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ゲン担ぎと感謝

 あのギャルとの一件の後、私は真田を避け続けるようになった。別に後ろめたいことではないって思ってたはずなのに、いざ知られてしまったかと思うと動悸がおさまらないのだ。

 廊下で見かけては避ける日々を続け、体育でも関わらないように離れたところをキープした。

 

「で、いつの間にか年が明け、年度も変わって三年生になっていたと」

「……はい」

 冬は終わり春になって、私のスカートの時期は終わってしまった。合同体育で話せたはずの時間も、二月にあった修学旅行で話せたはずの時間も、全部全部自分から捨ててしまった。

「バカだな、天羽。本当にそいつが真田に言ったのかも確認しないで、いろんなチャンスを棒に振って」

「ほんとそうよ。あたしだったらそんなの関係なしにグイグイ行くのに」

「……おっしゃる通りです」

 滅多に人が通らない中庭で洲崎と倉橋さんに説教されているこの状況を、二年の夏頃の私は想像できただろうか。


 クラス替えが行われ、私と真田は合同体育でも同じにならないクラスに、一方でまた洲崎と同じクラスになった。去年までは真田はよく昼休みに洲崎に会いにクラスに遊びに来ていたが、受験生ということもあり滅多に来なくなった。

 今まで真田と過ごしていた時間を、洲崎は私にくれている。

 そして何故か真田のことを諦めたらしい倉橋さんも時々参加している。

 不思議な状況だが、そのおかげで私はようやく誰かに相談することができた。


「なんで私、あの人に嫌われてたんだろう」

「さあ。その人も真田のことが好きだったんじゃないの? あたしが言うのもアレだけど、女って何するかわかんないから」

「だったら、いいんだけど」

 先輩だったから、もう卒業して会うこともない。結局真相はわからないまま、私の心に傷を残していった。

「天羽はどうしたいんだ」

「どうって、なにが」

「真田とどうなりたいんだ?」

 さあっと風が吹く。目の前の洲崎はいつになく真剣な目で私を見ていた。隣の倉橋さんも同じ顔で私を見ている。二人ともこんなに面倒見良かったっけ、と思わず苦笑してしまいそうになる。でも、私の表情筋は動かなかった。

「わかんないや」

 ただ、またいつも通り話せるようになりたい。

 そう告げた時の二人の顔は、納得したようでどこか悲しげに見えた。


 そろそろ行かなきゃ体育に間に合わないから、と倉橋さんは先に教室に戻った。彼女は私たちとも真田とも違うクラスだが、合同体育は真田と同じ側だった。

「倉橋さん、突然態度変えてきてなんか怖い」

 思わず呟いてしまった言葉を、洲崎は苦笑しながら拾ってくれた。

「あいつ、修学旅行で真田に告ったらしいよ」

「――そうなの」

 初耳だった。

「で、フラれてスッキリしたんだってさ。もともと面倒見のいい性格らしいから、他意なんてないと思うぞ」

 正直、真田のことを諦めたと聞いた時は嘘だと思った。また何か企んでるのかって思ってた。

「――そうなんだ」

 ああ、彼女はなんて強いのだろう。その強さを私にも分けて欲しいと切実に思う。彼女のようになれたらいいのに。


「文化祭で俺、繭描いたの覚えてるか」

 突然どうしたのだろう。

「覚えてるよ。明るい色の繭が三つと、暗い繭が一つってことくらいだけど」

「その暗い繭でモデルになった人、真田に聞かれたけど答えなかった。でも、天羽には教える」

 そういえば真田、聞くとか言っていたっけ。教えていなかったんだ。でも、なんで私に。

「――だよ」

 風の音と、予鈴を告げるチャイムの音が洲崎の声をかき消す。けれども、口の動きで誰なのかわかった。

「理由は言わないでおく――俺たちも教室に戻ろうぜ」

「……うん」

 青がかった灰色の繭。その奥に赤や黄色が見えた繭。

 洲崎はどうしてそんな色を、真田に使ったのだろうか。





 季節が過ぎるのは早く、あっという間にセンター試験前日になった。

 変わったことといえば、倉橋さんとよく過ごすようになったこと。クラスは違うのに昼休みになるたびに教室に来て、一緒に過ごすようになった。周りはざわついていた気がするけれど、彼女は全部無視していたので私もそれにならうことにした。たまに洲崎を巻き込んでいたけれど、基本的にとりとめのない話をただするだけ。そんな風に時間は流れて行った。

