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Saver Quest  作者: 長尾
死に急ぐ五芒星
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有翼の五芒星

「これはこれは⋯⋯理事長御自らのお出迎えですか」


 レグルスが呆れたような声色で呟いた。


「もちろん。鈴の君に仰せつかったのだもの、暇というわけではないけれど、優先はあなた方です」


 違うな、と啓もレグルスも思った。啓は、確信のない被害妄想に過ぎない、と思い直したが、レグルスは王女の幼少の砌から側にいるのだ。とんでもなくマイペースで、よほど興味のあるものでない限り関心を示さない。そんな姫君が自ら学内の案内などという雑用を買って出るのだ。相当リゲルを、彼の反応を気に入っているのだ。その証拠に明らかにいつもよりニコニコと笑っている。『お気に召されたようでよかったですね』と無邪気に彼に言ってやれないのが少しばかり心苦しい。


 ため息をつくかわりに、レグルスはゆっくりと目を閉じた。


「リゲルと珠春は女神さまの御意向で魔導軍の養成コースに入ることが決定しています。難しいことは特にありません。魔導士の勉強をしながら基礎武術を学べばよいのです。常時若干名がこのコースには在籍していますから、彼らと行動を共にすれば間違いはないでしょう。いまは5人ほどでしょうか、後ほど合流させましょう。

 では手始めに学術棟の案内をいたしましょう、来なさい」



 学習院は宮殿の塀の外に、宮殿の半分ほどの敷地が、これもまた塀に囲まれて所在している。城外であることに間違いはないが、市民には城の設備のひとつだと認識されている。“城通い”といえばここの学生を指し、“レンガ崩し”といえば、学習院中退者及び卒業できずに七年間を終えたものを指す。宮殿と学習院の塀がレンガ造りだからだ。


 正門をくぐると幅10メートル、長さ100メートルほどの道路がまっすぐ延び、並木道になっている。正面には4階建てほどの横に長いやたら大きい建物があり、それは総合校舎、基礎学術棟と呼ばれる建物である。


 道路の、向かって左側にはぽつぽつと2~3階建ての建物が複数あり、それはみな医師コースの実技実験棟だという。向かって右側にはパステルグリーンの3階建ての建物がひとつだけ、それは魔導士コースの実験棟。他はただ、手入れの行き届いた、だだっ広い庭園が広がっている。


「実は、この地下10メートルほどのところはみな繋がっていて、武術の演練は地下で行っているのです。この城下は雑多として土地が余ってなどいませんからね。作ったときの議会の荒れようといったら⋯⋯」


誰も聞いていないのに珠春に説明しているのはレグルスだ。


「あちら側出身の人は不老ですからね。レグルス長官ほどになると“出身者”ではなく“創立者”目線のエピソードをよく知っているのですよ。この道を並木道にしたのも、周りを庭園にしたのも彼です。生えているのは全部毒草及び薬草、それも彼の趣味だということですよ」


 アルテミスが説明してくれなければ、つい5年前に作った施設なのかと思う口ぶりだった。⋯⋯そうか、不老なのか、死んでいるから。ポラリスも、フェッカも死んでるんだな。


 ちらっとポラリスのほうを見ると、自分が在籍していたころの教師の真似を、面白おかしくやってレグルスと笑いあっていた。


「⋯⋯レグルスは、私たちにとっては父君に代わる人でしたから、よくたくさんの話をしてくれました。わたくしがこのような年若でここの理事長のポストを与えられたのは、王族である以前に、ここに入る前から、十分過ぎるほどの知識と、内情を彼に教わっていたからにすぎませんし、わたくし達姉妹が武術を嗜んでいるのは、早くからポラリスが教えてくれていたからです。こう見えて、弓をひくのですよ、」


「ああ、それで⋯⋯」


⋯⋯このあとなんて言葉を継げばいいかわからなくなってしまった。昨日の今日でいきなり王族然として、地位、身分の違いをはっきりさせられたので、いまはもう、何を言っても無礼にあたりそうで怖い。『その名はそこから来ているんですね』ということが言いたかった。


