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短編小説

愛するきみのために、俺はこの世界からいなくなる

 この世界に、異界の魔物が侵入をはじめて、たくさんの命が奪われた。魔物を退けるため、異界を統べる王――魔王を討つ必要があった。

 あまたの冒険者が旅立ち、そのほとんどが志半ばにして挫折することになったが、ある場所から旅立った、ある冒険者たちが、ついに魔王を討った。結果、異界との接続点は消滅。世界は平和になった。


 俺はその魔王を倒した冒険者の一人で、「魔法使い」として三年間故郷を離れて旅をした。

 故郷を出立した時、俺は「剣士」と一緒だった。旅の途中で「治癒師」と「武闘家」と「弓使い」と仲間になった。

 魔王討伐が終わって、「治癒師」と「弓使い」は帰郷し、「武闘家」は新しい目的地へと旅立った。

 「剣士」と一緒に故郷に戻るはずだった俺は、一人になっていた。「剣士」は魔王との戦いで、命を落とした。

 魔王が倒れ、「剣士」の命も燃え尽きた時、魔王が最期に放出した魔力が、「剣士」の体をも消滅させた。俺は故郷に遺品のひとつも持ち帰ることができなかった。


 故郷で俺を迎えてくれた人々は、恐怖が去ったことを喜び、そして同時に深い悲しみに包まれた。



 + + +



「エミリア。今日は、天気がいい。少し散歩に出かけないか?」


 俺が声を掛けると、部屋の中央でぼうっと椅子に座っていたエミリアがゆっくりと視線をこちらに向けた。

 かつては爽やかな青空を思わせた美しい瞳は、暗くかげっていた。頬がこけ、明るい茶色の髪も白い肌も、すっかり艶がなくなっている。

 旅から戻った時、俺も彼女も二十歳になっていた。旅立つ前から、輝くように美しかったエミリアは、今では別人のように生気を失ってしまっていた。

 帰らぬ人となった「剣士」アルディーンは、エミリアの最愛の人だった。


「……ルカーシュ、いつもありがとう。そうね、行こうかな」


 エミリアは俺を見ると、笑顔を作ってくれる。精一杯頑張った、その弱々しい笑顔に、俺はいつも泣きたくなる。

 ゆっくりと立ちあがったエミリアがふらついた。俺は慌ててその手を取って支える。信じられないくらい細い手。骨が浮き出ていた。


 俺とエミリアとアルディーンは、この修道院に併設された孤児院で一緒に育った幼馴染だった。

 エミリアとアルディーンは、物心がついたころには、想い合っていたように思う。俺もエミリアを好きだったけれど、結局言い出すことはできなかった。

 明るく清廉な性格をしたアルディーンと、穏やかで優しいエミリアは、俺から見てもとてもお似合いの二人だった。

 俺とアルディーンが旅立つ時、エミリアは「本当は一緒に行きたい」と涙ぐんでいた。だけどエミリアは「私では足手まといになるから」と言い、「大切なこの場所をちゃんと守っているから、きっと二人で帰ってきてね」と願った。俺たちは「必ず戻る」と約束した。


 その約束を守ることはできなかった。命を落とした「剣士」アルディーンには、この地を治める王から「勇者」の称号が授けられた。

 俺とアルディーンには一生暮らしていけるだけの報奨金が与えられた。アルディーンは受け取ることができなかったし、相続する身内もいなかったから、報奨金は修道院に寄付された。

 修道院の中庭には「勇者」の銅像が建てられた。「勇者」の姿を見ようとたくさんの人が訪れるから、エミリアはいつも夜中になってからその足元で泣き崩れていた。俺は少し離れたところから見守ることしかできなかった。とても声を掛けられなかった。


 しばらくして泣き崩れることは少なくなって、エミリアは落ち着いたかのように見えた。

 それは間違いだった。エミリアはあまり寝なかったし、ぼうっとしている時間が増えた。声をかけなければ、ほとんど物を口にしない。食べてもほんの少しで、何とか食べさせようと強引に食事をすすめると、その後で苦しそうに吐き戻していた。

 俺はかつての仲間の「治癒師」を訪ねて相談した。彼女は悲しそうに首を横に振って「私の治癒魔法は、肉体の傷なら癒やすことができるけれど、心の傷までは癒やせないの」とすまなそうに言った。


