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Saver Quest  作者: 長尾
おとなしの森
26/27

波動

 サウンを埋葬すると、一行は言葉もなく西へ歩き出した。先程までの暴れぶりが嘘のように安らかな顔で眠るサウンに、ミストは咽び泣いた。放っておけばいつまでも彼の亡骸の側に座り込んでいそうなミストを無理に立たせるのは心が痛むものだった。


 周囲は暗く、いまがどのくらいの時間なのかもわからない。頭上に重なる葉陰に太陽がまるで遮られている。太陽の位置で時間を計るのは無理というものだった。時計を持っていないわけでもないが、そんなことより先を急がねばという気持ちが勝っていた。それに、リゲルが持っている時計は、“あちら側”の時計だ。頼りにはならない。


 踏みしめる地面の柔らかさが、ここは人間が立ち入る土地ではないことを物語っている。降り積もった落ち葉が踏み固められることなく静かに朽ちている。ここはきっと動物たちですら忌避しているのに違いはなかった。


 神殿に近付くにつれ、気付いたことがある。背筋に悪寒が走る頻度が明らかに増えている。リゲルの記憶の中では、現世での最後の記憶である通り魔に遭遇したときの感覚に似ていると思う。心臓がぞわぞわして、なにかびくびくしてしまう。音が聞こえないのも、その恐怖を増幅していた。


 いちばん後ろを歩いていたリゲルと珠春は、メイが突然崩れるように座り込んだのを見た。


『全員止まってくれ! メイが動けないみたいだ』


 珠春がメイに駆け寄った。


『大丈夫か? メイ』


『……怖い……怖いの……』


 メイは泣いていた。この恐怖はみんなが感じていたみたいだ。恐怖を感じる瞬間には波がある。言うなれば恐怖の波動、というところだろうか。それが断続的に神殿の方から放たれている。


『どうする? 兄上』


『アルラ、どう思う?』


 リゲルはアルラに頼ってみることにした。


『ここにいる全員がこれを感じているとなると、これを耐えられたものが試験に合格するんだろう……。けれど、メイを置いていくわけにはいかないな、だって、俺たちは仲間だろう?』


『置いていかれるほうが怖いよね、メイ』


 ピルクの声にメイは何度も頷いた。


『どうかな、珠春がメイの手を繋いでやるのは』


『おれが?』


 珠春がちょっとびっくりしたように聞き返した。


『この中なら珠春が適任だろう、なあリゲル』


『たしかに珠春が無難ではあるな』


『待ってくれ兄上、みんなこの恐怖を感じているなら、やせ我慢せずに全員で手を繋いだらいいじゃないか』


 憮然とした態度で言い返す珠春を見て全員が、恥ずかしいんだな、と感じたが黙っておいた。


 六人で手を繋いで歩いていたら木にぶつかるじゃないか、と思ったが、二人一組になればいいことに気付き、リゲルとミスト、アルラとピルク、メイと珠春が手を繋いで歩くことになった。確かに若干の気恥ずかしさはあるものの、繋いだ手のひらから伝わる相方の体温は、冷たい恐怖に打ち克つための道具として有用だった。ミストは少しだけ震えていた。リゲルはきゅっと彼の手を握ってやり、安心させようとした。ミストはリゲルの顔を見て無理に微笑んだ。


 全員が恐怖を感じ、全員の足取りが確実に重くなっている。それを感じながらも引き返さないのは、ここで残ったメンバーが誰か合格しなければ、サウンの死が無駄になるという認識が全員にあるからだ。ここで収穫なしでは引き返せない。これからどんな悲惨なことが起きようと、誰か一人でも合格すれば、こちらの勝ちだ。絶対に勝たなければならない勝負だった。



 突如、目の前が開けた。


 こじんまりとした田舎の教会のようなものがぽつんと建っている。……これが、神殿。想像していたような壮大なものではなかったが、中に入れば、また印象が変わるのかもしれない。


 恐々と開けた空間を見回す。特になにかの悪意に満ちているわけでもないし、ここまで来ると恐怖の波動も感じない。相変わらず音はないが、それも相まって静かな空間と言える。


