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Saver Quest  作者: 長尾
現役の死人
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制御装置

 昔から変に正義感が強かったと思う。誰かを庇って傷つくのが美徳だとは思ってはいないのだが、感情にまかせて飛び出してしまうことは少なくなかった。


 今、自分はその状況にいる。そして、傷つくだけではなく、反撃の手段を持っている。


『街に出たら、魔法を使ってはいけませんよ』


 彼の言葉が耳の奥で響いた。


 わかっている。けど、もう遅い。


 衝動的に発動された風は、人垣を薙ぎ払うように吹き荒れた。立っていられないほどの激しい風は強い怒気をはらみ、それらは容赦なく民衆を貫いていく。


 風というのは強いだけで恐怖を与えることができてしまうものだ。人々は恐怖に泣き叫び、息を吸うこともままならず、声も出せぬまま倒れこむ。軽い窒息に意識を失っていく人間たちの真ん中でリゲルは完全に我を忘れていた。


 そのとき、突然風が凪いだ。


「言いつけも守れないようでは、先が思いやられますねぇ⋯⋯」


 レグルスは手袋を嵌めなおし、自分の手でたったいま吹き飛ばした少年の体を見遣った。どこにも欠損や骨折は見あたらない。


 表情筋が固く、冷静に見えた彼は存外直情的らしい。こういった集団虐待を実際に目の当たりにすればそうなるのだろうか。⋯⋯残念ながら、レグルスにはその答えがわからないほどに見慣れた風景である。


 それよりも、事態の収拾が先決だ。彼の心情の変化を察知した瞬間に人垣を囲うように結界を張っておいたので外は心配ないが、市民の中に死亡者がいては困る。軍に悟られるのも厄介なので、外側からは結界の存在に気付かないように加工してあり、助けなどはまず来ない。


 あまり治癒魔法は得意ではないが、できないことはない。さっそく自分の隣に転がっている男の様子を見ようとしゃがみ込んだ瞬間、リゲルの魔法の匂いを感じた。


 先程の風の残り香だと思った。


 呪いなどの、効果があとに現れる魔法は残り香が強い。


 しかしそんな気配も感じられない、まさか⋯⋯


「いったいどういうつもりです⋯⋯」


 振り返ると少し離れたところにリゲルが立っていた。拳を固く握りしめ、その指の間から血が滴っている。それほどに集中し、力を溜め込んでいるのだ、さっきよりも強い魔法が発動されるのは火を見るより明らかだった。きっとこの結界など粉々に砕け散るだろう。


 その前にどうにかしなくては⋯⋯。体を吹き飛ばすのでは足りない、ならば⋯⋯意識を抜くか、腕でも折ってしまおうか。


 レグルスも手を彼の方へ突き出し、対抗の姿勢で構えた。


「そこまで君が直情的とは思いませんでした。少々おイタが過ぎるようですね。いい加減になさい」


 突然、目を突き刺すような鋭い光が視界を奪い、リゲルが横に吹っ飛んで気を失った。



「危なっかしいな、相変わらず」


 聞き覚えのある声に目を開けると、軍服に身を包んだ男が立っている。その声にかなりホッとしたのは言うまでもない。


「エルゲ、結界は外から見える仕様でしたか?」


「いや、今日はフェッカが一緒だった。こんな荒業、頼まれたって二度としねぇ」


「即興で制御装置を作って投げ飛ばせるのは、世界中にひとりだけでしょうね」


 結界のなかに同じく軍服の少女が入ってきた。彼女は中をぐるりと見渡すと、口を開いた。


「死亡者なし、怪我人もすぐ治せる程度。やる?」


「はい、お願いしますよ、フェッカ。エルゲは先程の彼とそこの御印の少女を、君の工房まで連れ出してください」


 エルゲと呼ばれた男は、頷いて二人を軽々と抱えると、結界を出た。


「長官、あれが、トップシークレット?」


「そうです。女神さまに会うまでは本人にも内緒です」


「そう。あと、その歩く極秘案件に怪我させようとしちゃダメ」


「見えてたんですね⋯⋯」


「とりあえず、なんでも視える」


 フェッカと呼ばれた少女は、無感情に無愛想にぶつぶつと喋ると、手早く治癒魔法で結界の中を満たした。


 その中でレグルスが指をパチンと鳴らすと、シャボン玉が弾けるように結界が弾け、街の中は何事もなかったように賑やかな声を響かせていた。



「ご説明いただこうか、長官殿」


 エルゲの工房は説教部屋と化していた。


 レグルスと啓がソファーに並んで座り、机を挟んでエルゲが座っている。


 エルゲは、レグルスの説明によると、啓と同じくあちら側の人間で、もうずっと長い間レグルスの同僚なのだという。レグルスはこの国の軍隊の魔導部の長官で、エルゲはその中の特殊部隊の隊長という肩書を持っていた。ここでやっと彼が長官と呼ばれる理由がわかったので啓は少しすっきりした。


