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ハルマツサクラ  作者: レム
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4話 苦悩

 中間試験が終わった次の日、朝日が昇って気温がどんどん上昇していく。夏の気配はすぐそこまで近づいていて、後一か月もすれば人が最も開放的になる季節がやって来る。既に、衣替えも済んで制服だけではなく心までも軽くした人が多くみられる高校周りの通学路。

 テストが終わった開放感で弾ける笑顔を並べているが、同時に返却されるテストに戦々恐々としている生徒だって多くいる。

しかし、その群れの中に景の姿は見受けられなかった。


「ふぅ……」


 周りがすでに行動を始めているのに景は自分の部屋の中で机に向かい本を読んでいた。

 それは自分が九ヵ国語目に覚える言語で書かれている研究書だった。高校や大学では絶対に勉強しないマイナーな言語で、日本にいる通訳だって一桁くらいだろう。

 その本を読み始めたのは三日前、答えが分かっている試験勉強をする気分にはなれずに本の翻訳に必死になっていた。何度でも言うが、知らない言語を見たって、翻訳するコンニャクを食べた後みたいに答えが自ずと見えてくるわけではない。

暗号文を手渡されても答えが出せるわけではない。あくまでも、変換アルゴリズムを理解する必要があるので、知らない言語の場合は片っ端から試していく。途方もない作業だが、彼にとっての数少ない娯楽の一つだ。

 夢中になって翻訳作業を進めていると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。


『景、今日はどうするの』


「……いつも通りだよ」


『そう……』


 順調に進んでいた作業は一旦手を止める。嬉々としていた表情は曇ってどこか憂いが見えた。

 部屋の外、廊下にいるのは景の母親だ。専業主婦で基本的に家の仕事をやっていて、毎朝、必ず声をかけてくれる。


『ごめんね、お母さんは景の苦しみを理解できないから』


「うん、大丈夫だよ、もう……慣れた、から」


『気が向いたら出て来てね』


「うん……」


 どちらも遠慮しているのは言葉の距離感からよく分かる。心に踏み込みたくはないけど、傍観もしていられない、と言った感じだ。

 母親が廊下を歩いて階段を下りていく。それを確認すると、景は再び作業に戻ろうとしたが、気分が乗らない。無感情のままベッドの上で、仰向きで寝転がった。

 世の学生が学校に行っている中、部屋に閉じ困っている景はどんな言い回しをしても引き籠りで不登校なのである。他の不登校の人と違う事があるとすれば、彼には自覚があった。それは、引き籠りとしての自覚もそうだが自分の行動で親が悲しんでいる事を理解している。

 だとしても、景が他の子供みたいに学校に通える日が来るのは遠い、いや、訪れないと考えていい。

 ――なぜなら。

 ――彼は優秀過ぎた。

 故に、疎外感を味わった。そう、まさに、出る杭は打たれたのだ。


 学校は社会の縮図と仮定しよう。そうすれば、社会が全体になる。社会に必要な人材、良く言えば就職活動で人事の担当――面接官が口にするのは『他の誰とも違う君の輝きを見せて欲しい』と言ったところか、このままの文面だと、ただのナルシストっぽくなるので表現を変えてもこんな感じだ。


『社会は意外性のある人物、個性を求めている』


 しかし、現状はどうだろう。

 仮に就活の面接――公務員系の面接で周りが自己アピールで趣味や人生の背景など真面目な事を言っている中でアニメを絡ませた自己アピールをした就活生がいたとして、その人は通過する事が出来たのか。

 断定はできないが落とされるだろう。

 理由は簡単だ、周りとの違いが明確に浮かんでどちらが優秀なのか分かり切っているからだ。

 学校でも同じ事が言える。

 なんやかんや個性が重要だと主張していても結局、学校は同一の人間を作る場所でしかない。事実、社会が求めているのは個性のある人材ではない。端的に言えば愛社精神が強く、適度に使い捨てられる人間だ。

 社会において、景の存在は余りにも有益過ぎた。だからこそ、怖がられてしまう。

 人間はいつだって自分が受け入れられる存在に安心感を覚える。一歩ならまだしも遥か先を行っている人間に対して平常心で当たる方が難しい。

 人は多数決を重んじる。

 ただ一人、飛び抜けた能力を持っている景は数の暴力によって完全に孤立してしまった。

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