第16話 謎解きの始まり
主な登場人物
ダンテ・アリギエーリ
48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身
栃辺 有江
24歳 梶沢出版編集者
任廷戸 愛永
27歳 梶沢出版編集者、有江の先輩
常磐道 勝清
42歳 梶沢出版編集部長
下根田 陽人
26歳 駅前交番に勤務する巡査
西藤 隆史
36歳 職業不詳、ダンテが住む部屋の先の住民、亡くなっている
立科町に出掛けてから五日間、ダンテから連絡がない。
有江は、ダンテが先の住人のように部屋で亡くなっていないか、ほんの少し心配していたが、昨夜、第七歌の公開を知らせるダンテからのポストがあり、無事なのは確認できている。
そんな心配をよそに、お昼近くにダンテが現れた。
「常磐道さん、こんにちは。有江さん、お久しぶりです」
「これはダンテ先生、こんにちは。『最近、ダンテさん来ないね』と社長が心配してましたよ」
自席でナンプレを解きながら、部長は言った。
社長にも会っているのかと、有江は恐れおののく。
「いろいろ調べました」
ダンテは、有江のそばに丸椅子を持ってきた。
カバンからパソコンを取り出しながら、話を続ける。
「長野県神社庁は、神社本庁の地方機関でした。たしかに六年前まで西藤さんは勤務していたようですが、異動ではなく、退職されたそうです。静岡県神社庁や神社本庁にも問い合わせましたが、その後、在籍した形跡はありません」
「また、職業不詳に戻ってしまいましたね」
「そうでもないのです。調べていくなかで、西藤さんが静岡県で何をしていたか知っている人物を見つけたのです」
ダンテは、勿体つけて話している。
「西藤さんが辞めた後をアルバイトとして勤めた高木さんが、西藤さんと連絡を取っていました。引継ぎに際して、西藤さんから『日本宗教調世会に転職して静岡県で調査の仕事をしている』と聞いたそうです」
「日本宗教なんとかというのは、どんな組織なのですか」
「神道、仏教、キリスト教などの代表団体が提携し、宗教に関する調査実施を目的とする公益財団法人です。神社本庁も加盟していますから、西藤さんは勤めている間に声を掛けられたのでしょう」
「関連法人に転職するのなら隠す必要もないのに、知っていた人がひとりしかいないのは気になりますね。その法人は、宗教の何を調査しているのでしょう」
「それが、よくわからないのですよ。所在地にも行ってみました。テナントビルの一室が事務所なのですが、三度訪れても誰もいないのです」
「ナンプレは数字だけですが、いろいろな謎があって、おもしろそうですね」
話を聞いていた常磐道部長が、口をはさんだ。
「西藤さんは立科町で『地獄の門』を調べ、静岡県と東京にいたのですから、私たちと同じ時空を超越した世界へのゲートを探していたのだと思います」
ダンテは、パソコンを閉じた。
「同じ目的にしても、彼らには『元の世界に戻る』という目的がないのだから、なんのために探しているかが重要ですよね」
いつの間にか、愛永が後ろで話を聞いていた。
「これは任廷戸さん。そう言われてみると、そうですね」
ダンテは、考え込む。
「謎の組織が現れて深みが増しますね。任廷戸さん、これは立科町に行って確かめたトリックに関係するのですか」
常磐道部長は、小説のプロットを練っているものと勘違いしている。
「さすが部長、そのとおりです」
愛永は、話を合わせた。
立科町に行く前だったら、愛永もプロット作りと思ったに違いない。
しかし、西藤さんの身元が判明してからというもの、ダンテの話が全て虚構とは言い切れないと、愛永や陽人は思っている。
金曜日の午前中から週末含めて三日間、買い物に行きますと会社を出ていったきり、ダンテから連絡はない。
月曜日、出勤直後にダンテからメールが入る。
「仕事終わりに、リストランテ・フィオーレ集合。重大な発表があります」
連絡網で回ってくるようなメールだった。
愛永もスマホを見ている。同じメールだった。
「了解。仕事が終わり次第、アリエモンと一緒に向かいます」と愛永が返信する。
午後五時三十分、会社を出る。
リストランテ・フィオーレには、誰も来ていなかった。マスターひとりが、相変わらず皿を磨き上げている。
マスターは「予約席」の札が立てられた奥のテーブル席へと、有江たちを案内した。
「重大な発表って、なんでしょうね」
愛永に尋ねた。
「この店を予約までして私たちを集めるのだから、ここで話をした謎が解けたのかな。陽人巡査も呼ばれていれば間違いなさそうだけれど、来るかな。マスター、チーズの盛り合わせとビールふたつ、お願いします」
勝手に注文している。
ふたりがビールを一口含んだところに、陽人が入ってきた。
「有江さん、愛永さん、こんばんは。おっ、いいですね、ぼくも一杯いただこうかな」
ビールを追加する。
「おふたりともダンテさんに呼ばれたのですね」
「重大な発表があるからと、メールに書いてありました」
有江は、陽人に答えた。
毎朝、有江は交番の前を通って出勤している。陽人が夜勤だった翌朝の立番の時に顔を合わせるので、お互いに声を掛け合うようになっていた。
今朝も交番前で挨拶したので、陽人は今日、非番なのだろう。
「ぼくには『来ないと後悔します』と脅迫めいたメールでしたよ」
笑いながらメールを見せてくれた。
二度目の乾杯をする。
ダンテは、現れない。
おつまみに「イタリアン・チキン」と「サラダ」を注文した。
「先日、西藤さんのお母さんから、荷物が届きましたと交番にお礼の電話がありました。どんな荷物だったか、それとなく聞きましたが、衣類等の生活用品ばかりで、変わったものはなかったようです」
「西藤さんの勤務先は聞いていますか」
「ええ、ダンテさんは、調べた結果を逐一メールで知らせてくれます。ぼくの受信箱は、ダンテさんのメールばかりです」
陽人は、再びスマホを見せてくれた。ダンテから、日に二十件は受信している。
ダンテが、店に現れた。
「みなさん、遅れて申し訳ありません。最後の確認に手間取ってしまい、こんな時間になってしまいました」
持っていたバックや紙筒を、隣テーブルにドサリと置いた。
マスターが、軽く首を振っている。
「謎が、解けました」
ダンテは、高らかに言った。




