表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルマツサクラ  作者: レム
5/5

5話 退屈

「退屈……」


 天井に向けて手を伸ばす。虚空を掴み取る様に思いっきり握るが、掌の中には何もない。

 バタン、と脱力し自由落下に任せて腕がベッドに落ちてきて揺らした。

 枕元に置かれているスマホはここ数日まともに弄っていないが、一件も着信が届いていない。友達が一人もいない彼の不登校を案じて連絡を送ってくれる人はいない。しかし、景はそれについて何か思う事はない。

 友達とは言い換えれば利害関係が一致した同士、と言える。誰かが自分にとって価値があるから付き合う。逆に言えば価値がない人とは疎遠になっていく。小学校や中学校の友人関係を見ればわかりやすい。学校と言う共通点を失ってしまえば会う事はない。

 世の中には友情がどうだこうだ、と言うが、それだって友情を分かち合いたいから付き合っているだけ、誰とでもいいなんて人はいないはずだ。

 むしろ、景は自分に友達がいないのは自分に釣り合う人間がないためだと決めつけていた。

 ただ茫然と時間が流れていく。勿体ない、それは重々分かっているが、だからと言ってどうにかなる問題でもない。

 学校に居場所を失った生徒は何もできない。ぼーと天井を眺めるだけで、行動意欲は全然湧き上がってこない。机に上には未解読の専門書が置かれているので暇つぶしが出来ないわけではないが、どうにもこうにもやる気が出ない。


 カチッ、カチッと時間の針が進んでいく。

 時間の無駄である。

 物心ついてからは全力を出した事が無い。やってみたいと思えた事もない。

 人は基本的にできる事と出来ない事に分かれている。本当に天賦の才能を持っている人はその道を究めていく。または出来ない事が悔しくて出来るようにする。物事を始めるきっかけは結局、このどちらかである。

 だったら、そんな唯一無二の才能を持っている天才を簡単に凌駕し、出来ない事など何一つない景はどこに進めばいい?

 人は彼を羨ましそうにする。確かに表面だけを見れば羨望の眼差しで見て来てもおかしくないと思うが上り詰めた頂点の景色は余りにも絶景過ぎた。本当に想像を絶する程に真っ白で何も見えなかった。

 部屋には数多くの賞状が飾られている。他にも彼の功績を称えるメダルや盾など、数えるのも憚られる程の数だ。小さい頃は楽しかった。色んな事で一位を取れる事が。

 景だって普通の子供に過ぎなかった。物語に出て来る様な悲痛な人生を背負わされているわけでもなければ、家庭内が険悪で日々暴力を受けていたとか、そもそも両親がいなくて一人で生きてきた、とかそんな背景は存在しない。

 どこにでもいる子供だった。少しだけ、周りよりも優れていて本心も自覚して数多くの事に挑戦していただけ。


 転機となったのは、やはり竜王戦だった。

 それまで彼は小さな大会にしか出場していなかった。特別な組織やクラブに所属していなかったため、出場できる大会は一般的に解放されている部類に限られていて、一応の自重は見せて全国以上の大会には出場していなかった。子供ながら自分が一番だと信じたいのだが、全国になれば自分よりも優れている人はたくさんいる。その事が分かっていてもどうにも真実として受け入れられなかった。

 だから、小さくても一番になれる規模を選んだ。

 その一環で将棋の地方戦にも出場した。ポンポンと一秒以上考える事なく、一つの敗北も許す事無く彼は竜王になった。その事が彼の人生を歪めてしまった。

 あれ以来、数回だが、自分の中で封印していた全国規模の大会に出場したが、人よりも優れ過ぎている洞察力、記憶力、演算力等を駆使すれば勝つ事は難しくなかった。

 彼にとっても優勝はただの作業であり、自分の中の知識の確認である。新しく覚えた知識でどこまで戦えるのかを確かめたかったのだ。

と、同時に自分よりも優れた人を探していた。


 ――だが、そんな人間は高校三年生になった今でも現れていない。

 ごそごそ、とスマホを取り出してニュース記事を確認する。記事はある意味同じ内容が綴られている。

 ――街中で殺人事件が。

 ――政治家の汚職問題が。

 ――国際的緊張が高まって。


 興味がない人なら簡単に読み飛ばしてしまう内容で、興味があってもそこまで深く読み込むかは別の話で、大体の人が『ふ~ん』で終わってしまう。

 景も同じで、特に興味がない。でも、その感情は他の人と異なっていた。要は路傍に転がっている石の大きさがどうだこうだと言っている感覚に近い。

 あるいは、自分よりも劣っている人間のじゃれ合いでしかない。

 不遜な態度を隠す事はしない。それが真実だから。だからと言って表立って人を蔑む事もしない。

 景と本当に意味で分かり合えるのは同じ境地にいる存在だけで、周りには同格の存在がいない事は確認している。同程度に価値観を持っていなければ会話は成立しない。

 彼が学校を拒む一つの理由でもある。


 ――彼に分からない事があるとすれば、なぜ、他の人が自分に追いつけないのか、なぜ、こんな簡単な事も出来ないのか。

 

 侮辱としかとれない言葉であっても、彼にとっては真剣な悩みである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