 エミリアは俺が話しかければ、視線は合わせてくれる。「少しは食べないと」と心配すれば、食事を口にしようとしてくれる。「散歩に行こう」と誘えば、外には出てくれる。

 エミリアは一生懸命にこたえようとしてくれたけれど、それがかえって彼女を疲れさせているようにも見えた。俺はどうしたらいいのか分からなくて、勝手に焦っていた。


 今日も散歩に連れ出した。エミリアの手をとって、修道院から少し離れた丘までゆっくりと歩く。

 エミリアは苦しそうに息をしている。痩せすぎたせいで、体力がすっかり落ちているのだ。風が強く吹きつけてくれば、消えてしまいそうなくらい儚く感じた。


「エミリア、大丈夫か?」


 小さくうなずいたエミリアの瞳にはうっすらと涙がにじんでいた。きつそうだった。体力的な問題というよりは、きっと心が。俺の心臓にもずきりと痛みが走る。


「……世界が平和になったのに、俺たちは何でこんなにつらいんだろうな」


 俺は思わずつぶやいていた。少し視線を上げたエミリアの落ちくぼんだ目が、哀しげな光をたたえて俺を見つめた。


「アルディーンに、会いたいね」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で、エミリアがぽつりとこぼした。

 その時俺は思った。エミリアは生きている。けれど、ゆるやかに死に向かっているんじゃないだろうか。だってアルディーンに会える方法があるとすれば、もうそれだけだ。

 そう感じたとき、俺は恐怖で体を震わせた。アルディーンを失って、エミリアまで。……無理だ。耐えられない。

 俺じゃ駄目だ。そう思って俺はもう、どうかしていたのだと思う。


 その数日後、俺はかつて文献で知識を得た、ある魔法に手を出していた。



 + + +



 俺はじっと鏡をのぞきこんでいた。はじめて使ったにもかかわらず、魔法は完璧に成功していた。

 頬をなで、髪を引っ張って確かめる。俺の銀髪と翡翠色の瞳はそこにはない。漆黒の髪と漆黒の瞳。精悍なアルディーンの顔。


「は、はは……」


 乾いた笑い声も、アルディーンのものだ。


 俺は鏡に額を押し付けた。唇を強くかんだが、堪えきれずに熱いものが頬を伝った。本物のアルディーンは、死の間際まで決して涙など見せることはなかった。


「……ごめん。ごめんアルディーン」


 こんなこと間違っている。でも、エミリアを死なせたくない。親友の死を冒涜するような真似をしても、どうしてもエミリアを守りたかった。だからアルディーン、おまえのふりをして生きる。代わりに、俺が消える。もう二度と、戻ることはない。


 その日「魔法使い」ルカーシュは、この世界からいなくなった。



 + + +



 事前に俺は院長に話をつけていた。「エミリアを療養させるために、少しこの場所を離れたい」と申し出た俺を、院長は信用して「ルカーシュ、きみに任せる」と言ってくれた。

 手伝っていた修道院の仕事もできなくなっていたエミリアは、今では人目を避けるように暮らしていた。周りの皆もその悲しみが理解できるから、そっとすることしかできなかったのだと思う。

 院長の許可を得て、エミリアを夜半に連れていくことにした。なぜわざわざ夜半にと、院長は不思議に思ったようだが、俺は「今はあまり人目につきたくないから」とだけ言った。

 アルディーンの姿を、人に見られるわけにはいかない。俺はフードを深く被ると、誰にも気づかれないようにエミリアの部屋の扉をたたいた。深夜にもかかわらず、やはりエミリアは起きていた。


 部屋から出てきたエミリアに、俺はフードを取る。エミリアはこれ以上にないくらい目を見開いて、よろよろと後ずさった。


「……うそ、私、夢を――」

「夢じゃないよ。行こう、エミリア。しばらく、ここを離れて僕と二人で暮らそう」


 俺はアルディーンの口調を真似る。


「……本物なの? アルディーン、生きていたの?」


 エミリアは、震えながら両手を伸ばして、俺の――アルディーンの頬に触れた。確かめるようにそっとなでながら、彼女はぼろぼろと大粒の涙を零す。


「本物だよ。行こう、エミリア」


 あまりに急で、エミリアは何も答えられないようだった。

 俺は再びフードを被ると、エミリアの腕を取り、横抱きにした。……軽い。俺は泣きそうになった。

 そのまま修道院の外に向かい、用意していた馬にエミリアを乗せた。半ば呆然としていたエミリアの後ろで俺も馬にまたがる。

 手綱を握って馬を出発させた時、エミリアははっとしたように修道院を振り返った。


「待って。何も言わないの? 院長様にも、ルカーシュにも」


 エミリアの口から出たその名前に、俺は思わず息をのんだ。俺を、気にかけてくれた。その事実に、喉の奥がひりひりと痛む。いや、エミリアはずっと俺のことだって気にかけてくれていたのだ。


