1話 童貞の殺し合い生活
童貞バトルロワイヤル 1話
「今日は皆さんに殺し合いをしてもらいます」
ある廃ビルの一室に40脚ほど並べられた椅子と長机に座った成人男性の面々を前に、どこかで聞いたことがあるセリフが響いた。
僕、小岩井みなと(32)はなぜここにいるのかが理解できなかった。目を覚ました時には椅子に座らされており、声をあげられないよう猿ぐつわを付けられ、手は前にまとめられた状態で目覚めた。ここはどこだ?会社の会議室のように見える。だが自分が所属している会社の一室ではないことは確かだ。周りの人々がうめき声をあげながら目覚める中、前方におかれたホワイトボードにはいくつかの禁止事項が書いてあった。
・会話は禁止
・その他、周囲のものとコミュニケーションは禁止
・席を立つ行為は禁止
上記を破ったものは即刻死刑とする、なお説明会は12時より行う
つまるところ、目覚めてもそのまま待機しておけという指示が書いてあった。時計は11時50分を指している。「説明会」まで10分だ。
もちろん、ホワイトボードにかかれた内容を守らない者が出た。
「んー!んー!」
席を立ちよろよろと前方へ向かっていく男は165㎝程度であろうか、短くそろえられた黒髪に太い眉毛、少しでたお腹、年齢は20代半ばだろうか、いや、30代だろうか。黒ずんだ皮膚・曲がった背骨からは40代にも見える。彼がホワイトボードにたどり着いた瞬間、前方にある出入口が開きパンという音とともに彼の血液がはじけ散った。一瞬で空気が止まった。唸る声も聞こえなくなり、緊張感の走る空気の中、ホワイトボードに書いてある内容は本当であるとその場にいる皆が理解した。
周囲を見渡すと先ほど死んだ彼のような人が多く、年齢は20代~40代程度の男性ばかりが集められていた。皮膚やたたずまいが灰色のような人間たちの中に一人、僕の斜め後ろに座っている青年は、髪が少々長く、髪の色は綺麗に金色に抜けており、美麗な顔立ちをしていた。化粧をしているのだろうか、最近の若い男の子は薄く化粧をしている子たちがいるとyoutubeを見て知っている。そのような男性も、その場にはいた。
12時。秒針までもぴったり12時を指した瞬間に部屋に入ってきた男は、小柄で眼鏡をかけた男だった。この男に会った人のうちの7割、いや9割が、あの国民的漫画であるドラえもんに出てくるスネ夫に似ていると感じる容姿であった。もうスネ夫にしか見えなくなってしまったが今この場で笑ってしまうと射殺されるだろう。肩を震わせている者が視界の端に入った。
「今日は、皆さんに、殺し合いをしてもらいます」
彼は言い放った。一瞬ときが止まった。この一節は、僕が思春期のころヒットした小説「バトル・ロワイヤル」に出てくる。映画・漫画化もされ、デスゲームの先駆けとなった作品だ。当時僕も夢中になって読んだ。あまりもう中身は覚えていないが、無造作にピックアップされた高校の1クラスが、クラスメイト同士で殺しあいをするという内容であった。もし自分がそのような状況になったら、早い段階で海に身投げしていただろうと、16歳の頃の僕は思った記憶がある。
違うのは、僕らの前に立っているのは北野たけしではなくスネ夫であり、集められた面々はおじさんだということだ。
「このシチュエーションをご存じの方が多いかと思いますが」あちらも半笑いで話を続けた。
「ここにいる皆さんは、いわゆる童貞の皆さんです。未婚で女性との接点がない方々です。」
「私たちの会社では、君たちの人権を買い取り、ある実験をさせていただく次第となりました。」
「その内容とは「いい年して童貞の皆さんは生物として劣っているのではないか、社会的活動も満足にできていないのではないか?」という疑問に対し、統計を取ったところ、人より多く稼ぎ多く納税するものも少なく、何かを発明するでもなく、子供を残すこともなく、社会のお荷物である者が圧倒的に多いという結論が出ました。つまり、あなた方は非生産的であり、ただのうんこ製造機であるということです。」
