死に急ぐ五芒星
「……おとなしの森?」
今日は五芒星のメンバーだけの魔術演練だった。そこでエルゲに告げられたのは魔導士試験の概要、おとなしの森という場所の話だ。
「お前らはもう仮免許取れるくらいのレベルに達してる。だから、ポラリスと相談したんだが、仮免許なしで森に連れて行こうと思うんだ。あとは理事長がなんて言うかだが……まあ、今回の試験は特別なもんになるだろうよ。『あちら側』がいるときってのはだいたい特例なんだ。つまりは、急ぎで免許取らせないといけないんだよ。だからってレベルは下がらないぜ? すべてはあの森の長老の匙加減だからな」
「仮免許なしで……そんなことしていいんですか?」
「森の長老ってどんな人?」
「聞いていた話とは違ったなあ……」
「それは魔導軍独自の試験なんですか?」
皆、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。質問したい気持ちはエルゲにもよくわかる。しかしひとりでさばききれる質問の量ではなかったのでとりあえず皆を制して、黙らせた。
「お前らが知っていた試験の内容はまずどんなだ? ミスト」
「ええ? うーん、先生の目の前で言われた通りの魔法を発動したり、筆記試験とか……?」
ミストは難しそうな顔をして考えながら言った。皆、うんうんと頷いている。なぜミストの話の歯切れが悪いかというと、誰もその試験の内容を明かしてくれなかったからだ。卒業生に会える機会などはまずない。卒業すると魔導士会議に出席し、名を授けられ、そのまま軍の宿舎に入る。試験を経験してスクールに戻ってきた者もなぜかいない。合格率は100%ではないということだけは聞いたことがある。
「まあ、ただの魔導士になるだけなら、その試験でいいわな」
エルゲは苦笑した。咳払いして話を戻す。
「いいか? この試験は、本気の命懸けだ。生き残ったら合格、死んだら不合格だ。魔法の出来は正直関係ない。何度でも言う。生き残ればいいんだ。どんな手を使ってでも生き残れ」
五芒星の面々はどよめいた。そんな物々しいものだとは思っていなかったからだ。もちろん面白半分でここに入ったものなどただのひとりもいないが、死にに行く覚悟をいま決めなくてはならないのは正直辛かった。それもそうだ、まだ十代の青年期、散っていくには早すぎる。
リゲルはただひとり黙っていた。この世界でも死を迎えたら、俺はどうなってしまうのだろう。レグルスはこの世界を『死後の世界』だと表現した。死後の世界で迎える二度目の死は、どのようなものか。
「エルゲ先生、質問。俺は、死んだらどうなる?」
エルゲはリゲルを真顔で見て、叱責した。
「お前、生き残る気でいろよ」
「違う、死ぬことを考えてるわけじゃない。万が一、ってことも、あるだろうから」
「……正確なことはわからない。まだ『あちら側』で死んだ奴がいないからだ」
エルゲは一瞬遠い目になった。
「ただ、魂だけを捕まえることができたら、誰かの中で生きられるかもしれない」
「え?」
「俺の中に、俺の姉さんが生きている。……あとで見せてやる。この話はこれで終わりだ」
リゲルは一瞬、心の中に故人が息づいているという意味かもしれないと思ったが、『あとで見せてやる』と彼は言った。なにか物理的な証拠でもあるというのか。追及したかったが、エルゲはもう話題を変えていた。
「おとなしの森のことは聞いたことがあるか?」
おとなしの森とはフェリア城下の西に広がる鬱蒼とした森で、『森の民』と呼ばれる背の低いドワーフが生息している。……という情報しか知られていない。なぜなら、足を踏み入れた人間たちは、気が狂ってしまった状態で帰ってくるか、最悪の場合、森の奥深くで消息を絶つ。『暗闇の森』と呼ばれるエリアが存在し、そこになにがしかの、恐ろしいものが生息しているらしいことは、フェリア中の噂だった。
「詳しいことは、なにも……」
「そうか、ならそれでいい。詳しいことは知らないほうがこちらにとっては都合がいい」
「せめてどんな試験内容かだけでも教えてくださいよ」
「仕方ねえな……、おとなしの森の奥深く、暗闇の森の真ん中にドワーフの神殿がある。
ひとつ、その神殿に生きて辿り着くこと。
ふたつ、その神殿での声に従うこと。
みっつ、森から生きて出てくること。
これが試験の内容だ、生きてさえいれば腕や足の一本くらいなくてもかまわない」
五芒星の面々は唾を吞み込んだ。誰もこの試験をパスして生きて帰ってこられる自信はなかった。