「……院長様とルカーシュには、僕から伝えてあるから大丈夫」

「そう、なの? ……これから、どこに行くの?」

「エミリアは、何も心配しなくていいよ。具合が悪いって聞いたから、少しゆっくりできる場所へ行こう」


 俺は手綱をぎゅっと強く握り、急ぎ修道院を後にした。



 + + +



 街から少し離れた、空気の澄んだ湖畔にある屋敷で俺たちは暮らした。俺が報奨金で購入したものだ。以前は王都の裕福な家族が別荘として使っていたらしい。


「ほら、エミリア。もう少し食べて。僕が作った朝食は、美味しくない?」

「ううん、美味しいわ」


 魔王討伐の旅の間、野宿をする際の料理は、よく俺が担当した。仲間の誰よりも俺の料理は好評だったから。

 修道院にいる時には皆と同じ食事を取っていたから、こうしてエミリアだけに俺が特別に用意したことはなかった。マヨネーズとチーズと牛乳の入ったふわふわとろりとしたオムレツを、エミリアは少しだけ口に運ぶ。


「すごくきれいなオムレツ。アルディーン、意外と器用だったのね。ルカーシュみたい」


 どきりとした。確かにアルディーンは、何でもできるようにみえて、実は細かい作業が苦手なところもあった。旅の途中で食べたアルディーンの料理は、材料をぶつ切りにして煮るという大雑把なものが多かった。それも美味しかったのだが。


「……ルカーシュに教えてもらったんだよ、旅の間に」

「そうなの」


 俺を見つめてふわりとエミリアはほほえんだ。でもその頬はこけていて、美味しいと言いながら半分も食べることはできなかった。エミリアの体調はなかなか良くならない。


 湖の側に散歩に行くときは、エミリアが倒れないように手を握った。


「……ね、アルディーン」

「うん?」

「旅立つ時、私にキスしてくれたよね」

「…………」


 一瞬、めまいがした。

 そうだ。二人は想い合っていたから、キスをしていたって何も不思議じゃない。いつ戻るか分からない旅に出る。別れと、再会への願いをこめたキスだったに違いない。

 心臓をぎゅっと握りつぶされるような感覚に襲われたが、俺はその痛みを無視した。


「……ごめん、エミリア。前にも言ったけど、死にかけたせいでいろいろ記憶が混濁してしまって」


 死んだはずだったアルディーンが戻ってきたことについて、俺はエミリアに「自分でも死んだと思ったけれど、実は何とか生きていたんだ。一時的に記憶を失ってさまよっていたから、戻って来るのが遅れてごめん」という苦しい言い訳をした。エミリアはそれを信じてくれた。


「……そうだよね、ごめんなさい」


 寂しそうにエミリアがつぶやいたので、俺は慌てて言い加えた。


「でも、エミリアのことを好きな気持ちは変わらない。ずっと好きだよ。一秒だって忘れたことはなかった」


 するとエミリアは立ち止まり、じっとこっちを見つめた。


「ほんとう?」


 俺はしっかりとうなずいた。

 アルディーンがエミリアを想っている。これだけはうそじゃなく、紛れもない真実だった。旅の途中で、アルディーンは俺に話してくれた。エミリアを好きなこと。故郷に戻ったら結婚して幸せに暮らしたいこと。

 その時アルディーンは俺に尋ねた。


『ルカーシュ、きみは? 本当はきみも――』

『そんなわけない。前にも言ったはずだ。エミリアのことは妹みたいに思ってる。おまえが幸せにするというのなら、俺だって安心だ。応援する。絶対に泣かすなよ』

『もちろん。約束するよ』


 約束したのに。アルディーン、なぜ死んでしまったんだ。エミリアは泣いて泣いて、涙が枯れるくらい泣いているじゃないか。おまえだから、俺は諦めることができると思ったのに。


