黄ばんだ煙草のフィルター
今になってようやく思い出す。
今朝夢を見ていた。
でもその夢はどんな夢だったか。
必死になって思い出そうと記憶を辿ると、それは逃げる様にするすると消えてゆく。
落ちる日がまぶしく感じる。
そんな事を思うと夢は完全に姿を消してしまった。
いつも使っていた安物のボールペンを無くした様な、
なんとも言えない気持ちだ。
夕焼けのせいなのか、
今朝見ていた夢が思い出せないせいなのか、
暗くなる空を見つめ、少し気が滅入り歩くのをやめた。
ポケットの中で潰れた煙草を取り出し火をつける。
ふう。
吐き出した白い煙を目で追い、
「くだらないな。」
言い聞かせる様に口に煙を含みまた大きく息を吸い込んだ。
ふう。
生ぬるい風に流れる煙を見送りまた歩き出す。
なんとなく避けるマンホール。
踏むと乾いた音のする枯葉。
ぺしゃんこになった空き缶。
迷子になったピンクの輪ゴム。
一人分の足音の鳴る狭い路地。
頬をかすめる煙草の煙と風の音。
どこから聞こえるテレビ番組の嘘っぽい笑い声。
ふと思い出す。
今朝見ていた夢。
見たことのないカフェで本を読んでいたんだ。
満たされた気分だった気がする。
でもどこか少し寂しかった。
それだけ。
思い出すとどうということはない。
なんでもないような夢だった。
それでも思い出せた事にほんの少し喜びを感じた。
靴の裏に煙草を押し付け携帯灰皿に吸殻を入れる。
それをポケットの中にしまいこみ、また歩き出す。
生ぬるかった風が少しだけ冷たく感じた。
「秋なのかねえ」
一人ポツリ呟く。
食欲の秋、読書の秋、、
夢のことをまた思い出して少しおかしくなった。
「くだらないな。」
今度の休みに行ったことのないカフェで読書をしよう。
冷たく変わり始めた風は背中を押す様に少し強く吹いた。