「それなら、」
アルラが口を開いた。
「それなら、これまでの魔法演練は何のために? 正直魔法が使えなくても生き残る者は生き残ると思われますが、」
エルゲは皆の顔を見回して、にやりと笑った。
「ある程度の魔法が使えない者はあの森に入れない。仮免許というのはあの森に入れるレベルに達したものの証だったわけさ。
いいか、『有翼の五芒星』は特別だ。スクールでは好奇の目を向けられてさぞ窮屈だっただろう。けどな、戦場で輝いているのは魔法の軌跡だ。ただの軍人は剣がなければ戦えず、ただの魔導士は魔法陣と呪文詠唱なしでは戦えない。俺たちは誰にもできない戦いをするための軍人だ。この試験を突破したら大いに誇れ。わかったな、必ず揃って生き残れよ」
ここで終業の鐘が鳴った。
「おっ、いいタイミングだな。じゃあ、一週間後には行くぞ。健闘を祈る」
エルゲは頭のバンダナを縛り直すと、リゲルの肩を叩いて演練場を出て行った。
「一週間後だって」
「ああ、だが詳細が語られていない以上、なんの対策もできないな……」
昼、ごはんを食べながら会議に徹している。
「まあ、一旦冷静になろうぜ。エルゲ先生は生きてさえいればいいと言った。俺たちにはヒーラーがいる。一発で致命傷を負わなければ、ヒーリングで回復できるはずだ。なあリゲル」
「あ、ああ」
ミストに話を振られたが、リゲルは心ここにあらずだった。死んだらどうなってしまうのかがわからない以上、死ぬことが怖すぎて、一週間が経つのがひどく恐ろしかった。
「リゲル、怖いのか」
「死は誰でも怖い。そうだろうサウン。とりわけ、兄上は死んだことがある。その恐怖は計り知れない」
様子を見咎めたサウンが深く追及してくるのを珠春が守ってくれた。珠春には考えていることがわかっているらしい。目配せして唇だけでありがとうと言った。
「わたし、最初はガーランの扱いが難しすぎてみんなの様子なんて全然見てられなかったけど、最近は気配だけで体力がどのくらい残ってるかわかるようになったんだ。だから、ちゃんとみんなに回復かけられるよ」
メイがガーランを撫でながら言った。アルフェッカが言っていた。ヒーラーは気配だけで仲間の傷つき具合がわかるようになっていくものなのだと。あのとき、肋骨を折ったリゲルにぎこちなく回復魔法をかけたメイはもういなかった。それもそうだ、もう彼らに出会ってから10か月が経とうとしている。リゲルも珠春も制御装置にだいぶ慣れた。
「これから一週間、これが合っている対処法かはわからないけれど、自主演習にしようか。各々で覚悟を決めてこよう」
アルラが言った案に皆賛成した。
「俺たちはこれから何度でも死に直面すると思う。傍から見たら、死に急いでいるかもしれない。けど、俺たちはみんなその道しか残されていない者だ。生きよう。生きて、ここに追いやった奴らを見返そう」
ミストが言った。ピルクがちょっと涙目になっていたのをリゲルは見逃さなかった。
* * *
「兄上、死ぬときはおれも一緒だ」
宮殿のレグルスの部屋へ帰る道すがら、珠春が言った。
「ひとりで死ぬのが怖いんじゃないよ、珠春。生きていた頃は、信じていなかったにせよ、死後の世界とかいう概念があったから、死んでも俺はいなくならない、って安心していたところがあった。けど、ここは俺の死後の世界だ。ここで死んだら永遠の終わり、俺は永久にいなくなると思うと、ちょっと怖いんだ」
珠春はちょっと意外そうな顔をして、歩きながらなにか気の利いた言葉をかけようとしばらく思案していたようだが、思いつかなかったらしい。
「エルゲ先生の言っていたことが本当なら、おれが生き残ったときには、かならず兄上の魂を捕まえて、おれの中で生きてもらう」
「珠春の中で生きられるなら、この世界の終わりまで見られるな」
ふたりは笑った。
廊下で、珠春の部屋とレグルスの部屋でわかれるとき、珠春が袖を引いた。
「兄上、今生の別れにしないでくれ」
泣きそうな声だったので、慌てて抱き締めた。お互いにとって、お互いが唯一の身内であり、死に別れてしまったら、もう二度と珠春は家族を作らなそうだ。
「大丈夫、ふたりでその腕の仇をとると、俺は誓った。誓いは破らないよ」
「……ありがとう」
誰もいない廊下の真ん中で、ふたりはひしと抱き合った。お互いの背中をぽんぽんと叩いて、身体を離すと、後ろを振り返らずにわかれ、リゲルは珠春が扉を閉めた音を背中に聞いた。
俺たちは死に急ぐ。生きていくためには、それしかないからだ。