 その職務の片手間に、魔法製の特殊器具の工房もやっていて、本来は普通にここに来るつもりだったようだ。


「そこの坊やがトップシークレットの存在だってのはわかる。城下に出た方が安全だっていうお前の判断も間違っちゃいない。

 けどなぁ、順番が違うだろ。制御装置なしの俺達がこの世界にとってどれだけの危険因子だかわかってるんじゃないのか。鎖なしで猛獣連れ回してんのと変わんねぇんだ。危うく坊やは犯罪者だぞ、わかってるのか?」


 エルゲは切れ長の細い目でレグルスを睨みつけながら一気にまくしたてている。さすがに我を忘れていたとはいえ、啓はかなり責任を感じた。


「⋯⋯大丈夫だと思って油断してしまったのは僕の責任です。申し訳ありません。明日お嬢に会って軍部に漏れていないか確認します。女神さまと女王陛下の目は誤魔化せないにしろ、時間稼ぎにはなりましょう」


「当分はお前が保護者なんだから細心の注意を払ってくれ。

 おい、坊や、耳についてるの外して寄越しな。調整しなきゃなんの意味もねぇ」


 しかしこの人はいくつなんだろう。随分若いのに啓を坊やと呼ぶ。疑問を抱きつつ左耳に引っかかっていた金具を外して渡した。


「これは魔力の制御装置だ。あちら側の人間と御印連中が使う。効果はその名の通りだ。俺達がコレなしで過ごすとき、少しでも感情が高ぶると、人を殺しかねない。⋯⋯もうわかってるだろうけどな。

 耳飾りに加工するから、いつでも必ず身につけていろよ、わかったな。もうあんな荒業はやらないからな」


「あのときのことは感謝しますよ」


 レグルスがにこやかに言うとエルゲは眉間に深くシワを刻み本当に怒っているような顔をして見せた。


「あのなあ、あれはお前が坊やを本当に殺しそうな顔してたからやっただけだからな。お前もぶっ殺すことばっか考えてねえでいろいろ知恵を使え、馬鹿者」


「僕にこの子は殺せませんよ」


 掛け合いをしているレグルスは本当に楽しそうにしている。


 啓はそのときを覚えていないが、エルゲがいなかったら死んでいたかもしれないと思うと、急に鳥肌が立った。


 血が滲んだ手のひらの包帯を見て、あの少女が無事なのか気になり始めた。



「ああ、そうだ。さっき、お嬢ちゃんの保護者だっていってたオッサンがきて、『アレは商品だから金払え』って言いにきたぜ」


「おおかた酷い扱いをされつづけて我慢ならずに魔法が発動してしまったのでしょう。御印関連の事件ではいちばん多いケースですからね」


 少女のぼろぼろの格好を思い出して、胸が痛んだ。


「砂漠からのキャラバン隊の中の、旅楽士らしいぜ。『指定捜索御印リストのひとりであることが判明したので、彼女は国が身柄を引き取りますよ』って俺がでまかせ喋ったら尻尾巻いて帰ったから、そうなんだろうな。国家の人間になっちまえば裁判だって起こせるからな、あんなのはかけちまえばいいんだ、裁判によ。こう、裁判員を御印擁護派でかためて⋯⋯」


「そんなことができてしまう国ならとうに腐りきって破綻していますよ」


 口ぶりから察するに、エルゲも御印の人々を弾圧する連中を嫌っているようだ。自分達も異世界出身だから、なのだろうか。


「そうだこれ、あのお嬢ちゃんの笛だろう。この辺りじゃ見ないが竹でできてるな。フェリア製ではねえな」


 エルゲが金具の加工をしつつ懐から出してきたのは紛れもなく彼女の笛だった。彼女の手の甲にあった桜が刻まれた篠笛である。


「そういえば、さっきの君の発言、あながちでまかせでもないかもしれませんね。彼女の名ですが、少し心当たりがあります。君もでしょう、エルゲ?」


 エルゲは少しにやついただけだが、なにかわかっているような顔をしてみせた。


「その姫だけど、いま起きた」


 工房の奥からフェッカが出てきた。彼女は軍部の救護班班長で、レグルス達同様、上層部として名を連ねている。名前といえば、フェッカは通称で本当はアルフェッカというのだという。


 彼女に次いで、件の少女が出てきた。傷だらけだった顔が綺麗になっていて、服も新しく召し替えられ、印象がまるで違って感じた。


「フェッカ、ご苦労さまです」


「もやし、もっと詰めて、彼女が座れない」


 アルフェッカはなぜか啓をもやしと呼ぶ。傷の手当もしてくれたのだが、自業自得だと言わんばかりに、手のひらは包帯を巻くだけだった。


 ちょっとした不条理を感じつつ、少し詰めて座った。


「お嬢さん、お名前は?」


 少女は隣に座ると、俯き気味にか細い声で答えた。


「俺は珠春(すばる)です。それと、お嬢さんじゃないです」


 啓はびっくりして固まった。小さい声だったが、突き刺さった。お嬢さんじゃなかったら、なんだっていうんだ⋯⋯?


 エルゲとレグルスは目を合わせて少し笑うと、また質問した。


印名(しるしな)は?」



「⋯⋯弱竹のかぐや」


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