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Saver Quest  作者: 長尾
現役の死人
9/27

救世主

「あ、」


 女神は珠春の肩を掴んだまま頓狂な声をあげた。


「そうか⋯⋯なるほど、」


などとひとりで納得するような言葉をひとしきり呟くと、アテナに珠春を預けて部屋に案内に行かせた。


「どうしたんです?」


「うん、あのね『かぐや姫』ちゃんだから、渡そうと思っていた部屋とは違う部屋を贈ってあげようと思って、ちょっと調整をね」


 半分本当で半分嘘だなと、レグルスは思ったが、何も言わなかった。いま聞かなくてもいつかわかることだろうから⋯⋯。



「さて、本題に入りましょう」


 女神は改まって向き直った。先程とは違う緊張が在室する六人を満たす。


 これは、『あちら側の少年』だけでなく、我々のこれからも左右する。アルテミスは腕を組み直して少し前に出た。


「リゲル、ここがあなたたちにとってどんな世界なのか、もうわかっているでしょう。偶然に条件が重なった人々の死後の世界だと」


 少年は無言で首を縦に振った。


「けれどね、貴方は、私が呼んだの」


「えっ?」


 思わず素っ頓狂な声があがる。彼の眉間には一気に皺が寄った。


「貴方はここに必要とされている。救世主になるべき人間なの。

 ああ、もちろん自分で決断して違う生活を選んでもいいの。でもね、貴方は断れない」


 ここで女神は言葉を切って、アンドロメダに目線を遣った。


「そうね、もしも辞退して民間に下がるというのなら、困ったことになるでしょう。貴方に自覚はないようだけれど、軍の人間の一部は貴方を殺してしまうつもりでいるよ。それに、昨日の街でのことは犯罪だから、どちらにせよ牢屋の中だね」


 レグルスと女神に目配せしながら、アンドロメダは敢えて恐怖を与えるように、腰に帯びているレイピアの柄を触りながら言い放った。


「私は、フェリア軍の総司令なの。レグルスの上司だね。貴方が鈴の君の救世主になってくれると言うのなら、私は貴方を守りましょう。ね、姉上?」


「そうね、あなた次第だけれど、その道を選んでくれるなら、私もあなたの手助けをしてあげられるかもしれない。あなたと、レグルス次第ね」


 女王はまだ怒っているようで、彼をチラと睨んだ。レグルスは困り顔で微笑んで軽く頷く。


「もういいから、アストライア」


 女神も苦笑いで牽制に入り、言葉を続けた。


「リゲル、どうかな。難しいことは言わないよ。頼んだことをこなしてさえくれればいいの」


 啓はすっかり怯えてしまって、受けるしかないとは思っていた。


「でも⋯⋯なぜ俺なんです? レグルスさんの方が強いし、俺なんか全然即戦力じゃないし、効率的じゃないと思うんですけど⋯⋯」


「そりゃそうだよ、君はまだ弱い」


⋯⋯即答されてしまった。


「でもね、最初はレグルスも弱かった。わかる?」


「ふふ、民間人吹っ飛ばして言えたことじゃないですよ。⋯⋯失礼」


 アルテミスはつい笑いながら口を挟んだ。少年が俯いたまま眉間にグッと皺を寄せたのを見て慌てて口をつぐんだが。


 レグルスも笑いながら賛同して口を開いた。


「君でなければならない理由はちゃんとあるんですよ。君、現実主義者っぽいところがあるでしょう?」


「まあ、少しは自覚があります」


「これから我々が立ち向かわなければならないモノは、この世界自体の『歪み』と呼ばれているのですが、それを殲滅させるには、世界を疑うことが必要と言われています。しかし、この世界に住む人々にそんなことができる人間はいません。

 ときどき外界からの人間がやってくると少し歪みが減って、バランスを保てていたのですが、どうやらそれでは足りなくなってきたようなのです」



『歪み』には、鈴の君はずっと苦しめられている。話には聞いていたが、もうそれの暴走は数年前から始まっていることを、王女らは身をもって感じていた。少しずつ生じた間違いを修正するよりも、根本から設定を改変した方が早いに決まっている⋯⋯。


「だから、根本からこの世界を疑うことのできる少年が必要だったの。そして魔法の使い手になり得る、ね。そうなると限られてしまうでしょ、その中で見つけ出したのが貴方だった。

 納得していただける?」


「⋯⋯そう、ですね、それはわかりました。

 もうひとつわからないのは、何故命を狙われているんですか?」


 その質問にはアルテミスが答えた。


「根本から世界を変えられるのを恐れているからです。そもそも、予言通りに貴方が救世主に指名されなければ、この先に必ずある『歪み』との争いが起こらないだろうと、軍部の、特に中間部の中途半端に血の気の多い層は思っているのですよ。

 殺したり吹っ飛ばしたりしてしまえば事が片付くと思っているのですから、直情型の人間はなにをしでかすか油断できませんね」


 あとのひとことには少し力を入れて言ってみた。すると、予想を裏切らず眉間に深い皺が入る。アルテミスは、この同い年くらいの少年の表情の反応をすっかり気に入ってしまった。


「変化を恐れ、現状維持も気に入らない。そちらも同じようなものだったでしょう?

