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Saver Quest  作者: 長尾
現役の死人
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髪長さん

「うっ⋯⋯」


「たかが二、三メートルで大袈裟ですねえ」


 啓は穴から落ちて地下道のタイルに腰から背中を打ちつけたようで、うずくまって衝撃に耐えていた。


 レグルスは指を鳴らしてトンネル内を照らす光の球体を浮かばせると、啓を気遣ってか、ゆっくり歩きだした。照らされた地下道はクリーム色のタイルに多少の装飾が施された質素な明るいトンネルである。


「もっと楽に入れる入口にできなかったんですか?」


「何を言ってるんですか、あのくらい頑張ればしっかり着地できるでしょうが。それに、これはお忍び用ですよ。わかりやすく作れるわけないでしょう」


「あ、確かに⋯⋯」


 啓は着地の衝撃がまだ響いているらしく、頻繁に腰をさすりながらレグルスの後ろを歩いている。


 安全な場所でゆっくり説明をしようとは思ったが、思っていた以上に魔法は使えるし、あそこで使った魔法の匂いで勘付いた連中もいるだろう。まだ知られてはいけない。適当に言いくるめて連れ出したが、本当に服はどうにかしなければ⋯⋯。それと同時にそちら側から足場を固めてしまえばあるいは⋯⋯。


 足音と衣擦れの音だけを響かせ二人は歩いていた。レグルスは心配事を案じていたが、出口が見え始めたのに気づき口を開いた。


「リゲル君、街に出たら魔法を使ってはいけませんよ」


「え? ⋯⋯はい」


「フェリアでの魔法の使用には免許が必要です。無免許魔導士の取り締まりは最近厳しくなっているので、見つかり次第刑務所で十年以上の禁固刑です。たとえ私と一緒に居て、私が使用したと主張しても、上等魔導士にはその人の魔法の匂いの識別が出来ますからね。君は牢屋行き、僕は謹慎処分といったところでしょうか」


 ぞっとして、思わず首に触った。別に死刑になるわけでもないだろうが、なんとなく触っていた。


「魔法に匂いがあるんですか?」


「服の匂いみたいなもので、正確にはその人の想像や性格の匂い、というべきか⋯⋯。まあ、面白い事象ではありますね」


「へえー、⋯⋯あ、さっきのは大丈夫なんですか?」


 レグルスは頭の中を読まれたような感覚に焦ったが、なんでもないように取り繕った。


「ああ、あそこは私用空間ですから、大丈夫でしょう。さあ、出口ですよ」


 目の前に現れたレンガの壁を軽く数回叩くと、音もなく壁が消え去った。同時に賑やかな人々の声や、食べ物などの街の匂いを感じた。


「ようこそ、フェリアへ」


 レグルスが冗談っぽく笑って手を引いた。



 街の中心部の市場の近くに出たらしく、食べ物や雑貨を売る人々の声や、楽しげに騒ぐ子供たちの声で辺りは満たされていた。大通りに出ると目の前に大きな白い建物が、レンガの塀に囲まれてそびえていた。あれがきっとさっきまでいたお城なのだろう。


 石畳の通りやカラフルな家々が建ち並ぶ整った街並みは、いつか写真で見たヨーロッパの旧市街のようだ。通りは、紺色の布地に白い鳥が染め抜かれ、金刺繍が施された旗で飾られていた。


 街行く人々の服装も昔のヨーロッパの庶民服に似ていて、華やかに見えた。


「うわあ⋯⋯」


 別世界というより、外国の旧市街の時代祭のような、そんな感じに思えた。衛生管理も整っていて、思っていたより悪くない。


「お腹が空いているでしょうが、行くところがあるので少し急ぎます。すぐつきますからね」


 お店にはさまざまな看板がかかっていて、いろんなものに興味が惹かれる。なかには変な看板もかかっていて、なんの店なのか気になるものもあったが、魔法を使ってはいけないことを思い出して、想像に集中するのをやめるように気を付けた。