 リゲルはミストの手を握る手に力を込めた。ミストも握り返す。わかっている、といった具合に。


 とうとう神殿に辿り着いたが、ここで全滅したら元も子もない。とりあえず全員輪になって顔を見合わせた。


『二人ずつ行こう。ここでなにかあっても誰かしらは生き残るべきだ』


『まず俺たちから行かせてほしい』


 アルラの提案にミストが名乗り出た。


『俺はこの中でも魔力が高いほうだし、隣にはリゲルがいる。万が一なにかあっても十分対応できると思う。俺たちが無事に戻ってきてから、次はアルラ組、最後にメイ組だ』


 ミストのこういうときのリーダーシップは、実際に戦地に出ても重宝されるだろう。有無を言わせない説得力がある。普段の雰囲気は勇矢に似ているのに、ギャップがすごいよな、とリゲルは思う。全員が頷いたのを見回して、行こう、とミストの手を引いた。


 ミストの手は、震えていた。さっきよりもガクガクと大きく震えている。


“今生の別れにしないでくれ……”


とリゲルの袖を引いた珠春のことを思わずにはいられなかった。


『ミスト、』


 リゲルは相方の名前をさりげなく呼んだ。


『はは、なんでもない、大丈夫だ』


 ミストはいつものように笑ってごまかそうとした。荒く言葉を重ねる。


『死なせない』


『大丈夫だって』


 なおも強がるミストを見て、リゲルはプツンと切れた。


『俺はお前を死なせないから! だから、いまはガタガタ震えててくれ!!』


 ぎゅうう、とミストの手を握る。


『いてててて……、なんだよその言い方、俺が臆病者みたいじゃん。まったく、リゲルはすぐキレちゃうんだから』


 ミストは明るく笑った。リゲルもホッとして笑った。自分でも“いまはガタガタ震えててくれ”ってなんだ? と少し恥ずかしくもなったが、言葉を取り消せるわけでもないので、あえて取り繕わなかった。



 神殿の中は薄暗く、なにも見えなかった。ただ、入ってすぐの目の前に、篝火があった。パチパチと火がはぜる音も聞こえた。音が、聞こえたのだ。


「ミスト!」


 バッと隣を見て絶句した。そこにはミストはおらず、ぼんやりとした暗闇と、その篝火と、リゲル自身がいるのみだったのだ。


「……さっきまで手を繋いでいたのに?」


『よく来たの、王都からの若人よ』


 篝火から老人の声がした。


『おや、あんたは“あちら側”じゃな。……さて、アレもそろそろということか』


「あ、あの、貴方が“森の長老”ですか?」


 ぶつくさと口の中で何かを呟いているらしい老人に向かってリゲルはつとめて柔らかく話しかけた。


『さよう。此度の受験生はなかなか骨があったが、あんたなにかしたか?』


「いえ、俺はなにも。……森の入り口付近で、執拗な魔法攻撃を受けましたが、あれは?」


 リゲルは逆に質問した。


『そんなの、あんたの思っとる通りじゃ。あの程度の攻撃を避けられないようでは戦地には出られん。あれは王都の魔導士から頼まれて殺す気でやっとるんじゃ。こちらも心は痛めておる』


 どうだか! とは思ったが、持ち前の動かぬ表情筋で内心を隠し通した。


「仲間のひとりが、気が狂ってしまいましたがあれは?」


『質問が多いの……よかろう。あれは、“クルイグモ”のせいじゃ。気を狂わせる毒を持った蜘蛛があの辺りには住んでおって、それが運悪く口や耳から入るとああなるんじゃ。やられたら治ることはない。あんたらの選択は間違いではないんじゃよ。むしろ大正解じゃの』


「……人間一人死んでて大正解はないのでは?」


 しまった、ついカッとなってしまった。言ってしまってから後悔したがもう遅い。

 

『ほほ~、言うのぉ』


 長老は愉快そうにカラカラと笑った。


『では聞くが。戦地で何人が死んでいる? 勝った方に全く損害のない戦など、あんた聞いたことがあるのかね? こちらの人間が一人死んでも、相手の人間を百人殺せば大勝利じゃ。のぅ、そうじゃな?』


 リゲルは思わず息を呑んだ。完膚なきまでの論破だった。


『そろそろいいかの? あんたの魔導士試験はこれからなんじゃ』

 


 

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