 もうひとつは、敵方の手に渡ってしまえば、改変以前に国の滅亡は免れません。そうなることを望んでいる連中からすれば貴方はちょうど良い傀儡でしょうからね。そうなってしまうならば殺してしまえ、と、こういうことです。

 わかりました?」



 啓は話を聞きながら、今更だが王女三姉妹の容姿が気になってしまった。女王と第二王女は、それぞれ薄い茶色の髪色にオレンジがかった瞳色なのに対し、第三王女だけが、黒髪に青い瞳だ。顔は似ているので明らかに血縁なのだが、異様な違和感を醸している。


 最後の可愛らしい声色での『わかりました?』はこれまで話していた内容に対してかなりズルいと思った。精神的に疲労困憊だ。



「俺にできると、思うのですか」


 啓は女神に向き直って聞いた。


「はい。確信があります。

 けれど、今のままでは無理かな。アルテミス?」


「そうですね、思いつきとセンスだけのでたらめ魔法では通用しませんからね」


 また、彼の眉間にダメージ痕が刻まれた。姉二人はもう気付いていて、首を横に振りながら笑いを噛み殺している。


「だから、国の直営の学習院(スクール)に入って、卒業試験をパスしてきなさい。実力と免許がなければ貴方はどこでも暮らせないでしょう。

 魔法省の長官として、私が入学準備はして差し上げます」


「じゃあ、安心ですね、リゲル君。長官の推薦となれば、早くて半年で卒業できますから」


 レグルスがまたにこやかに言うと、啓は女王からの厳しい目線が気になってしまう。


 彼は最初からこんな状況を狙っていたのだろうか? 自分を連れ出すことで、王女三姉妹と女神に一度に謁見し、少しでも良い方向に持っていかせられる状況を? 国としてもそうした方が良いからなにも言わずともそうなっていく⋯⋯。計算尽くの行動だったのか?



 ――実際は全くの想定外で、女神だけに謁見できたならレグルスとしてはそれでよかった。まさか姫三姉妹に、それも長女が怒った状態で対峙しようとは夢にも思わなかったのである。アンドロメダとアルテミスの申し出は想定外な上にラッキーだった。


 計算上のことだと思われているなら、まあそう思っていて頂こうかな、と心の中で口角をあげた。



「じゃあ今日はこれでお開きにしようね、レグルスはご飯が終わったら一度来て。

 リゲル、ゆっくり休んでね」


 女神のひとことで解散ということになった。


 気付けばもう夕食どきだ。女神が部屋から出ていくのを見て、アルテミスはなんだかどっと疲れた。あの少年の既視感はどこから来るのだろう。生白く弱々しげな見た目から想像できないくらいになにか強いものを内包してはいるようだ。表情の反応は可愛らしく、不器用そうでいて繊細でめんどくさそうでちょっと好みだった。


 どうせまた明日学習院の話をするので会うのだが、また会ったら今度はこう話そう、なんて考える程度には気に入っている。



「では、私たちは失礼します。おやすみなさい」


 レグルスが出ていこうと踵を返したとき、アストライアが彼のネクタイを掴んだ。


「なにか言い忘れてるわよ、レグルス?」


「え⋯⋯ああ、愛してます?」


 アンドロメダとアルテミスと啓は同時に息を呑んだ。


 アストライアは全く動じずに、むしろネクタイを引っ張り彼の顔を自分の顔に引き寄せると、笑いながら言った。彼女は怒っているとき笑顔であればあるほど深刻だ。


「レグルス、ごめんなさいは?」


 彼はさも意外そうに、そっちか、という顔をして


「ごめんなさい⋯⋯」


とは言ったが、平謝りだと即バレるような声色だ。


 しばらく無言の対峙が続いたが、アストライアが吹き出してしまって手を離した。



 そのとき、部屋の隅の方で物音がした。思わず全員身構えるが、啓だけは顔面蒼白で音の方を見つめている。


「猫の鳴き声がしますね⋯⋯」


 啓はもう泣きそうだった。寿命が縮みそうなくらい緊張したときは、好きなものを思い浮かべると良い、という親友の教えが習慣付いてしまい、先程も無意識に強く想像していた。制御装置も抑えきれないほどのイメージを。


 はたしてそれは猫であった。


「なんで⋯⋯?」


「すみません、俺です⋯⋯」


 みんな耐えきれずに吹き出して大笑いしてしまったのだが、啓だけが涙目だった。眉間の皺も相当深く刻まれた。


 結局その猫は当然ながら啓が引き取り、部屋の話題に触れられなかったせいでレグルスの部屋で啓が世話をすることになった。



 この日のことが『緊張すると猫を産む』とかいって、三姉妹によって長年の語り草になったことは言うまでもない。


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