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楽観的に思えたら

 私は真田のことが好きだ。でも、どうしたらいいかわからない。


「好きって言えばいいじゃん」

「……洲崎すざき



 洲崎孝志(たかし)は真田とよく一緒にいる友人で、私と同じクラスである男子だ。

 洲崎と私に接点なんてなかったが、私が真田とよく話すようになってからやたら洲崎からも話しかけられるようになった。

 けれども、恋愛相談――はやってない。言ってない。


「私、何も言ってない」

「目線でバレバレ。俺らが話してる時こっち見てたでしょ。他人に興味向けない奴が急に1人の男子と仲良く話すようになって、目線向けてたら、そりゃね」

 図星すぎて何も言えなかった。


「真田はああ見えて人気あるから気いつけなよ。3組のギャルが狙ってるみたいだし」

「……倉橋くらはしさんでしょ」

 なんだ知ってんじゃん、と洲崎が言う。

 うん。知ってるよ。


 彼女、倉橋佳穂(かほ)と私は仲が悪い。私のスラックスのことについてとやかく言ってきて、最終的には鼻で笑うような人だからだ。私の事情なんて知らないくせに。

 何度か口論をした。それでも、お互い何一つ分かり合えていない。倉橋さんを敵にまわしたくないから、と私に嫌がらせ以外で接触しようとする女子も、減ってしまった。


 お互い口調が綺麗とは言い難く、同じ中学出身の人がいない。

 なのに倉橋さんは人に好かれるカリスマ性を持っていた。

 髪もゆるく巻いて、違反スレスレの短いスカート。モデルかと疑うレベルのスタイルに、可愛い顔。

 ギャルっぽいキツめのメイクさえやめればかなりモテるだろうに。――いや、必要以上の男を寄せ付けないための策略かもしれない。


「真田と倉橋さんって、仲良いの」

「いーや。ふつー」

「……普通に仲がよろしいのね」


 真田は誰にでも優しい。そうでなければ、私なんか相手にしてくれない。

 誰とも仲良くできていて、嫌いだと思っている人なんていないのではないだろうか。いや、いたとしても決して表面に出していない。そういった術がしっかりと身についているのだろう。羨ましく思う。

 真田の優しさは確かな美点だ。

 そうわかっていても、腹立たしく感じてしまう自分が嫌だ。


「ま、頑張れ。俺、今日真田と帰る約束してっから、グッバイ」

「はいはい」

 洲崎は自転車通学。真田も自転車通学。私はバス通学だから、一緒に帰れる2人が羨ましい。

 倉橋さんもバス通学。私とは違うバスだからそこだけはフェアだ。



 終業式の日は雨が降っていた。土砂降りとまではいかないが、そこそこの雨。折りたたみ傘を持ってきていて正解だった。

 バス停までは歩きで、車がそれなりに通る歩道のない道。スラックスに泥が跳ねないよう慎重に歩く。

 後ろからどんどん追い越されていく。バスの便数が少ないからみんな急ぐのだろう。


 シャーッと自転車が横を通る。まだ土砂降りじゃないけど、大抵の生徒は学校に自転車を置いて親に迎えに来てもらっているから、凄いなと思った。カッパも着てないし、男子だなあ、なんて――。


「……え」

 あの横顔。一瞬だったけどもしかして。


「真田!」


 いつの間にか走っていた。足元が汚れる、だなんて頭から吹き飛んで。

 ただ真田を追いかけて、傘に入れてあげたいと思った。

 速くも遅くもない足でいくら走っても彼に追いつくはずはない。けれども運が味方をしてくれて、彼は信号でストップしていた。


「さな、だ……」

「え、天羽さん?」

 彼の元へ近寄り、傘の中に入れる。折りたたみだから小さいけれど、少しでもマシになるだろう。

「カッパも着ないで。馬鹿、風邪引くでしょ!」

 そう言うと、真田は細い目をまん丸にした。

 信号が青に変わる。サドルから降りた彼は自転車をつき、ひとまず渡ることを選んだ。

 その目には戸惑いが多く含まれていて、ほんの僅かだが安堵したような色も含んでいた。


「天羽さん、なんでこんなに走って……?」

「それは、真田が――」

「天羽さん、バス平気なの?」

 バス停は信号を渡ってすぐ近くだ。そちらへ目を向けると、ちょうどバスが着いたようだった。この便を逃すと、次に来るのは一時間後。

 でも、そんなのどうでもいい。元から乗れないつもりだったのだから。

「真田、雨宿りしよう。コンビニ入ろう」

 強い口調で言った。

 彼は困ったように笑う。別に大丈夫だけどなあ、なんて言って。

 けれども、彼は大人しくコンビニまでついてきてくれた。


 コンビニはバス停を越えてすぐの場所にあり、イートインスペースがある。

 夏だから少ないかもしれないけれども、何か温かいものを飲んで、雨が上がるまで待てばいい。だって今日の雨は一時的で、すぐ止むとも言っていたから。


 本当に勝手なことをして、真田に迷惑をかけている。けれども止めるつもりはない。

 真田も、断る様子はなかった。



「コーヒーでよかった?」

「うん。ありがとう天羽さん」

 アイスコーヒーやフラペチーノが増える季節。ホットの商品は少ないから、普通のホットコーヒーしかなかった。砂糖もミルクも要らないと言っていたから、彼はブラック派なのだろう。私と同じだ、と嬉しく思った。