「ここです」


 路地に入ってしばらく歩いたところにそれはあった。黒地の板に文字が切り抜かれていて、髪を梳かす女の人のモチーフが看板の上に載っている。


「Tailor⋯⋯仕立屋?」


 Tailor bellus pilus と飾り文字で抜かれ、Now taking orders.と書かれた板がかかっている。


「ラテン語で、美しい髪。安直なネーミングです」


 言語調節はどうやら読み書きには反映されないらしい。共通語はラテン語でも、英語は使えるようだ。


「ごめんくださーい。お仕事持ってきましたよー」


 オレンジ色のドアを開けると、大きくベルが鳴った。


 店の中は薄暗く、カウンターに置かれたガラス製のランプシェードは埃を薄く被っていた。色鮮やかなドレスやベストがトルソーに着せられていくつか並んでいる。ペダル式ミシンや木製の糸巻きなどが放置され、仕事をしている途中だったような状態の机が奥に見えるが、店主がいない。


「出かけるなんてことはしないだろうけど⋯⋯。ごめんくださーい」


 レグルスの二度目の呼び掛けに反応して奥から足音が聞こえた。


「これはこれは、長官どの。珍しいですね」


 出てきたのは背丈の小さな男の人だった。一二〇センチくらいだ。若いが顔つきや声からして子供ではないのだろう。


「プライベートですのでそんな呼び方はやめてくださいよ。彼女はご不在ですか?」


「いえ、ちょうど糸紡ぎの時間でしたから、髪を整えたら降りてきますよ。また白衣ですか?」


 確かに彼の白衣は汚れているが、また、ということは、頻繁に買いつけているのだろうか。


「まあそろそろかなぁとは思いますが、後で大丈夫です。今日は隣の少年に服を何着かお願いします。すぐできるでしょうか?」


 男は折り畳み椅子をどこからか出してきて座るように促した。


「なるほど⋯⋯、アレが来たら採寸を始めましょう。大急ぎで明日の夕方にはひとつ揃います。お茶を淹れますからお待ちください」


 啓はなんだか制服を買ったときのことを思い出した。採寸に行った先のおばさんがひとりで喋っていてひどく不愉快だった。



「あら、いらっしゃい。お久しぶりね」


 奥から短い髪の金髪の女の人が出てきた。彼女が店主のようだ。少し気が強そうに見える。


「やあ、どうも。お菓子は忘れましたけど、お仕事持ってきましたよ」


 彼女は聞こえるように舌打ちをして、萎縮するレグルスをチラッと見た。


「じゃあ後払いね。いちごのあの美味しいやつで許してあげる」


「いちご大福ですか?」


「ああ、それだわ」


「⋯⋯イチゴダイフク⋯⋯?」


 ここで聞くはずもない言葉を聞いて耳を疑った。いちご大福がなんでここで出てくるんだ?


「あら? あちら側の子?」


「そうです、彼の服をお願いしたいのです。彼はリゲル君。一昨日来たばかりの少年です」


「じゃあ、この子が⋯⋯」


「それはまだ口に出さないでください。女神様から知らせないと意味がないので。⋯⋯それで、君もいちご大福食べたいんですか?」


「いえ別に⋯⋯長年馴染んできた和菓子の名前を聞いて驚いただけで⋯⋯」


 さっきの男の人が紅茶を持って出てきた。


「長官どのが連れてくるお客様はお疲れなことが多いので、手短にしてあげてくださいよ。はい、リゲル君にはこのお茶を」


 彼は細い目をさらに細めてお茶を渡した。


「でも自己紹介は必要だわ。私は髪長、今は短いけど、どんなに切っても一日で五メートル伸びるの。私は御印(おしるし)のひとりだからね。あぁー⋯⋯御印ってなんだか説明された?」


