3話 天才
生徒が帰ったお昼過ぎ、職員室では今日のテストの教科担当が試験の出来栄えを見ていた。全員の答案に興味はない。あるのは一人だけ。それもどうかと思うが、気になるものは仕方がない。
景の答案である。
やっぱり、と口を揃えて言う。
成宮景は一切のミスなく満点だった。例えそれが数学の途中式や、英語の長文和訳、古文の口語訳でも見本解答と言われても信じてしまう。あり得ない精度で綴られた解答にため息を漏らすしかできない。
彼が学校に来るのは決まって試験の時だけである。
高校は中学校ではない。
やろうと思えば学校は彼を退学にする事だって出来る。しかし、現状では一回も退学勧告が出されたことはない。
理由は簡単だ。
天才が卒業した学校か、天才を退学にした学校ではどちらの方がより良い評価を受けられるのだろうか。それはきっと、火を見るよりも明らかである。私立ではなく、あくまでも公立高校なので最終的にはそう言った処分を出さざるを得ないだろうが、幸いに景は、試験は受けてくれるので学校としても卒業させたい気持ちが強い。
翌日、日本史や化学などの試験も景は受けて、これまた模範解答で満点をたたき出した。
――神童。
――秀才。
――天才、エトセトラ。
そう呼ばれる子供がいる。ある特定の分野において輝かしい成績を残している子供の事である。しかし、その大半が早熟の才能だっただけと言う事が多い。他にも大器晩成型の人に追いつかれた例だってある。
学問のすゝめではないが、人の上に行くのは並大抵の才能や努力では無理である。だが、絶対にいないわけではない。
数少ない人の上に行く資格を持ち合わせたのが景だった。
元々、秀才の子として知られていた。しかし、小学校低学年のテストは基本的に横ばいに並んでいる事が多い。彼は別に特別な事に挑戦しなかった。与えられた課題を淡々とこなしていた。
そんな彼が頭角を現したのが、今年十八になる九年前の将棋のアマチュア棋戦の時だった。気まぐれで出場した大会で対局の一時間前に初めてルールに触れて半分だけ覚えて対極に挑んだ。
結果は、全勝。
アマ竜王となり、本選に進んだ。そこでも彼は止まらなかった。史上初の六組を勝ち上がると挑戦者決定戦も勝ち上がり、最後、竜王七番勝負では早々に四連勝を収めて史上初尽くしの若き竜王となった。
当時まだ十歳。
それだけでもすごい快挙だったが、棋士やマスコミ、世間が注目したのはそこではない。
全対局、七番勝負に至っても彼が使った時間は約二百五十秒。四局で二百五十秒、つまり、一局当たり六十秒程度しか使っていない。手数も平均六十余なので、彼は一秒に一手、ほとんどノータイムで返していた。
ただ返すだけなら誰だって出来たが、恐ろしいのはすべてがコンピューターの演算上、考えられる最善手だったのだ。
防衛に回った竜王戦では、名人位を持っている挑戦者に指導将棋を指した。きちっと相手の棋力を見切ってしっかりと手加減をして一手差で負けて失冠した。それ以来、将棋は一回も指していない。
その他では中学、高校の全国模試では全科目満点で一位を譲った事はない。
どちらにせよ、彼が自分の記録を誇った事はない。
彼にとってその程度の事は誇るに値しない些細な事だからだ。
例えて言うなら大学生が一+一=ニだと言い切る様な物だ。単純な足し算で大学生がドヤ顔をするとは思えない。答える事が出来て当たり前。景からすれば片手間で竜王になった事も、半分寝ながら満点を出した全国模試も等しく出来て当たり前だった。
しかし、彼は全知でもなければ神様でもない。知らない知識が必要な問題については答えを出す事は出来ないし、数値化して相手の感情を読み取る様な特殊能力だってない。
強いて言えば記憶力、判断力、演算力などが人よりも数段優れているだけ。
よって、ノータイムで指す事が出来るのは最善手を一瞬で演算し、判断を間違えずに打って来る。それが、一秒足らずだっただけ。
模試だって覚えた知識を忘れずにどんな風にも応用が出来るのでストロボで暗闇を照らす様に答えが鮮明に照らされるのだ。
答えが分かればなんて事はない。
景は他の人よりもちょっとだけ優れていただけ。しかし、現在の社会でそれは致命的過ぎる欠陥でもあった