第17話 丑三つ時から謎が解ける
主な登場人物
ダンテ・アリギエーリ
48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身
栃辺 有江
24歳 梶沢出版編集者
任廷戸 愛永
27歳 梶沢出版編集者、有江の先輩
常磐道 勝清
42歳 梶沢出版編集部長
下根田 陽人
26歳 駅前交番に勤務する巡査
西藤 隆史
36歳 職業不詳、ダンテが住む部屋の先の住民、亡くなっている
各々パスタを注文する。
愛永は、飲み物をワインに変えた。
「そもそも、私たちは、多くのことを考え過ぎていたのかもしれません」
「何を考え過ぎていたのですか」
席に座るなり話し始めたダンテに、有江は尋ねる。
「私が目にした『地獄の門』は、国立西洋美術館と静岡県立美術館にあるロダンくんが造ったブロンズの門でした。私はこの二点を地図上に落とし、その間を一辺とした大きな正三角形を描きました。その頂点は、長野県立科町です。西藤さんも調べていたので、関係していることは間違いないでしょう。この点も地図上に落としました」
ダンテは、勿体つけている。
パソコンを開き、話を続ける。
「そこで、私は考えたのです。残る『かぐや姫』『子はどこ』『すいせんの中』のメッセージも、地図に落とせる場所を表しているのではないかと。常磐道部長の『ナンプレは数字だけ』という言葉で、気がついたのです」
「たしかに、時空を超越する世界へのゲートを探しているのなら、場所を示すメモの方が合理的ですね」
愛永は、まだ酔っていない。
「そうなのです。『かぐや姫』が場所を示しているのであれば、翁の名である讃岐の造から『讃岐』今の香川県、石作の皇子が偽装する鉢を入手した『大和』今の奈良県、車持の皇子が湯治に行くと偽った『筑紫』今の九州地方、その実戻っていた『難波』今の大阪市、大伴大納言の船が打ち上げられた『播磨』今の兵庫県、そして、帝が不死の薬を燃やさせた『駿河』今の静岡県、『不死の山』の富士山が挙げられます」
「三角形に近いところで決まりですか」
陽人が逸る。
「いや、予断は禁物です」
ダンテは、慎重に進めている風を装い、シナリオどおりに話すつもりだなと、有江は察する。
「一方、私が『竹取物語』から場所を拾い出すため、原文を読み返していて気がついたことがあります。『旅の空に、助け給ふべき人もなき所にいろいろの病をして、行く方そらもおぼえず、船の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日といふ辰の刻ばかりに、海の中に、はつかに山見ゆ。』庫持の皇子が、かぐや姫に蓬莱に辿り着いたと嘘をつく場面です。他にも『かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり、望月の明かさを十合せたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。』月の使者が、かぐや姫を迎えにくる場面です。原文を何度も読んでいたのに見落としていました」
「何を見落としていたのですか」
ダンテのシナリオに乗るかどうか迷いながら相槌を打った。
「時です」
「場所を探しているのに『時』なのですか」
まんまと、乗せられた。
「前段の『辰の刻』は今の午前八時の前後一時間、次の『子の時』は午前零時の前後一時間です。昔の日本では、時刻を干支で表していたのですね。二十四時間を十二支で割って、更に四つに分けて『一つ』『二つ』『三つ』『四つ』と数える。二時間を四分割するので、一つは三十分になります。よく言われる『丑三つ時』は、丑の三つ目、午前一時から一時間過ぎた午前二時のことです」
「怪談話で、幽霊が出てくる時刻を『草木も眠る丑三つ時』と表現していますね」
有江が、付け加えた。
「そして、昔の日本では、時刻だけでなく、方角も干支で表していました。北東を『丑寅の方角』と言うのを聞いたことはありませんか。その手前の『子の方角』は北です。『子はどこ』というメモは『子』つまり、北はどこなのかということなのです。『子午線』という言葉もあるというのに、月の満ち欠けを調べたときに気がつくべきでした」
「なるほど、これで地図に落とせそうですね。問題はどこから見て北かということですよね。まだ、場所は決められませんか」
愛永は、ダンテを見るが、首を横に振っている。
「もうひとつの『すいせんの中』も、場所を示すとすれば『垂線』ではないかと推測できます。正三角形の頂点である立科町から、国立西洋美術館と静岡県立美術館の『地獄の門』間の一辺に垂線を降ろすと、以前、私が訪れた神奈川県山北町の酒匂川に接地します。立科町と山北町を結ぶ線は、一二五・四五キロメートルですので、この中点の六二・七二キロメートル地点に何かあれば、おもしろい」
ダンテは、この上なく勿体つけて、芝居がかっている。
「ちょうど真ん中に『月見岩』がありました。山梨県山梨市三富上釜口にある乾徳山登山途中の景勝地です」
「名前からして、それらしいですね」
陽人は、感心している。
パスタが運ばれ、三人は食べながらダンテの講釈を聞く。
「この『月見岩』の経度は、東経一三八・七二〇度です。そして『富士山』の経度は、東経一三八・七二五度。富士山の『子の方角』北であり、立科町と山北町を結ぶ『垂線の中点』が『月見岩』なのです」
「出来過ぎじゃないですかね」
愛永が異議を唱えた。酔い始めている。
「そう言われると思っていました」
ダンテは、隣席の椅子に置いてある紙筒を手に取ると、テーブルに広げる。
「地図を買いました。国土地理院刊行の『五十万分の一地方図』の関東甲信越。『二十万分の一地方図』の長野、宇都宮、甲府、東京、静岡、横須賀。『五万分の一地方図』の小諸、静岡、東京東北部。『二万五千分の一地方図』の丸子、静岡東部、東京首部です」
ダンテは、一枚の地図を手に取る。
「アパートの壁にピンの跡があります。ひとつひとつの位置を重ねて、一致する地図を見つけていきました。『五十万分の一地方図』は、四六版の大きさ(七八・八×一〇九・一センチメートル)なので、探しやすかったですね。四隅と合うピン跡はすぐ見つかりました。地図を重ねると、地図の内側にあるピンの跡は、三角形の頂点と富士山、月見岩の位置と一致したのです。他のピン跡も地図と合わせました。ただ、最後に残った一枚分が、月見岩が載る『二万五千分の一地方図』の川浦で、買っていなかったのですね。確認するのに時間がかかってしまいました」
ダンテは、話し続けて喉が渇いたようだ。ビールを一気に飲み干した。
「西藤さんが一度は隠そうとしたのに、やはり、知ってもらう必要があって、メモを残した場所が『月見岩』なのです」
「西藤さんは『月見岩』を知られないように、地図を外したのですか」
隠すために外す意味がわからない。
「状況からして、事前に外して処分したとしか考えられません」
「事前にって、なんの事前ですか」
ますます、わからなくなった。
「西藤さんは、あの日、あの部屋で、ゲートを開こうとしたのです。しかし、何かが間違っていた。彼は、間違いに気がついて急いでメモを残した。そんなところでは、ないかと思います」
「やはり『月見岩』が正しい場所だったということを、知らせたかったのでしょうか」
「そうです」
「なぜ、西藤さんは『月見岩』とメモしなかったのですかね」
たまに口をはさむ愛永の指摘は、剃刀のように鋭い。
「ゲートを調べている人にしか、わからないようにしたのではないでしょうか。立科町で一緒に行動していた男性にメッセージを残したのかもしれません」
今日のダンテは、黙らない。