「身構えずとも結構ですよ、リゲル。貴方とは同い年ですからね。多少無礼なことを口走っても、若さ故の過ち、許しますよ」


 王女は意味ありげにニッコリと微笑んだ。⋯⋯この性悪女め、天然でやってるなら俺はやっぱりこの人が苦手だ。少しでも隙を見せると、丁寧に切り込んでくる、油断も隙もあったもんじゃない。眉間にしわが寄ったのだろう、彼女はとても愉快そうに笑った。



「さて、ここが学術棟です。ざっくりと座学の場であると思っていただけたらそれで構いません。全体で120ほど教室がありますから、移動の際は気を付けるように」


 建物の雰囲気は宮殿のなかとさほど変わらない。石造りで荘厳な印象。ただ、学校ということで、多少の装飾は施されているが、全体的に殺風景だと感じる。


 正面入り口から入ると、ロビーは吹き抜けになっていて、階段が4階まで延びている。踊り場の窓は全てステンドグラスになっていて、心なしか教会に似た神聖さを醸している。


 行き来する学生が、理事長が率いる一行を興味ありげにチラチラと見ていく。学生達は、制服なのだろう、同じケープを身に纏っている。襟元にはバッヂがついていて、それがコースごとに違う形、入った年で違う色になっているのだとポラリスが教えてくれた。魔導軍コースであれば有翼の五芒星。今年入れば早緑色になるという。有翼の星は魔導軍の軍服の首元につけるバッヂの形であり、それはフェリア軍がシンボルに掲げる“白いカラス”の翼と、魔導士が星の名を与えられるところからきている。したがって、魔導軍以外の軍人の首元には、銀細工の翼だけが燦然と輝いている。



「まあ、ここはもういいでしょう。実験棟の案内をしましょう。実験とはいいますが、魔法実習を行う場ですね。コース生にもそちらで引き合わせます」


 たいして中を歩きもしないうちに移動だという。アルテミスもレグルスもポラリスも『学術棟の中なんてなにもおもしろいことはない』と口を揃えるので、ほんとになにもないんだろう。嫌でもここに入って、何年かは知らないが、学ばねばならないのだ。


 珠春は大人しく歩いているが、彼もここにはさほど興味を惹かれないらしく、すれ違う学生達の胸元のバッヂばかり見ている。⋯⋯そういえば、薬師になりたいんじゃなかったのか、魔導軍コースでいいんだろうか。


「⋯⋯医師、では一級魔法使用免許が与えられないらしい。それに、女神が願うのなら、買われたものとして、それに応えなくてはいけない。武術を身につけておきたいと志願したのは、おれ自身なのだから、これでいいのだ、兄上」


 昨日、兄になってほしいと言われた夜。同時に敵討ちに協力してほしいと言われた。俺なんかに言うより、と思ったけれど“他言は無用、心の片隅に置いて、時がきたら思い出してくれさえすればいい”と言われて、昨日は別れたのだった。


