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Saver Quest  作者: 長尾
おとなしの森
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『あんたの魔導士試験はこれからじゃ』


 長老の声はまるでリゲルを嘲笑うようだった。それはここまでの苦労をなかったことにされるようで癪に障った。


『試験は簡単じゃ。これから出てくる扉を開けばよい』


「扉を開くだけ?」


『そうじゃ、いま、簡単そうに言ってのけたが、そんなに簡単なもんかのう……』


 長老はカラカラと笑って、それきり黙ってしまった。


「……長老? ……自力で扉を探せってか。つーか簡単って言ったのはそっちだろうがよ」


 声がしないのをいいことに、リゲルは毒づいた。とりあえず扉を探して歩き回った。ぼんやりとした暗闇で、遠近感がわからない。どこまでも続く狭い暗闇を、手探りで進む気持ちがした。


「ミスト~、ミストいるか?」


 どこにいるのかもわからないミストの名前も呼んでみる。残念ながら返事はなかった。リゲルは頭を掻いた。こういうとき、下手に動くのはよくないような気がする。いま、長老は“これから出てくる”と言った。出てくる、ということはあちらが自発的に動くということだから、受け手であるリゲルは歩き回らないほうがいい、ということだ。


「こういうことは先に気付くべきなんだよなぁ、俺って絶対謎解き脱出ゲーム向いてねえな」


 リゲルは他のメンバーには絶対わからない“あちら側”の概念を引き合いにだして独り言ちた。これから先謎解き脱出ゲームに参加する予定もないし、そもそもリゲルはそういった“ゲーム”が大嫌いであった。映画もほとんど見たことはないが、デスゲームものは一ミリも見たいと思ったことがない。そういうのが好きな連中から見れば、いまリゲルたちが置かれている状況は、わくわくするゲームの世界なのだろう。反吐が出る。


 勘だけで元の場所と信ずるところに戻った。確証はない。


「扉……どっから出てくるんだ……」


 まさか、このフェリアという世界に来て間もない頃、レグルスの部屋で見たマンホールタイプの扉ではなかろうか、と一瞬不安になって床も調べた。なにもなかった。


 そのとき、篝火がある場所に違和感を感じたリゲルはなんとなく篝火の周りに手を伸ばしてみた。すると、手がなにか壁状のものに触れた。


「なん……これ、鏡?」


 酷く錆びた鏡のようなものだった。目の前に立ってもリゲルの姿はハッキリ映らない。おまけに、霧状の暗闇が濃く漂っていて、光を反射しないのでなにも見えない。よく目をこらすと、鏡の向こう側に扉のようなものが見える。


「あれを開けるのか……」


 リゲルの頭に思い浮かんだ案は二つ。

 ひとつ、この鏡に映っている扉はいま立っているところに存在していて、なにかの可視化する魔法を使えば扉に触ることができる。

 ふたつ、鏡の中の扉は鏡の中にしか存在せず、なにか鏡に介入する魔法を使うことで扉に触ることができる。

 この二つである。


 まず一つ目からつぶしていくことにした。鏡に映った扉の正確な位置を知るために、鏡に当たる光をまず増やそうと考えた。


「初歩魔法からテストされるってわけか」


 リゲルは指をパチンと鳴らして光の球体を浮かべた。


『わたしに強い光をあててはならない』


「うおっ、びっくりした」


 鏡は静かな女性とも男性ともつかない声で喋った。慌ててリゲルは光をひっこめた。


『女神のいとし子、この扉を開けてなんとする』


「わ、えーと、開けると多分、魔導士試験に合格できるんです。開けずには帰れません」


『ではその試験を通過してなんとする』


 鏡はひたすら追求してくるつもりらしかった。なんだかディベートでもするような気持ちになったが仕方ない。


「……女神様に頼まれているのです、この世界を救ってほしいと」


『この世界を。ふむ、そなたは納得しているのか』


「え、っと……」


 なにかこの鏡を納得させないと扉を開けずに終わってしまう――。


『そなたは故郷でもなんでもないこの世界に命をかけてなんとする』


「それでも、俺は女神様に呼ばれてここに来ました。期待されているなら、応えなくてはいけません」


『それがそなたの欠点だ。期待に応えることだけが人生ではない』


「欠点……」


 ああそうだ。俺はいつも、期待に応えようとして、父親の顔色ばかりをみて生きてきた。本当にやりたいことがなんだったのかを知らないまま……。


『本当はどうしたいのだ』


「……争いのない日常を送りたいです」


 なんだか流れ星を見つけて「家内安全無病息災」と願う人間のようになってしまったが、それが心の底からの願いなのかもしれなかった。もう命の危険は、誰かが死ぬのは、こりごりだ。