「嬉しい。ありがとう」


 柔らかくほほえんでエミリアは、俺の手をぎゅっと握った。か細い手にはあまり力が入らないけれど、それでも感じたエミリアの体温に、俺の胸は締め付けられる。


 うそをついて、ごめん。だましていて、ごめん。

 せめて、守るから。アルディーンとして、一生きみを守る。



 + + +



 街に出て、食材を買う途中、俺は足を止めた。

 宝石店。今までは縁がなかったけれど、今なら少し余裕がある。俺は店内に入って頭を下げた。


「顔にけがをしているので、フードのままでも大丈夫ですか」


 いまや有名人となったアルディーンの顔を隠すためだが、普通に怪しまれるだろう。こういう店ならなおさら。はじめに断りをいれると、初老の店主はにこやかに了承してくれた。


「何かお探しですか?」

「……スカイブルートパーズっていうのは、ありますか。できれば、ブレスレットで」


 かつて旅の途中で、アルディーンは俺にそれを教えてくれた。


『ルカーシュ。見てくれ、この宝石。エミリアの瞳の色だ』


 嬉しそうなアルディーンの手には、青く澄んだ輝きがあった。優しく淡い色が、エミリアを思い出させた。


『今まで、何も買ってあげられなかったから。どうだろう、喜んでもらえるかな』


 俺もアルディーンも、道中で魔物を討伐した際に時折もらう謝礼が、少しずつたまってきていた。


『ああ、きっとエミリアに似合う』


 だが、アルディーンがエミリアに贈るはずだったブレスレットは、アルディーンの体とともに消滅した。


 俺は店主が出してくれたブレスレットを買った。細い金のチェーンに、空色の粒がいくつか散りばめられていた。

 エミリアの元に戻ると、それを渡した。つけてあげると、エミリアは腕を少し上げてじっとブレスレットを見つめていた。


「きれい。それにかわいい」

「エミリアの瞳の色だから、これにしたんだ」


 もともとは、アルディーンが選んだ。エミリアのための色。


「すごく嬉しいわ。ありがとう」


 俺を見つめたエミリアの頬に、ほんの少しだけ赤みがさす。俺は心からほっとした。

 再びブレスレットをつけた自分の腕に視線を戻して、エミリアは困ったように弱々しい笑みを見せた。


「……私、こんなに細くなってしまっていたのね。もう少し、食べなきゃだめね」



 + + +



 ある時、湖畔にある大木に背を預けて、二人でのんびりと風にあたっていた。エミリアは俺の肩に、そっと頭を寄せている。


「空がきれいだ」


 俺がつぶやくと、エミリアもゆっくり視線を上げる。

 どこまでも澄んだ空が広がっていた。薄い雲がゆっくりと流れている。湖に集まった白い鳥が、美しく羽ばたく。


「あの青、エミリアの瞳みたいだ」

「……これと、一緒ね」


 エミリアはブレスレットにそっと触れて、柔らかくほほえむ。それからエミリアは、再び空を見上げた。


「魔物がいたころは、のんびり空を見ることなんてできなかった。こんな風に過ごせるのも、アルディーンやルカーシュが頑張ってくれたおかげね」

「……エミリアが待っていてくれたから、頑張れたんだ」


 そう答えると、エミリアは少し目を伏せた。


「……二人を待っているのは、つらかった。心配で、何もできない自分が嫌で。でも二人が頑張っているんだから、私も頑張ろうと思ったの。だけど、アルディーンが命を落としたと知って、もう頑張れなくなった」


 俺は思わず息をのんで、緊張した顔でエミリアを見つめた。

 何と言えばいいのかと俺がためらっていたら、エミリアは俺の肩から離れ、しっかりと俺を正面から見つめ返した。


「でも、もう一度頑張りたいって、今は思うの」

「……エミリア」


 俺は心底安堵して息をついた。エミリアは静かにほほえむ。


「前から、街にいいお医者様がいるから行ってみなさいって、院長先生から言われていたの。でも行けなかった。とてもそんな気持ちになれなくて。でも、行ってみようかなって思っているの。少しは眠れるようになるかもしれないし、あなたの作ってくれた料理を、残さずにちゃんと食べたい」


