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Saver Quest  作者: 長尾
死に急ぐ五芒星
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リミッター

 肋骨が折れているので、完全に骨がつくまでは安静にすること、とメイに言われていた期間、リゲルは武術演習の時間を、ギウス先生の部屋で過ごしていた。


 読み書きを教わりながら、この世界の基礎知識に加え、基礎魔法のあれこれ、猫の飼い方、学校の噂話、学生の頃に見聞きしたレグルスの奇行など、暇にまかせていろいろ話してくれた。


 フェリアの共通言語はラテン語だとレグルスが言っていたけれど、ラテン語の勉強なんて初めてするし、ほとんど死語だと思っていたし、品詞の活用多すぎるし、語順が柔軟なのがちょっと意味わからないしで、現状は辞めたい気持ちがやや優勢である。


 読み書きを習い始めた頃、レグルスに『なぜラテン語なのか』を尋ねたことがある。彼は


『君がここへ来てすぐに、ここは本の中にできてしまった世界です、と告げましたね。わかりますか? その本が書かれた言語がラテン語なのです。⋯⋯というか、そんな真面目なことしないで魔法に頼ればいいじゃないですか?』


と答えた。魔法に頼れたらはじめからそうしている。やり方がわからないのだから仕方ない。作者が英語で書いていたらもっと楽だったのに⋯⋯


 逆に魔法の使い方を尋ねても、ボヤっとした言い方でしか教えてくれないし、読み書きを教わる相手がベテルギウスとわかれば、なおのこと放任的になってきた。“命を狙われている”らしいリゲルにとっての、最大限安全なシェルターとして認識しているのか、ギウス先生が彼の信頼における人であることはなんとなく察した。


 しかしギウス先生の部屋にいつまでも入り浸っていられるのも昨日までで、今日から武術演習に出てもいいとメイに言われた。それもそれで不安な気持ちはあるのだが、戦場に出されてもいい魔導士になることが卒業の条件なのだから、やるしかない。



 地下の武演場に行く通路で、ミストとアルラに会った。アルラも同じ有翼の五芒星をつけている。年齢はいまいるメンバーの中でいちばん上だとメイが言っていた。


「リゲル、今日から出られるのだね」


 アルラが静かに、けれども嬉しそうにリゲルに尋ねた。彼は物静かで温和、所作も柔らかく上品な男である。ひとことで言うなら、貴族然とした⋯⋯という印象をリゲルは持っている。


「はい、お手柔らかにお願いします⋯⋯」


「なんだ、緊張してんの?」


 ミストは揶揄うように笑った。


「まあね、こんなことは初めてだから⋯⋯」


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。今日は剣術の演習だし、魔法演練じゃないだけマシかな」


「アルラ、魔法演練がしんどいみたいな言い方になってるよ」


「そう? つい本心が⋯⋯なんてね、嘘だよ。はいはい、行こうか」




 なぜ“有翼の五芒星”の数が少ないのか、ミストが話してくれたことがある。彼によれば、『俺たちは死ぬだけだからな』という一言であった。


 魔導士を目指す者は、だいたい魔導士の家系に生まれていることが多い。軍人を目指す者も、軍人の家系の出が八割くらいなものだ。しかし魔導軍の軍人になろうというものは、なかなかいない。なぜなら、高等学問を修めながら軍人と同程度に死んでいく人間だからだ。つまり、エリート家系に生まれながら、死に急ぐことを自ら決めることになる。そんな無駄なことを誰が好んでさせようものか。


 実際ミストは、魔導士の家系の出身ではあるが、弟と折り合いが悪く、弟方についた父によって、魔導軍入りが強制的に決められてしまった。


『まあ俺の場合は、だよ。そんな話ふつう他人にはしないし、今は受け入れてるし楽しいからさ。ああでも、アルラはなんかあったかもな、俺とおんなじ匂いがするから』


 ミストは笑いながらそう言った。


『俺は家と縁切ってあるしもう全然気にしてないから、リゲルも気にすんなよ。それより大変なのは今だぞ。軍人コースの教員たちがほんっとにカンジ悪いから、俺は弟よりアイツらをぶっ飛ばしてえよ⋯⋯』



 リゲルはその言葉の意味をいま把握した。木剣を振るい、言われたとおりに動き、それなりに疲弊しているところを、五芒星のメンバーだけは休みなしで一時間近く動かされているところだ。それなりに動けるようになってきたが、苦痛でしかない。他の三十人ほどの軍の学生たちは、適宜休憩を挟みながら、ダラダラとやっている。


「⋯⋯情けない、五芒星を掲げながらフラフラしやがって。貴様らは魔法が使えるんだろうが。どうにかして回復でもなんでもすればよかろう」


 武演場には教員が三人いた。みんな軍人コースの教員だ。それが三人とも魔導軍の学生たちを囲むように立って、ニヤニヤと笑いながら怒鳴り散らしている。ここにポラリスかエルゲがいてくれたなら⋯⋯と思いながら、なにも聴かないように、ひたすら珠春と向かい合って木剣を振るう。


 急に間合いが詰められ、カンッと高い音が鳴って、リゲルの手から木剣が弾き落とされると、次の瞬間には首に珠春の木剣が当てられていた。


『対面するのがアイツなら、おれはもっと早く動けるし、こんなんじゃ済ませない、』


と珠春の目が言っている。肩で息をしながら、リゲルも頷いた。こうやってどっちかが相手

の手から木剣を叩き落せば小休憩になる。教員たちの耳を疑うような差別的言動のおかげで、剣の動きに殺意ものってくるというものだ。


 周りを見ると、ミストとサウン、アルラとメイもそのように小休憩を挟みながら、どうにか動いているようだ。


 言わなくてもわかりそうなものだが、当然魔法の発動には体力と精神力がいる。特にフェリア人の魔導士ならば、呪文の詠唱時間も考慮しなければならないし、集中して精霊に呼びかけなければならない。戦場に出るのなら⋯⋯というのはもっともだが、完全に教員たちは魔導軍の学生たちを馬鹿にしている。


