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Saver Quest  作者: 長尾
おとなしの森
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暗闇の森

 野宿の夜から一夜明け、一行はおとなしの森へ入っていくために支度を整えていた。引率にはエルゲとポラリスが来ている。これから始まる魔導軍の試験にそれぞれ緊張している。


 リゲルは結局あの夢を見てから一睡もせずに火の番をしていた。寝不足なのは感じているが、眠れる気もしなかった。あの夢は、いったいなんだったのだろう。ただの過去の夢ではないのはわかっているが、なんのためにあんな夢を見たのだろう。そもそも夢だったのかすら怪しい。持ってきた水筒の水で顔を洗って、現実に戻ろうとした。かばんの中には必要最低限の食料と、タオルと、ナイフ、水筒のみが入っている。それ以外のものは魔法でどうにかなる。自分の魔力を過信しているわけではないが、必要以上の荷物が邪魔になる方がいやだった。


 みんな顔を洗ったり伸びをしたり、眠そうだが、とにかく朝食を摂って、早く試験を済ませてしまいたい。乾いた丸パンを火で軽く炙って、チーズを挟んでもそもそと食べた。


 自分の食べる姿から、もそもそとパンを食べたあの日の猫を思い出した。結局あの猫には“キオン”と名付けた。気温ではなく、プロキオンという名詞からとった名前だ。レグルスには「猫なのにこいぬ座の星からとったんですか?」と怪訝そうな顔をされたが、自分の名前にリゲルとついているので、オリオン座の足元辺りに輝く星からとりたかった。そもそも夜空にねこがいない。ねこっぽい名前というのもわからない。


 生前の実家ではペットを飼っていなかった。律は飼いたいらしいというのを知っていたが、父が許さないのだろうと思っていた。実際に言い出したことはなかったが、余計な金を動物ごときに使うな、と言う父の声が容易に想像できた。無謀な夢だと律もわきまえていた。弥生が確か公園の茂みで野良猫を飼っていた。「ほんとうはよくないんだろうけどね」とよく言っていた。弥生の家は県営団地のためペット禁止だ。それでもその野良猫にはよくなぐさめられていたらしく、毎日ごはんを持っていき、糞の片付けもしていた。弥生の猫になんという名前がついていたのか結局聞くことはなかった。いまとなれば聞いておけばよかった。リゲルは動物の中で猫がいちばん好きだが、飼う予定はなかったのでほんとうに名前について考えたことがないというのが、自分でも不思議に思う。


 キオンは元気にしているのだろうか。まだ出てきてから一日しか経っていないが、しっかりリゲルに懐いているキオンは、飼い主が長く家を空けることをどう思っているだろう。アテナに預けてきたが、うまくやっているだろうか。



「さあ、そろそろ行くぜ、支度は済んだか?」


 エルゲがみんなに声をかけた。これから行くところが命懸けの試験会場でなければ、遠足みたいで楽しいのかもしれないが、こころなしかみんな動きが緩慢なように見える。


「そんなに心配しなくてもアンタらなら大丈夫さ、アタシが生き残ったんだ、大丈夫だよ」


 ポラリスが全員を元気づけようとしている。そりゃポラリスはスクールの講師になれるくらいだし、魔導軍でも隊長格なのだから当たり前だろう、とみんな思ったが誰も口には出さなかった。


 かくして一行は歩き出した。有翼の五芒星のメンバーはみな無口だった。森はどんどん深くなり、辺りは薄暗くなってきた。朝の早くから出たとはいえ、東から真っすぐに差してくるはずの陽の光が樹々に遮られた暗さはある種の不気味さを感じさせた。


 森に辿り着く前の草原が恋しかった。牧畜に励む少年のような見た目の種族の人たちが、牛や馬を連れて草を食ませているのがのどかでよかった。


『この先、おとなしの森 注意されたし』


と書かれた立て札の前で、エルゲが立ち止まった。一行もそれにならう。リゲルは魔法の練度が上がって、読み書きにも言語調節の魔法を反映させられるようになっていた。


「こっからはお前たちだけで行かないといけない。森の名前の意味は、奥に進むにつれわかってくる。最深部は暗闇の森という魔所だ。その中心にドワーフの神殿がある。そこに辿り着いてからここに帰ってきたら合格だぞ。俺たちはここで待っている。生きて帰ってこい」


