難所への挑戦
東伊豆市と伊東市の区間は今だに開通してない。どの冒険者もその区間の冒険に成功していなかった。そのため避難者など困っている人が多い。当然、俺たちも手助けをしたかった。
「やっぱり、東伊豆市に行くのは難しいね」
冒険者協会の食堂のテーブルの上の地図を見ていた天宮が言った。
「問題なのは、山間部を通ることと距離が遠いことだな」
俺は地図に引いた赤いラインを示した。
虹の郷に向かった時に見えた伊東西通行所を出て県道12号、県道112号、県道111号を通り、天城高原インターから伊豆スカイラインに乗り、東伊豆インターで降りて、山を下ると、そこでようやく東伊豆市に到達する。
「スカイライン?」
天宮が小首をかしげる。
「昔、有料だった道路だな」
伊豆スカイラインは伊豆を連なる山々の山頂付近を通っている。
「名前の通り景色もいいはずだ」
「なんで分かるの?」
「標高線を見てみろよ」
標高線はこの閉曲線で山の高さを示したものだ。
「閉曲線の最も内側が、一番標高が高いんだ。閉曲線が内側に近いところが伊豆スカイラインと重なっているだろ」
天宮は理解したのか、頷いていた。白浜も頷いている。
「山頂は民家がないから、これまでの傾向から考えると魔物が少ないと思う」
と天宮が推測する。
「そうだな、山頂付近の伊豆スカイラインは速度が出せそうだ」
「過信は禁物だけどね」
俺は紐と文房具屋で買った定規を使って、大体の距離を測っていった。それから普段、歩く速度から逆算していく。
「時間を歩く速度と距離から計算すると、朝の七時出発で十五時くらいに着く。バッファーは二時間半くらいだな」
「上りは速度が落ちるんじゃない?」
「頑張らないといけませんね」
「気を引き締めて行こう」
俺はまとめた。
夜、俺は酒場に向かっていた。
冒険者に人気の酒場の場所は事前に同じ寮の冒険者の先輩に訊いた。商店街奥に飛ぶと、青色と紫色のネオン灯で冒険者酒場と書かれている建物が見えた。店内はオレンジの光に包まれている。
大丈夫だろうかと心配になるが、何とかなるだろうと腹をくくってドアを開ける。
店内には喫茶店のマスターがいた。その向かいに受付女性だった森永さんが座っている。
「いらっしゃい!」
栗色に染めた髪に素敵な笑顔の店員らしき女性が声をかけてきたが、その目が警戒したように細められる。
「申し訳ないですが、身分証を見せてもらえます?」
「持っていないので、ノンアルコールをお願いします」
俺は正直に答えた。
「中沢くんね。こっちに来なよ」
森永さんが手招きをしていた。喫茶店のマスターの浅井さんが向かいに座っている。
「中沢修一です」
「団長の浅井だ。よろしく」
向かいに座っている浅井さんが口を開いた。
「メニューはどうする?」
「コーラーでお願いします」
「この人とは学生時代からの幼馴染なんだ」
「腐れ縁だな」
「もう、そんな言い方ないでしょう」
「彼女――仲間を助けてくれてありがとうな」
浅井さんにそう言われた。
「能力があったので当然のことをしただけです」
「それでも大したものだ」
浅井さんは微笑んだ。
「浅井さんは働きながら冒険者をしているんですか?」
「あぁ、休日を多めに作っている。もちろん、アルバイトにもね」
「いい職場だよね。上司が先輩なのがちょっと気を使うけど」
「それなら、お前も自営業をやったらどうだ」
「うわー、キャリア自慢だ」
森永さんは小声で耳打ちしてきた。
「やっぱり、冒険者一筋は難しいですか?」
俺が訊くと、なぜか二人は笑みをひっこめた。まずいことでも聞いてしまったか?
「うちにも冒険者だけをしている人もいたんだけどね。箱根にいたのよ」
その言葉で俺は察した。
「筋肉バカと魔法使いだ」
浅井さんが寂しそうに微笑んだ。俺は思わず、
「その人たちって大きくなる剣と様々能力石の杖を持っていませんでしたか?」
二人は目を丸めて、
「どうして知っているの?」
と青ざめた顔で森永さんが訊いてくる。
「実は――」
俺は二人の最後を伝えた。
森永さんは涙を流し、浅井さんは「そうか」と呟き、酒を飲んだ。
「教えてくれてありがとな。はっきりわかって良かった」
浅井さんのクラスを掴む手に力が籠っていたが、パッと手を放した。
「それで、君はどうしてここに来たんだ。まだ未成年だろ」
俺は正直、今訊くべきか悩んでいた。
「悩んでいるなら話してよ。先輩を頼るのも後輩の務めよ」
森永さんが涙を手を付けてないお手拭きで拭いながら言った。
「実は明日、東伊豆市に行くので、情報収集しに来たんです」
「東伊豆市か?」
近くに座っていた冒険者たちが驚いたような顔でこちらを見てきた。逆に浅井さんの表情は少し険しくなった。
「そうか、どの道も魔物が多いからな。能力石を拾っている暇はたぶんないぞ」
俺は持ってきた地図を開いた。
「県道12号線を通って、奥野ダムのある県道112号を通るルートで行くつもりです」
「そのルートだとこの奥のトンネルの明かりが切れているから迂回路を通る必要がある」
浅井さんは指でなぞっていった。俺はその後をペンで色を付けて行く。
「この迂回路は問題がある。一つはその奥の冷川トンネルに明かりが付いているかわからないこと、そして、奥野ダム付近が難関なことだ。あそこの鬼は物を投げることを学習している」
俺は驚いていた。
「魔物が学習するんですか?」
「あぁ、そういうことはよくある。鬼には気を付けた方がいい」
「ダメだったら引き返すのが大切よ。安全第一でね」
「はい、気を付けます」
俺は気を引き締めた。