 剣を拾い上げながら、リゲルは魔法を使おうかどうしようか少し考えた。自分ならばどうにか怪しまれずに魔法を発動できる。どうにかしてぶっ飛ばしたい気持ちと、仮にも教員に暴行なんてしたら学校にいられなくなるのかもしれないという心配と。でも理事長の推薦で入ったところだし、⋯⋯待てよ、あのアルテミスの後光に縋って人を殴るのか、後から何を言われるのかわかったもんじゃないな、という葛藤がリゲルの行動を少し鈍くした。



 その途端、したたかに背中を木剣で打たれた。


「怠けるな、クソガキ」


 教員のひとりがさらに五、六度、倒れ込んだリゲルの背中を力任せに打ち据えた。


 切り傷や擦り傷、軽い打撲くらいなら痛みは感じないが、全身を打つような痛みはやはり息ができなくなる。ちゃんと、痛い。


「⋯⋯うっ⋯⋯はぁっ⋯⋯クソっ⋯⋯」


「⋯⋯先生、それ以上は、」


 アルラが教員を窘める声がする、他の学生たちもざわついている。流石にこの状況でもう打擲を続けられはしない。教員は後ろに下がった。


 差し伸べられた珠春の手をとってリゲルが立ち上がると、メイが走り寄ってきて身体を調べた。骨は折れていないが、血が滲んでいる。


 リゲルは虚空を見つめ、何も言わない。


「⋯⋯あっバカ! リゲル、だめだやめろ!」


 気が付いたミストの静止も虚しく、リゲルの背中を打った教員を冷たい風が取り巻いて縛り上げた。微妙に足がつかない程度に宙吊りにされた上、風の渦に気道が塞がれて、息ができずに藻掻いている。場内は水を打ったように静まり返った。動いているのは風に捕縛された教員がひとり。


 しばらくそのままの姿勢で、風の圧だけが上がっていく。だんだん顔が真っ赤になって、ひときわ激しく藻掻いたかと思うと、突然ガクッと項垂れた。それを確認した途端、風が凪いで、彼の身体は床に打ちつけられた。


「望みどおりの魔法だよ⋯⋯ふざけんなクソ」


 侮辱的な言動をそのまま返してやったのだ。リゲルは毒づいた。



「⋯⋯リゲル、なんてことしてくれたんだお前」


 ミストの顔は言葉とは裏腹に少々嬉しそうである。他の教員二人はサーっと青ざめて、気を失った同僚を引きずって、場内の教員室のようなところに引っ込んでいった。


「まあ問題はないと思うよ。問題なのは差別と侮辱行為の延長にある体罰じみた対応だからね。現に魔導系の先生がいるときはああいうことしないんだ」


「そうだよな、よく考えるとバレたらマズいのはあいつらの首なんだよな? オレもやってやればよかったなあ⋯⋯」


 アルラとサウンが意外と冷静にフォローしてくれた。



 実際そうなのだろうと魔法発動直前にリゲルは気付いていた。理事長はアルテミス、彼女は魔導省の長官でもある。彼女が元締めの学内で、あんな言動がまかり通るか? 答えは否だ。



「あの⋯⋯ありがとうございました、あの先生、僕らにもめちゃくちゃ威圧的で、」


 いつの間にか軍人コースの学生に囲われていた。彼らによれば、あの教員は非常に傲慢で、学生に対して、神か王かのような態度の人だったのだという。機嫌が悪いときはそれこそ“箸の上げ下げから気に入らない”ような、一挙手一投足、なにが彼の逆鱗に触れるかわからない、そんな人だったらしい。


「いつも助けてあげられなくてごめんなさい、あなた達のこと嫌いじゃないのだけど、先生たちがああだから、自分たちもなにされるかわかんなくて」


「でもどうする? 今日の演練は評価が下りない、君のせいだぞ」


「だからしっかりコース別に演習の時間を設ければいいのに、俺たちはなにもされてないんだよ⋯⋯」



 それは確かに。もっともである。珠春を助けたときとなにも変わらない。ギウス先生の個人講義のおかげか、少しだけ魔法の練度が上がって一人だけに対象を絞れるようになっただけで、直情的なのはかわらない。


「まあいいじゃないか、今日はアイツがやりすぎたんだ、よくやったよアンタ」


 愉快そうに笑い飛ばしてくれた好青年はフェルノと名乗った。軍人コースのバッヂである白銀の翼をシャツの襟元に輝かせ、袖を捲り上げた爽やかな出で立ちの、実直そうな目鼻立ちの男だ。


「だが気をつけろよ、仕返しされるかもしれないからな⋯⋯。悪い意味で軍人気質なんだ、またこういうところでそんなことしたら、私がどうにか止めてやろう。約束する」


 色素の薄い、赤みがかった目を細めて彼は声を低くした。


「私たちさえよければいいわけじゃない。アンタらとは肩を並べて戦場に立つんだ、こんなところでしがらみを作るのは、私は得策ではないと思っている。君さえよければいつだって手を貸す。忘れるなよ、私たちは仲間だということをな⋯⋯ではまた」


 フェルノはリゲルと握手を交わし微笑むと、踵を返し、“白銀の翼”たちに『もう今日は解散、終わりだ』と促して引き上げていった。



 “有翼の五芒星”だけが残り、リゲルはよろけるように座り込んだ。背中が痛い。胸中は複雑だった。


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