 エルゲの言葉に、一同は覚悟を決めて、口を引き結んで頷いた。


「女神の御加護があらんことを」


 エルゲとポラリスが声をそろえて、試験は始まった。




 とはいえ、ここからとにかく西に行けとしか言われていない。特に怪物が出るとかいうことも聞いていない。なにがそんなに難しい試験なのかと、ここにきてリゲルは思い始めた。


「兄上、暗いですね」


 珠春がリゲルの袖を引いた。


「なにか悪意を感じます」


「え?」


 確かに、おとなしの森に入ってから空気が変わったというのは感じていた。肌を刺すような冷気。こちらの暦では春だ。普通なら暖かい空気が大気に満ちる頃だ。奇妙な冷気だとは思っていた。


「なにかが僕たちを見ているらしい……」


 ピルクが小声で言った。


「不気味だな……」


 メイがすらりとガーランの鞘を払った。全員臨戦態勢のまま歩みを進める。


 そのとき、前方からなにかが飛んできた。


「うお!?」


 サウンが慌てて避け、なにかが彼の頬を掠った。背後の木の幹にはなにも刺さらなかった。


「魔法攻撃……?」


 なにか湿った土のような香りが強くリゲルの鼻腔をついた。間違いなく魔法の香りだと気付いた。


「魔法を使う何者かが俺たちを見張ってる。もしかしたら神殿に近付けないようにしているのかもしれない」


 リゲルは早口になって全員に言った。喋っている間にも気配がどんどん増幅している気がする。ヤバいと思わせるほどの殺意が背筋を凍らせる。


「とにかくここを抜けよう、早く神殿に辿り着かないと」


 ミストがそう言って走るように全員を促した。


 走り出すと、四方八方から魔法でできた刃のようなものがひゅんひゅんと飛んできた。背後から来ることも珍しくない。


「シールドを張れ!!」


 リゲルは大声で叫んだ。シールドくらいは全員無詠唱で張れるほどの練度になっている。ただ、リゲルと珠春は全身を覆うオーラのように防御幕を張ることができるが、他のメンバーは前方にしか張れない。そこで、しんがりをリゲルと珠春が務めることにして、後ろからの魔法攻撃を無効化させることに専念した。


 これで安泰、早く走り抜けようと思った矢先、ビィンと音がしてメイが逆さ吊りになった。


「なに? なにこれ!?」


 メイはパニックになっている。


「なにかのトラップだ、足元になにかあるはず、気をつけろ」


 アルラが冷静に分析した。


「メイ、頭から落ちないようにうまく着地してくれ!!」


 珠春が魔力で作った円盤をメイの足の上に向かって投げる。その瞬間なにかが切れて、メイはどさりと地面に落ちた。頭からの着地は避けたが、腰を打ったらしい。


「もぉ、なんなの……みんなにパンツ見られちゃうじゃん、さすがにスカートで来なくてよかったぁ」


「言ってる場合か」


 メイは彼女なりの冗談で場を和ませようとしたらしい、それが功を奏して若干みんなの表情が和らいだ。


「あった、これを踏むと魔法が作動して糸で逆さ吊りにされるっぽい」


 ピルクが拾いあげたのは小石くらいのサイズの平たい金属だった。リゲルは地雷みてぇだな、と思ったが、みんなに余計な悲しい知識を与えたくないので黙っていた。


「なにこれ、こんな暗い森でそんなの見つけられないよ」


「四方八方からなんか飛んでくるしなっ……」


 また横から飛んできた。これは相当用意して迎え撃たれているな、とそろそろみんな気が付いている。歴代の試験経験者にもこの手の攻撃がかかったのかと思うと、フェリアの人間が森の民になんかしたのか? と考えてしまう。


 しかし、このフィールドを抜けて待っていたのは、もっと悲惨な結果を産む特殊攻撃の嵐だった。

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