 自分の腕もそうだけれど、と何か言いかけて口を閉じたのに、気付いていないわけじゃなかった。けれど聞き出したらいけない気がして、気に留めていないふうを装った。


「そういうものか」


「そういうものだ」



 中庭に出ると、学生がふたり、わりといい勢いで喧嘩をしていて、数人が見物をしていた。明らかに魔法を使ってるっぽい喧嘩だった。


「ああ⋯⋯ありゃミストだな⋯⋯。理事長、どうしましょうね」


「校内であれば免許の有無は問いません。学校としては“積極的な魔法武術演練”とみなし、静観、ですが⋯⋯流血があれば直ちに大人しくさせなさい、レグルス」


「え、私ですか」


「もちろん、しばらく貴方をこき使うように、と姉上からの命令です」


 我関せず、を決め込もうとしていたらしいレグルスがあからさまに嫌そうな声を出したが、顔はいつも通りの薄笑いが貼りついている。


「⋯⋯あの方も幼い頃と変わらない」


「姉上しばらく機嫌悪いと思いますよ」


「困りましたねぇ⋯⋯ルーナ、なにか言っといてくれませんか」


「こら、公務の最中ですよ、幼名で呼ばない」


「それは失礼。⋯⋯ほっといても大丈夫そうじゃないですか? アレ」


 ⋯⋯悪びれる様子が一切ないのが毎度のことながらすごいなこの人。“父君代わり”とアルテミスは言っていたけれど、娘たちに怒られるダメダメなお父さんじゃないか。ただ、仲がとても良いんだな、ということはめちゃめちゃ伝わってくる。レグルス以外の人があんな口を利いていたなら、顔が真っ青になったことだろう。


 学生達はだんだん疲れてきたのか、喧嘩は小康状態に落ち着いているように見えた。放置しても問題ないと判断して、彼らの横を通って移動してしまうことになった。


 いや、でも喧嘩にまで魔法使っちゃう世界なのか⋯⋯恐ろしい⋯⋯完全に丸腰なんて状態はありえないわけだ、もはや毎回決闘並みに命賭けてるわけか、強いな⋯⋯などとぼんやり考えながら歩いていると、いきなりなにかにぶつかって、地面に仰向けに倒れた。



「ああ!! ごめんなさ⋯⋯ヒウッ、理事長センセ⋯⋯」


学生の焦る声が近くで聞こえる。なんかの魔法が俺にあたったらしい。


「⋯⋯兄上、どこ見て歩いていたらそうなる」


 すぐ後ろを歩いていた珠春が手をとって起こしてくれた。


「ごめん、ぼんやりしてた」


 ふっと息を吐いたとき、脇腹の辺りがなにかおかしい気がした。


 普通に立ち上がった俺を見て、片方の学生が顔色を青くして、信じられないものを見るような顔をした。


「⋯⋯嘘だろ、まともにくらったのに、」


「なにしたんだよミスト」


「⋯⋯水で、なんか砲丸みたいの作って、ハッ! って⋯⋯やりました、」


 ポラリスにミストと呼ばれた方の学生は、ひょろっと細くて、一見クールそうに見えるが、壊滅的に説明が下手くそで、手の動きがうるさいやつだと思った。


「あんたそれで他の学生の脚の骨折ったの、まさか忘れたんじゃねえだろうな? 当面それを使うのは禁止だって言ったろ。⋯⋯おいレグルス、リゲルたぶん今ので肋何本かいった、見てやんな。⋯⋯サウン、お前も防御が下手だね、実戦じゃ、お前みたいなのの周りにいる奴から死んでくんだ。教わったことを忘れんじゃないよ」


 サウンと呼ばれた方は、大柄で、温厚そうな顔をしていた。なんでこの二人があんなに苛烈なバトルを繰り広げていたのか不思議に思う。見た目しかまだ判断材料がないからなんともいえないが。


 俺はといえば、例にもれず、全然痛くない。ちょっと息がしづらいだけなのに、学生二人が死を覚悟したような顔をしているから、逆に申し訳ない気持ちになった。レグルスの見立てでは、やはり肋骨が二本くらい折れているらしい。“人体を直接いじるような魔法は禁術”だそうなのでしばらくこのままだ。死んでいるのに治るのか、と聞いたら。『一週間くらいすれば身体がここに慣れてきて、機能、もちろん痛覚もそれなりに戻る』そうだ。痛覚はやはりちょっと鈍いままなのだという。


 彼ら二人は魔導軍コースの学生で、同じコースにヒーラー志望の女子がいるというので、二人連れだって呼びに行ってくれた。うまくすれば治るかもしれない、らしい。“うまくすれば”というのが絶妙に信用ならない。




「なんか、こんな予定じゃなかったけど、結果オーライなのかな」


と言いながら、アルテミスが俺の脇腹をつついている。


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