 啓は無言で首を横に振った。髪が一日で五メートル伸びることが信じられない、全然それどころではない。


 すると、男が口を開いた。


「この世界は、一般の人々と、僕たち御印と呼ばれる種族と、あなた方あちら側からの人々で大きく種族がわかれています。僕たちは、特殊な能力者です。訓練もなく魔導士連中より高度な魔法が使えて、魔法に頼らないでできることをひとつずつ持っています。その能力からおとぎ話になぞらえて名前をつけられるのです。


 僕たちの最大の特徴は体のどこかに花模様の痣ができることです。僕は額に、彼女は首の後ろに。そのことから御印などと呼ばれ、侮蔑されたり愛されたり。


 僕も彼女も地味な能力だったから、仕立屋として愛されてますけどね」


「彼はスピナー。金を紡ぐ人、といえばわかるでしょうか。髪長さんの髪を糸にして布や糸を作っています」


 ルンペルシュティルツキン、と小声で小さい人が補足した。それは本で読んだような気がする。彼は激情の末に自分で自分を引き裂いてしまった。


 しかし、目の前の男は穏やかで、そんな悪魔とは全く違う。大体は理解できたが、どの世界でも侮蔑される対象があることは、当たり前なのだろうが少しショックだった。


「⋯⋯その名前は悪魔の名前ですから、あまり使わないように、と言われてましたよね、スピナー?」


「僕もその名で呼ばれるのは好みませんよ。けれど、あちら側の人にはこのほうがすぐわかってもらえるし、与えられたのは実際この名ですから」


「そんなこと言ったら、わたしまでチシャ菜(ラプンツェル)って自己紹介しなきゃいけなくなっちまうわよ、スピナー。それが嫌だからわかってもわかんなくても通り名で通すのよ、まったくもう⋯⋯」


 たしかに考えてみれば呼び名としては雑すぎるネーミングだ。シンデレラも同じ理由で怒りだしそうだな。灰かぶりなんて、不名誉極まりない。最期に読んだ本がグリム童話の本であることに感謝するとは思ってもみなかった。


「御印っていうのは、突然変異なんです。あちら側でいえば、なんでしょうね、アルビノみたいな感じでしょうかね。発現する能力にもよりますが、犯罪に巻き込まれたり、人身売買をされたり、⋯⋯やはりこう、どこの世界でも自分と違うものを受け入れられないっていう現象は起きてしまうのですよ。あまりよくないとわかりながら、当てつけまがいの不名誉な名前を名乗らせられるのも⋯⋯」


 淡々と、しかし話しにくそうにレグルスが説明をしてくれた。


「いいのですよ、まずは知っていただかないと、魔導士のなかにも、僕たちを排除しようとする人は腐るほどいますからね。長官殿はわかってくださっている。それで十分ですよ。ガキの頃に殺されなかっただけ僕らもマシです」


「親には互いに早々に捨てられちまったけどね」


 髪長は口の端を歪めてみせた。彼らの口ぶりから察するに、彼らも魔導士をあまり快く思ってはいないようだ。道徳の授業で、紙越しに見ていた世界が目の前に横たわっている感覚がした。なんの実感もないまま、こういう言葉が相応しいんだろうな、という気持ちで書いた、『差別はよくない』という言葉を改めて深く考えた。


「マズいですね、ここでこんなに深い話をする予定は全くなかったんですが」


「ほんと、アンタもわりに真面目だったのね、って感じよ」


 彼女は意地悪そうに目を細めた。


「まぁ、ここ最近は面白おかしく生きてるから、痣が邪魔だとはあまり思わないわ。あんまり深く考えなくてもいいわよ、リゲル。


 さあ、さっさと採寸しちまいましょ」


 髪長さんが片目をつぶってみせたので、強張っていた肩の緊張を解いた。ちょっと笑顔を浮かべてみたつもりだけれど、俺は笑うのが下手だから、変な顔をしてみせただけになったかもしれない。


 やっと冷めたお茶を少し啜るとオレンジのような蜂蜜のような甘く美味しい味がした。この世界にきてから、やっとまともなものを口にできた。眼鏡が曇って、やっぱり生きているような気持になった。


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