『これからこの扉を開けて得るものは、争いのない世界のための争いだが、よいのか』


「それは覚悟しています」


『よい。ではそなたにそなただけにしか扱えない魔法を授けよう、わたしに触れてごらん』


 鏡はどうやら納得してくれたらしかった。リゲルは鏡にそっと触れた。その指先は水に指を入れるように鏡に吸い込まれていった。


『そのまま扉に触れ、開けてごらん』


 リゲルはいわれたとおりにした。扉のノブに手をかけ、ひねった。


「うおおっ?!」


 開けた瞬間、リゲルの中を一陣の風が吹き抜けた。


 “糸杉の風”と聴こえた気がした。頭の中に駆け巡った映像によれば、対象を死に至らしめる死神の吐息のような魔法らしかった。なんというか難しいのだが、それがリゲルの身体に「インストール」されたのを感じたのだ。


 気付けば扉も鏡も消え失せていて、篝火の前に呆然と立ちすくむリゲルが神殿の中にいるのみだった。


 これが、リゲルの必殺技? 文字通りの必殺で笑ってしまうのだが、なるべく使いたくはないなと思った。普通の風を使って人を傷つけたときでさえ罪悪感に潰れてしまいそうだったのに、必殺の風など使ってしまったら、罪悪感はいかほどだろうか。サウンを手にかけたミストがあんなに沈んでいたのに、自分に耐えられるだろうか。


 ポロっとなにかが落ちたのに気づいて拾いあげると、制服のケープについていた有翼の五芒星のバッヂだった。真ん中にパキッと亀裂が入って、誰がどう見ても壊れている。


「どうしたんだこれ?」


『扉は開いたらしいの、若人よ』


「長老」


 また篝火から長老の声がした。


『この試験を通過するということは、学生には戻れない。そのけじめとして“扉”は学生の証であるバッヂを破壊するのじゃ。それでよいのだ、リゲル』


 初めて名前を呼ばれ、少し驚いた。


『リゲルという名は、星の名前じゃ。すなわち魔導士としての名でもある。いまわしが改めてお主の名を呼んだのは、正式にこの名がお主のものになった証じゃ。大事にいたせ』


 いままではリゲル(仮)だったということらしい。レグルスからこの名を与えられたとき、そんなことはひとことも説明されなかった。少々不服である。


「一緒に来たやつはどうなりましたか?」


 恐る恐るミストのことを聞いてみた。


『とっくに扉を開けて神殿の外に居るわ。仲間もほとんど合格しておる』


「よかったぁ……」


 全身からドッと力が抜けた。自分のことより正直ミストやアルラのことばかりが心配でならなかったのだ。特にアルラは最年長で、スクール歴も長いそうなので、とても心配していた。


『言っておくが、お主への鏡の態度は近年稀に見る強情ぶりだったぞ。仲間とも鏡の話はせん方がよい。不平等な気がして、わしならもやもやするわい』


 長老はまたカラカラ笑った。


「へえ、そんなに……」


 確かに頑なだなとは思ったが、みんなはそんなに早く扉を開けられたのか、いいなあ。


『む……雲行きが怪しゅうなってきたの。リゲル、そなたは女神の救世主であるという自覚はあるのだな?』


 長老がなにやら口の中でもごもごと呟いてから、リゲルに尋ねた。


「はい、鏡の方にも言いましたが、俺は平和な日々のためならなんでもできると思います」


『……たとえそれが世界を滅ぼすことになってもな。お主はそういう宿命を背負わされておる』


 リゲルは黙るしかなかった。

 

『いま、さっそく“歪み”からご挨拶がきたようじゃ。これを迎え撃つこと、すなわちそなたの血塗られた日々の幕開けじゃが……覚悟はいいな?』


「……はい」


 “歪み”はリゲルの存在をどこからか嗅ぎつけてきたらしい。逆にいままでなにもなかったのが不思議なくらいだと、いまになってはそう思う。


『では急げ。ここを出て仲間を守りきれ。それがそなたの、魔導士リゲルとしての初任務じゃ。さあ行くがよい』


 長老の声に背中を押され、リゲルは踵を返して神殿の出口へと向かった。

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