「なのにもかかわらず、あなた方の持っているインターネットに接続できる端末、プロパイダのIPアドレスや書き込み履歴をたどらせていただいた結果、何かしらに不満をぶつけていることが多く、僕たちは落胆しました。」
「何も生産することもできず、誰かのためになることもならず、職場では足を引っ張り、社会で躍進している者たちにヤジを飛ばす。消費者として優秀かといえば稼ぐお金も少なく使い道もパッとしない。そんな人間が、社会に必要でしょうか?」
「そして、そんなあなたたちも、食事をする。」
「なぜ非生産的なものを大事な資源を使って生き延びさせねばならぬのでしょうか? ここらで間引きが必要なのではないでしょうか?」
周囲から絶望と憤怒の息遣いを感じたが、ここに居るのは小説とは違い社会人である、目の前に転がった死体を見た上で下手に動くものはいなかった。
「そんな皆さんに、殺し合いをしていただこうと思います。
私はあなた方が生きている意味をしりたいのです。極限状態に陥った場合、生きるために何かしらの能力が開花する可能性もあります。どうぞ、みせてください。良い働きをしたものは好待遇で私共の会社にお招きいたしましょう」
行くものか。ここにいる全員が思ったことだと思う。
「勝利者の条件は2つ」
スネ夫はホワイトボードに大きく書き記した
・最後の生き残りには豪華報酬
・誰も死なずに1週間すごせた場合、報酬はなくそのまま解散、全員の釈放
・1名以上の死亡者が出た上で1週間たっても決着がつかない場合、全員を射殺
「ここは無人島であり、あなた方はこの後一人ずつこのビルを出て行っていただきます。その際にそれぞれ武器の支給は行います。」
「では皆さん、アンケートを用意いたしますのでしばしそのままで」「動いたり話したりしたものは即刻処刑いたします」
その一室に10名ほどの女性と10名の男性が入ってきた。拘束されている童貞の手錠を外していき、また白紙と鉛筆を置いて回った。その気になればその鉛筆で目の前の女性を刺しこの場からの逃走を試みることもできただろうが、10名の体の大きな男性が室内の各所でこちらに向かって銃を構えていた。
「ここで最後に残ったものに対する報酬の説明となります」
「このようなハイストレスの状況で的確な判断により生き延びることができたものには
10憶円の報酬と、誰でも、好きな女性とセックスする権利をお渡しいたします」
音はたてなかったものの、周りの空気は一瞬ゆがんだ。
手錠を外した女性陣はホワイトボードの前に並びこちらを見て微笑んでいる。
「また勝利者に選ばれた相手の女性にも10憶円の報酬を用意しています。
つがいになって20憶円の資産を手に入れるもよし、それぞれ10憶円で人生を楽しむもよし。どうぞお好きに。」
「それではそこの紙に、あなたがセックスしたい女性の名前をかいてください。」
僕は、頭を抱えた。
また、渋谷の交差点にて声を上げる女性が一人。渋谷の交差点のスクリーンに、この度のプロジェクトの概要が表示された。
深くかぶった帽子にマスク、帽子から落ちる髪の毛はよく手入れされており、服から延びる手足は白く長く細く美しい。
「何ですか…?このプロジェクト…私がアンケート1位だなんて、よく知らない人とセックスするなんて非道すぎます」
震える手でラインを送った相手はマネージャーだろうか。
彼女はあの下衆なプロジェクトの「セックス対象者」として、10名から名前があがった齢24歳の国民的女優、橋倉アカリであった。
場所は日本、7月。一部屋に閉じ込められた童貞も、名前を挙げられた女性たちも、みな、暑さと地獄と血の匂いにめまいがした。