 キツめのメイクをやめ受験生としての正しい恰好と言ったら変だけど、落ち着いた恰好に変わった彼女はきっと誰よりも可愛い。この姿の時に真田にアピールしてなくてよかった、なんて勝手にほっとしてる自分がいた。実際にそう伝えたら卵焼きを全部とられた。

 思っていた以上に彼女は良い人で、友だちになれた気がする。

 未だにカノジョの言葉は思い出される――でも、まだ大丈夫だった。


 真田は就職で一学期から九月頃まで忙しくしていて、私は進学なので夏休みから本格的に勉強漬けになって。真田が集中できるようにとか、私自身の進路のためにとか、真田と自分のために関わろうとすることをやめてしまった。

 でも、三回だけ話せた。


 一回目は七月のプールの時。例によって見学のため体操服のままの私を見て、熱中症にならないよう頑張れよ、と声をかけてくれた。私のほうは突然のことで驚いてしまい、ありがとう、としか言えなかった。


 二回目は九月の終わりに廊下で会った時。ちょうど洲崎と真田が話していたのが聞こえて、真田が就職の合格を貰ったという話だった。思わず、おめでとう、と声をかけてしまい、真田は少し照れくさそうに笑いながら、ありがとう、と言ってくれた。


 三回目は十月末の文化祭の時。文化祭の日でも勉強するため使われていない教室が受験生のために解放されていた。ある程度展示を見た後そこへ行こうとした時に真田とたまたま会った。彼は私に彼のクラス――彼のクラスは就職する人が多く、三年生で唯一模擬店を出店していた――の焼き鳥を奢ってもらった。それが嬉しく、私はありがとうと笑顔で言えた。真田も笑っていた。




 今日はセンター試験を受ける生徒のための壮行会で、もう進路が決定した生徒以外の生徒は早退のような形となる。自称進学校ということだけあり、学年の三分の一近くが壮行会に出ていた。


「ちょっと、あもー」

 下駄箱ですれ違った倉橋さんに突然声をかけられた。彼女は私立を受ける予定だが、センター試験の結果次第では国公立も視野に入れているらしい。

「どうしたの、倉橋さん」

「これ、預かりもの。家に帰ってから開けてってさ」

 そう言って渡されたのは小さな巾着袋。誰から、と聞こうとしたら首を横に振られた。

「匿名希望だってさ。じゃ、明日明後日と頑張ろうね」

「あの、倉橋さん」

「何よ。送り主の事は何も言わないわよ」

「そうじゃなくて、その……」

 聞いてもいいのだろうか。でも、この機会を逃したら二度と聞けない気がする。

「なんで倉橋さんは、私と仲良くしてくれたの

 あんなに嫌っていて、真田の事でも、真田の事じゃなくても絡んできた。この一年、一緒に過ごす時間は長かったけれど一度も聞けていない。

 倉橋さんは少し驚いた顔をして、プッと噴き出した。

「今までやってきたことがなくなるだなんて思ってないし信じられないかもだけどさ、ただあたしがあもーと友達になりたかっただけだよ」

 ああ、なんだ。

 そんな簡単な理由で、友達になってよかったんだ。

「……私も倉橋さんと友達になれて、よかったよ」





 帰宅し、さっそく巾着袋を開ける。バスの中で開けたい衝動に駆られたが、家に帰ってからと言われたら守るしかない。

 淡い青色の巾着袋の中身は、受験のガン担ぎで有名なチョコと柑橘系ののど飴。それから――リンゴの香りのリップクリーム。去年CMでよく流されていた、ゆずの香りのものと同じシリーズのリップクリーム。

 中身を確認して、バスの中で開けなくてよかったと心から思った。私にリップクリームを渡すなんて、彼以外に考えられない。

「……っぐ、うぇっ、うっ……」

 初めて、恋をして泣いた。








 それからの時が流れるスピードはとても早く感じた。

 センター試験が終わり、志望校の最終決定をし、自由登校期間に入り、滑り止めの私学入試と本命の国公立大学の前期試験が終わった。そうなってしまうと、残すのは明日の卒業式の予行と明後日の卒業式、それから合格発表とダメだった時用の後期対策で卒業後も登校することくらいだ。

 きっと私は真田がいなければもっと退屈で、三年間なんて一瞬のような高校生活を送っていたんだろう。振り返ってみても、私の思い出は真田と過ごした一年にも満たない時間が思い出の八割を占めている。倉橋さんや洲崎と過ごした時間も大切だけれど、真田がいなければ築けなかった縁だ。


「……」

 前期が受かっていれば、あと二回しか着ない制服をじっと見つめる。

 校則では、式典時はスラックスまたはスカート、ただし紺のハイソックスということになっていたはずだ。

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