「だいたい拭けたみたいだね」

 空調が効きすぎているけれども、濡れた部分が無くなったから少しはマシになるだろう。


 真田は少し目線を外して、先ほどまで髪を拭いていたタオルを私に差し出した。

「……これ、少し濡れてるけど肩にかけて」

「え? 何で」

「……いいから」

「あ、私も肩濡れてたんだ。ありがとう」

 ありがたく受け取っておこう。私が肩にタオルをかけるまで、真田の目線はコーヒーに向いていた。



 十分ほどで雨は上がり、コーヒーも、少し早いがお昼前だからと買ったおにぎりも食べ終わった。

「天羽さん、本当にごめん。バス来るまであと半時間以上あるでしょ」

「いいよ別に。私こそ、引き止めてごめん。もしかして、急いで帰ってた?」

 今更遅いけれど、もし急いでたのだったらどうしよう。

 けれども真田は笑って大丈夫だよ、と言った。

「雨に濡れたくないから急いでただけ。家帰っても今の時間誰もいないし、別に大丈夫」

「……ほんと?」

「ほんと」

 よかった。迷惑じゃなかった。


 ――でも、流石にこれ以上彼を拘束してはいけない。

「じゃあね、真田。雨上がっても、まだ降ってくるかもしれないから気を付けてね」

 そう言うと、彼は驚いた顔をした。気まずげに目を逸らし、またこちらの様子を窺うように目線を向けた。

「バスの時間まででいいから、暇つぶしに付き合ってくんない?」

「――え」

 真田は何を言っているのだろう。本来暇つぶしをする必要があるのは、私のほうなのに。


「――ありがとう。でも、真田どこ行きたいの? この辺で時間つぶせるとこあんまないよ」

 ああ、彼は優しすぎる。

 それはきっと私でなくても向けるのだろう。

 洲崎。やっぱり私にはわからないよ。

 こういう時、どう笑って言ったらいいのかな。



 私と真田は歩いてすぐそこのCDレンタルショップに来た。バス停からも近く、真田は今日はカードを持っていないが、今度借りるものの下見をしたかったみたいでちょうどよかった。私自身はあまり流行りの音楽を聴かないから、店に来ること自体久々だ。

「真田ってCD借りる派なんだ。買わないの?」

「今の時代自分のパソコンに取り込めるからね。でも、好きなアーティストのしか買わないかな。お金ないし」

「そうなんだ。どんなの聴くの?」

「うーん、バンド系かな。日本ので、まだあんまり売れてないっていうか、メディアに出てきてないグループ。洲崎に勧められたんがきっかけなんだよな」

 そうなんだ。洲崎と仲良くして情報漏らしてもらうべきなのだろうか。

「天羽さんは何聴くの?」

「それがあんまり聴かないんだよね。よかったら、そのバンド教えて」

 軽い口ぶりで言った。教えてくれたからって聴くとは限らないけれど、話題を変に切りたくなくて二の句を継げた。

「ああ、じゃあ貸すよ」

 ――え。

「いいの?」

「いいよ。こういう田舎のレンタルショップにはまずないしね」

 約束してしまった。嬉しさよりも、きっとほかの誰かが言ってもそうしたのだろう、と思ってしまうほうが先だった。


 ――今は、私にもその優しさを与えてくれることに感謝しよう。


「ありがとう、真田」


 今日見せた中で、一番笑えてたらいいな。




 あっという間にバスが来る五分前になり、真田と別れた。

 いつまでも自転車に乗ったままこちらを振り返って手を振るのだから、早く行けと思わず言ってしまった。それでも笑った顔を崩さず、じゃあねと言って真田は坂を下っていった。あっという間に見えなくなった。

 バス停には誰もおらず、十二時半前という時間帯のせいか、部活動で学校に残っていた生徒が下校するのにも早い時間。バス停にいるのは私だけだった。

 そういえばずっとタオルを肩にかけたままだった。真田が返せと言うような態度を見せていなかったことから、ずっと貸しておくつもりだったのだろうか。だから気づかなかった。


「――何やってんだろ」

 今日の私はどうかしてる。真田におせっかいなことして、許してもらえて、物の貸し借りの約束までしてしまって、タオルも借りたままで。

「友達すら、いつぶりだよって話だからな……」

 まだ、彼への好きというものがlikeなのかloveなのかすら自分でわかっていない。

「どうしたらいいんだよ……」

 わからない。どうしたらいいかわからない。



「舞花って、いっつもそうだよね。勘違いして。馬鹿じゃないの」



 誰かと親しくなろうとするにつれて、過去の思い出がフラッシュバックする。


 バスが停車した。

 その排気ガスに思わずむせた。

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