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1 帰郷

 福島県会津若松市字大字平川字九十九山に小さな集落がある。

 猪苗代湖の南、山に囲まれた20軒ほどの小さな集落で、字の名をとって九十九山と呼ばれている。

 東の山に小さなお寺。西の山に小さなお社。

 集落の真ん中に南の山からの小さな水路が流れ、集落の北側には田んぼが広がっている。その田んぼに沿って猪苗代湖に向かって1本の道路が走っている。集落へ至る道はこの1本だけで、直線で2キロほどだ。

 当然、生活道路だが、車も1日20台も走らず、バスの路線もないため、舗装もされていない。しかも市内までは車で50分ほどもかかるし、何の観光資源もないので観光客が来ることもない。

 集落にはお店が1軒、タバコと雑貨を売っている店があるだけで、タバコの種類も8種類だけ、もちろんジャンプやマガジンなどの漫画雑誌などは売っていない。1週間に2回ほど改造した軽トラックで海産物やらお惣菜やらの行商が来ていたが、当然というべきかこのたびの事体で廃業に追い込まれたと父が話していた。


 これが俺、神輿晶みこしあきらの故郷だ。


 小さな集落で、皆が何らかの親戚なので、法事やら慶事の時は集落上げての参加になる。その時は集落の外に出ている俺のような倅やら娘やらにすぐさま帰郷の命令が出され、戻ってくることになる。もっとも今回のケースはかなり特殊だ。

 俺も高校を卒業後、東京の大学へ進学した。おそらく卒業後は、故郷に戻り、なんらかの職に就くだろうと思っていた。

 


「晶にい、疲れた」

 ハンドルを握る俺に対して、助手席を倒して寝ていた従姉妹の神輿珠樹みこしたまきが、むくりと起き上がって開口一番のたまわった。

 東京都心から高速道路も使えず下道で13時間、一時はガス欠も危ぶまれたが積んできた燃料でなんとかなった。もう少しで九十九山だ。

 ラジオからは相変わらず余震がどうの、被害がどうのこうのととりとめない情報が流れてくる。

 

 ようやく実家に電話がつながったのが昨日。すぐに戻って来いとだけ言って父の電話は切れた。その後、実家の隣に住む花枝叔母さんから電話があり、


「晶くん。明日帰ってくるでしょ。うちの珠樹もそっちにいるの。今から電話して明日の朝、晶くんのところに行かせるから一緒に連れてきてね」


 高速、新幹線、JRも動いてない状況で呼び寄せること自体とち狂ってるとしか思えない。多分帰省は長くなるだろうなとは思いつつ、俺は荷造りと冷蔵庫の片付けを始めた。幸い車のガソリンは満タンにしてあるし、携行缶にも詰め込んである。新聞を止め、1階に住む大家に実家にちょっと帰省する旨伝えると”こんな時期に帰るなんてやめときなさい”としばらく説教された。


 翌朝8時ぴったりにチャイムがなり、玄関をあけると黒にピンクのラインの入ったジャージを着込み、ベンチコートを羽織った従姉妹の神輿珠樹みこしたまきが立っていた。今年から都内の女子大に通い始めたと聞いていたが、こちらで会うのは初めてだった。


「晶にい、今日はよろしく」

「おおう」

 久しぶりの若い子と邂逅に挙動不審になってしまう。

 その後、荷物を車に積み込むと手近なコンビニで食料品を調達しようとするが、案の定弁当もサンドイッチもカップラーメンさえもなかった。

「あちゃー、食事は我慢か」

「晶にい、私お弁当作ってきたよ」

 珠樹が後ろの座席に置いたボストンバックからアルミホイルに包まれたオニギリを取り出した。

「サンキュー、助かった」

 出されたオニギリの具はとろろ昆布だった上、とろろ昆布で巻かれていて食べづらいことこの上なかった。


「みんな無事かな?」

 ポツンと珠樹が漏らした。

 昔から珠樹はちょっと大人びた子だった。芯が強いというか強情というか晶も昔はかなり引っ張り回された思い出がある。それがこの弱気だ。


「叔母さんなんて言ってた?」


「すぐに帰ってきなさいって。晶にいが車持ってるからそれで一緒に帰ってこいって。九十九山のことは何も言ってなかった」


「そうか」


 国道4号線が使えないので、埼玉から群馬に入り、足尾から栃木の日光に抜ける。日光から福島県に抜け、九十九山近づいた時は、夜10時をまわっていた上、車の燃料計はEを指した上で警告ランプが灯っていた。くだんの従姉妹どのの発言に俺がどう返そうかと考えていると突然目の前にバリケードが現れた。

 目の前の道路をカラーコーンと黄色と黒のバーが塞いでいる。傍らには小さなプレハブ小屋があり、発光ベストを着た男性が手を大きくクロスさせている。


「ここから先は立ち入り禁止じゃ」

 車を止めて近づくと男性が告げた。ライトに照らされたのは、珠樹の父親で親父の弟である哲晶叔父だった。

「叔父さん、俺です。晶です」

挨拶をすると哲晶叔父さんは、鷹揚にうなづいた。


「おうおう。晶も立派になったもんだ。まあ、こんな時ではないと顔も出さんというのは考えものじゃが、元気でやってるようで良かった。珠樹も一緒じゃろ」

 哲晶叔父さんは昔から気さくだった、話しながら俺の背中をバシバシ叩く。


「ただいま帰りました」

 珠樹が父親に挨拶する。

「おう、よく帰った。早速じゃがこちらに来てくれ。おお車のキーはつけっぱなしでいい。後で運ばせる」

 傍らに建てられたプレハブを指差す。集落まではまだ距離があるはずだが、言うことに従って、珠樹と俺は叔父に続いてプレハブに入る。

「なんじゃこりゃ」

 叫び声をあげた俺を哲晶叔父さんはニンマリと見つめた。目の前には 「男」・「女」と書かれたのれんがかかっているブースが二つ、しかしその向こうはどう見てもすぐにプレハブの外側、なんらかのスペースが存在するとは思えない。しかも傍らにはまるでSF映画に出てくるようなディスプレイと座席、ディスプレイにはどこか何カ所かの映像と『2011年3月23日』と今日の日付が表示されていた。


「九十九山に入る前に除染してもらう」


 ああ、叔父のドヤ顔を見るのは、本家の床下のドブロクを見つけた時以来だ。


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