第15話 西藤さんの謎
主な登場人物
ダンテ・アリギエーリ
48歳 1265年生、イタリア・フィレンチェ出身
栃辺 有江
24歳 梶沢出版編集者
任廷戸 愛永
27歳 梶沢出版編集者、有江の先輩
下根田 陽人
26歳 駅前交番に勤務する巡査
西藤 隆史
36歳 職業不詳、ダンテが住む部屋の先の住民、亡くなっている
住宅地の一画にある一般的な二階屋だった。
表札には「西藤」と、たしかに書かれている。
チャイムを鳴らすと、母親と思しき女性が出てきた。
「隆史の件では、お世話になりました」
六十代であろうか、地味な恰好ではあるが、みすぼらしい服装というわけではない。白い髪が混じるが、整えられているので老けて見えることもない。
陽人がダンテたちの関係を説明すると、母親は。縁は不思議なものですねとつぶやく。
茶の間に通された。
「このたびは、ご愁傷さまでした。突然のことで驚かれたと思いますが、お気を落とさずにいてください。隆史さんの荷物は、後ほど駐在所を通して送られると聞いています」
「ありがとうございます。隆史が東京にいたなんて驚きました。てっきり、静岡にいるものとばかり思っていましたから」
母親は、陽人をまっすぐ見て言った。
「一昨年の六月に引っ越しされたそうです。差し支えなければ、お仕事は何をされていたのか、教えていただけますか」
さすが警官だけあって、聞き取りに慣れている。
「なんでも、大学を出てすぐに神社庁の事務職に就いたと聞きました。七、八年くらいは、長野市にアパートを借りて市内に勤めていたのですが、その後、静岡県に転勤になったと。携帯の連絡先は聞いていましたが、なかなか家にも帰ってきませんでしたし、元気にしていれば、それでいいと思っていたので……」
母親は、涙を拭った。
「隆史さんとお会いになったのは、いつ頃でしたか」
「一年くらい前に仕事で近くまで来たからと、立ち寄ったことがあります。でも、ほんのひと言ふた言交わしただけでした。それが最後です」
「おひとりでしたか」
「車で来て、助手席に乗って帰りましたので、運転している方がいたのだと思います。こんなことになるのなら、もう少しゆっくり話をしておけばよかったと思います……」
母親は、残念そうに目を伏せた。
「地獄の門」を調べていたふたり組と時期が一致していた。ふたりの内のひとりは、西藤さんなのだろうか。
陽人も関連を疑って質問したはずだ。
「隆史さんからの連絡は少なかったかもしれませんが、いつもお母さんのことを想っていたはずですよ。隆史さんも、お母さんの誕生日に花を贈れなくなって、寂しいと思っていることでしょう」
ダンテは、母親を慰めた。
「そうだといいですね」
母親が、微笑む。
「お辛いところ、いろいろ詮索してしまって申し訳ありません」
陽人は、礼を言った。
西藤さんの実家を後にする。
「隆史さんが、お母さんの誕生日に花を贈っていたことを、ダンテさんは知っていたのですか」
駐在所に戻りながら、有江は尋ねた。
「いや、知りませんでしたが……なぜか、わかるのです。どうしてでしょうね……お母さんが否定しなかったところをみると、当たっていたのですね」
当の本人が、一番不思議そうにしている。
白樺湖に向かうため、県道四〇号線を走る。
山以外に見えるものはない。
道路脇には、積雪が目立つようになってきた。
雨境峠に近づくと、空は暗くなり、雪がちらついてきた。
「この辺りが、立科町で一番細くなっている『ボンキュッボン』の『キュッ』のところです」
陽人は、ひとり喜んでいるが、見てわかるものでもないし、有江は、雪が心配で、それどころではない。
山道を上り、スキー場を過ぎ、山道を下る。道路は除雪されているが、周囲はとうに雪景色になっている。
「国道の方が、走りやすかったですかね」
陽人は、屈託なく笑った。
有江は、愛永の運転でなくてよかったと、心から神に感謝した。
雪が降り続く中、銀色の湖面が見えてくる。
白樺湖だ。
車は、湖を西に廻り込み、蓼科テディベア美術館に入る。
駐車場は除雪されているが、車はない。平日なこともあって、他に入館者はいないようだ。雪をかぶった巨大なテディベア「グッティー館長」が出迎えてくれている。
館内に入るや、どこもかしこも、テディベアばかりだ。
十五の国と十八のテーマの中にジオラマ風に展示されている。イッツ・ア・スモール・ワールドの人形が、全てテディベアになっていると言えば、わかりやすいだろうか。
展示スペースは広く、速足で見て回る。
ショップにも、多くのぬいぐるみが並んでいる。
「西藤さんの部屋にあったテディベアは、この中にありますか」
有江は、陽人の顔を見た。
「むむ、どれもクマですね。西藤さんのは、茶色でしたが……茶色ばかりですね。どれも同じに見えます」
陽人は、目を細めて必死に思い出そうとしている。
「ごめんなさい。西藤さんの身元はわかったので、テディベアを確かめる必要はありませんでした」
有江は、からかったことを謝る。
「そうですよね、ひどいなあ」
陽人は笑っている。
閉館のアナウンスに促されて、外に出た。
帰りは、白樺湖から国道一五二号を南下し、諏訪ICから中央自動車道に入る。
「隆史さんと一緒にいた人は、誰なのでしょうね」
有江は、気になっていた。
「西藤さんの所持品に、携帯電話はありませんでした」
陽人が、言った。
「神社庁が『地獄の門』を調べるのも、おかしな話です」
ダンテも、付け加えた。
「テディベアって、可愛いですね」
愛永は、お土産に買ったピンクのテディベアにメロメロだった。
談合坂SAで夕食をとる。
長野県で降っていた雪が嘘のように、空は晴れている。星が見える。東の空には、半月が浮かんでいる。
久々に食べる「ほうとう」は美味しかった。
愛永は、最寄り駅のロータリーで降りた。
「お疲れさまでした、楽しかったです。明日は、ゆっくり休んでくださいね」
バスを待つサラリーマンに交じって、愛永は手を振っている。
「ぼくは、明日、出番なんですよね」
ハンドルを握る陽人は、肩をすくめた。
車は、有江の住む街に着く。
「レンタカーの営業所には、連絡してありますので、今から返しにいってきます。ダンテさん、後で清算してくださいよ。有江さん、また出掛けましょうね」
陽人は、軽くクラクション鳴らして、ロータリーから出ていった。
「結局『地獄の門』は見つかりませんでしたが、西藤さんの実家がわかり、お母さんの手元に形見の品々が届くだけでも、よかったと思います。今日は、ありがとうございました」
頭を下げるダンテの右手には、釜めしの釜が入った袋が下げられている。左手に持つ袋からは、グリーンのテディベアが顔を覗かせていた。




