もって、世界平和の維持を目的とする』と定め、明治三十三年から公益法人として活動しております」
女性は、淀みなく説明する。
「具体的には、どのような調査研究をされているのでしょう」
ダンテは、さらに尋ねる。
「神道、仏教、キリスト教などの宗旨を越えて、宗教としての共通点……例えば、宗教施設の建築様式の相似であるとか、教義の共通性であるとかを調査しています。また、宗教に関わる課題……過去にあった『宗教戦争』や『異教徒弾圧』など、繰り返してはならない事件の原因分析と再発防止策の提言も行っております」
「死後の世界についての調査はされていますか。例えば『地獄』とか」
単刀直入に尋ねる。
「そうですね。死後の世界は、各宗旨の教義に共通して著されていますから、そのような調査もあるかと思います」
「地獄に行く方法とかも?」
「さあ、そこまで踏み込んだ調査がされているかは、どうでしょう。少なくとも最近の調査報告にはありませんね」
女性は、笑いながら答えた。
参考までにどうぞと、本来は有償配布の「令和五年調査報告書」に、名刺をはさんでダンテに渡す。
「お問い合わせの際は、こちらにお電話ください。この事務所が開いていない場合でも、九時から五時までの間は、私のところに転送されますので連絡がつくかと思います」
有江とダンテは、女性に礼を言い事務所を出た。
「気がつきましたか」
ビルを出るなり、ダンテが尋ねてきた。
「何をですか」
思い当たる節はなかった。
「右奥の壁に掛かったホワイトボードに、職員スケジュールが書かれていました」
「ええ、西藤さんの形跡を探しましたが、ありませんでした」
「ボードの職員名は、上から、天塔、大木、船越川、染谷、月島、成瀬、花野と書かれていました。どうです?」
「よく覚えられますね。しかし、どうですって、なんです?」
質問に質問で返す。
「船越川さんを除いては、五十音順になっているのですよ。大木さんと染谷さんの間には、もともと西藤さんの名前があって、後から船越川さんに書き替えられたのではないでしょうか。船越川さんが調査を引き継いでいるのかもしれません」
「船越川さんですか……西藤さんが調世会に勤務していたとわかったところで、地獄の門との関連は確かめようがありませんし、その船越川さんを見つけることも容易ではなさそうですね」
調世会の真相を探るには、あまりにも遠く、雲をつかむような話だと、有江は感じる。
「そうですね、難しそうですね」
ダンテも、小さく頷いた。
「調査報告書を見せてください」
有江は、調査報告書を受け取り目次を見るが「死後の世界」や「地獄」に関する調査項目はなかった。
ページをパラパラめくったとき、はさまれていた名刺が落ちる。
「公益財団法人日本宗教調世会 船越川 瑠理香 電話……」
「ダンテさん、船越川さんを見つけました!」
有江の脳裏に「人間、嘘をつくときには饒舌になる」という言葉が浮かんだ。