 エミリアの言葉が、俺は震えるくらい嬉しかった。俺はうなずいて、エミリアの手を取る。


「それがいいと思う。でも、無理に頑張らなくてもいいよ。ゆっくりでいいから。食事だって残していいんだ。エミリアの好きなものを、僕がいつだって作るから」


 そうするとエミリアは、涙がでるくらい美しいほほえみを見せた。


「ありがとう、ルカーシュ」


 ……今、何て言った? 俺は驚愕して目を見開いた。


「……エミリア、何、言って」

「ルカーシュ。何か不思議な魔法を使っているんでしょう?」


 喉の奥から、何も言葉が出てこなかった。何で? どうして? 頭の中でそればかりがこだまする。

 俺はうろたえていた。エミリアが俺の手をきゅっと握り返した。


「私、アルディーンを失ったつらい気持ちは、永遠に続くと思っていたわ。でも、違った。少しずつだけど、思い出を思い出として受け入れられるようになってきたの」

「エミ、リア……」

「だからルカーシュ、もういいよ。ありがとう」


 俺は一度目をぎゅっとつぶり、それから心を決めてまぶたを上げた。目の前には、優しい瞳をしたエミリアがいる。


「……だましていて、ごめん」


 震える声でそう言うと、エミリアは首を横に振った。エミリアはそっと手を伸ばして、俺の、いやアルディーンの頬を、優しく一度だけなでた。


「私の知らなかった、少し大人になったアルディーンに会わせてくれてありがとう」

「……アルディーンがエミリアを好きだと言ったのは本当なんだ。あいつは俺に話してくれた。エミリアを好きだって。戻ったら、結婚したいって。きみの瞳の色をした宝石を見つけたのもアルディーンなんだ。あいつはいつも、いつもきみを――」


 堰を切ったように話して、最後の方は言葉にならなかった。目から勝手に涙がぼろぼろと零れ落ちていく。


「ルカーシュ、ごめんなさい。あなたにも悲しむ時間が必要だったのに。私のためにずっと我慢をしてくれた。……ねえ、どうやったら魔法はとけるの?」

「……でも、アルディーンが」

「もういいの。きっとアルディーンは、私やルカーシュの幸せを誰よりも強く望んでいてくれたはずだわ。だからルカーシュ、あなたに戻って。あなたは、あなたよ」

「エミリア……」


 そして俺は、ゆっくりと解除呪文を口にした。細かい光が俺を包み込んでいき、俺は目を閉じる。

 魔法の光が消えたのを感じ、再び目を開いたら、エミリアがほほえんでいた。


「ルカーシュ」


 もう二度と戻ることはないと、もう二度と呼ばれることはないと思っていた。俺の体が、心が震える。


「側にいてくれて、ありがとう。あなただとすぐに気がつかなくてごめんなさい」

「魔法は完璧だった。どうして……」


 俺のかすれた声に、エミリアはふふ、と笑う。それから俺の顔に手を伸ばして、張り付いた涙を拭ってくれた。そうしてくれるエミリアの頬にも、光るものが伝っている。


「さすがは魔王を倒した魔法使いの魔法ね。でも、何となく。一緒に過ごしていたら、分かるわ。二人とも私の大切な幼馴染だもの」

「……俺は俺を捨ててでも、エミリアの側にいたかった。きみに元気になって欲しかった。エミリアが大事なんだ。ずっと」

「ありがとう、ルカーシュ」


 そう言ってエミリアは、涙とともにほほえんだ。


「私、アルディーンが命をかけて守ってくれた世界を、もっと知りたいの。ルカーシュとアルディーンの旅の話を、たくさん聞かせて。ルカーシュ、これからも側にいてくれる?」


 俺はエミリアの小さな体を抱き寄せていた。エミリアを抱く手に力を込める。壊れてしまわないように、できるだけ優しく。


「エミリアの体調が良くなったら、一緒に旅に出よう。アルディーンが一緒に過ごした仲間にも、会いに行こう。みんなでアルディーンの話をしよう」

「……うん。私、きっと元気になるから、待っていて」


 俺はそっと彼女を抱く腕をといて、彼女ともう一度見つめ合った。二人とも泣いていたけれど、無理に止めようとは思わなかった。彼女の瞳の奥に、いつかあったまぶしい光が、少しだけ戻ってきているようだった。


「いつまでも待つ。ゆっくりでいいんだ。エミリア、一緒に生きていこう」


 魔王を討つ旅は終わった。大切な人を失った。それでも、人生は続いていく。

 決して消えない記憶と一緒に、俺とエミリアはこれからも生きていく。

(THE END)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい気持ちをありがとうございました(´;ω;`)
[良い点] 心の美しい人しかいない…!! 切なくも暖かい素敵なお話でした。 2人にはこれから楽しい事や幸せな事しか訪れませんように! [一言] 作者さまの作品はどれも大好きです( ´ ▽ ` )
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