第9話 何時かその口の端を
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「ここかな?」
ロズレッドさんからおすすめされたクエストを受けたのはいいのだけど、生憎と場所が分からない。
この街に来てまだ一日も経っていないので、仕方ないのかもしれないが、ようやくそれらしき場所へ来るまでに結構かかった。
「すみませーん」
「はぁい」
家のドアを軽く叩くと、中から年老いた老夫婦が出てくる。
どちらも気が良さそうな人たちで笑顔が素敵だ。
「荷物運びのクエストを受けた冒険者ですけど、よろしいですか?」
「おぉー、やっと来てくれたか。なかなか来てくれないから自分たちでやらなくちゃいけないと話していたとこだったよ」
「そうなんですか?」
クエスト用紙に書かれていた感じだとロズレッドさんの言う通り結構おすすめな案件だと思ったのだけど、他の冒険者たちは受けなかったのだろうか。
「この荷物なんだけど、裏の物置に移してほしくてね。結構あるけど大丈夫かい?」
「はい、特に問題はないと思います」
家の中にある荷物をざっと見た感じ確かに結構な量だが、まとめてしまえば運べないこともない。
「埃が舞っちゃうかもしれないので、二階でゆっくりしてくださってて大丈夫ですよ」
「おぉ、そうかい? それは助かるよ」
老夫婦が二階に上がっていったのを見た僕は早速仕事に取り掛かる。
まぁなんにせよこのまま運んだのでは埒が明かない。
僕は辺りを見渡す。
迷っただけあって、ここは大通りから少し離れたところにある。
そのためあまり人通りも多くない。
僕はしゃがみこみ、落ちていた手頃な石を拾う。
そのままその石を擦りつけて地面に跡をつけていく。
白い引っ掻き跡の出来ていく道と、出来上がる絵。
「よし、出来た」
次の瞬間、出来上がったのは「段ボール」。
僕は今と同じようにして、いくつもの段ボールを「描」き上げていく。
そしてそのすぐ後には何箱ものダンボールが組み立てられていた。
「よし、じゃあ入れていこうかな」
僕は荷物の種類を分けてから、それぞれの段ボールに詰め込んでいく。
それもすぐに終わり、あとは運ぶだけ。
ただ普通に運んでは結構な重さになる。
もちろんそれに関しても想定済みだ。
僕はもう一度道に絵を描く。
出来上がったのは一台の台車。
ある程度の大きさも用意したので、これならば運べないことはないだろう。
僕はダンボール分の往復を繰り返し、あっという間に荷物運びを終わらせてしまった。
ただこれで終わるわけにはいかない。
僕は運び終えたダンボールの中から荷物を取り出していく。
それらを出し終えある程度綺麗に並べる。
「……終わったぁ」
全てを並べ終えて、僕は思わず一息つく。
簡単だと思っていたけれど案外大変な仕事だった。
まぁこの能力『絵師』が無ければもっと大変だったと思うと恐ろしい。
「よし、じゃあ片づけますか」
僕は声の響く物置の中で、一度だけ大きく手を叩いた。
「おぉ、わざわざこんなに綺麗に並べてくれたんだね! 助かるよ!」
「いえいえ、お気に召したようで良かったです」
荷物を運び終えたと伝えると、二人はそのスピードに驚いているようだった。
まさか本当に終わっているとは思わなかったらしく、裏の物置へとわざわざ確かめに行っていた。
ただ本当に運び終えることを知ると、嬉しそうにお礼を言ってくれたので満足だ。
老夫婦は僕が曲がり角を曲がるまで、ずっと手を振ってくれていた。
今日は結構疲れたので、クエスト完了の報告は明日にしよう。
僕は宿に帰りながらそう考える。
宿に着き部屋に戻るとシアンは大人しく椅子にちょこんと座っている。
「シアン、ご飯を食べに行こうか」
相変わらず無反応無表情のシアンの手を引きながら宿屋を出る。
宿屋にも食堂はあるが、今日はせっかくだし別のところで食べてみたい。
僕たちは手頃なお店を見つけ、中に入る。
注文してから少しして運ばれてくる料理の数々は旨みの湯気が立っていて、とても美味しそうだ。
「いただきます」
一口食べてみるとこれまでに食べたことのない味で、食感で言えば鳥に近くて、かなり美味しかった。
他の料理も人生で初めての経験のものばかりで、とても新鮮な感じがした。
それから案外たくさん食べた僕はちらりとシアンを見る。
シアンは相変わらずの無表情ながらも、料理を食べる手は止まることをしらない。
どうやらお気に召したようで良かった良かった。
「ふう、ごちそうさま」
美味しい料理を食べ終わった僕たちはお代を払い店を出る。
お店の外に出るともう結構な時間帯になっていたようで、空も暗くなっている。
お店は賑わっていたが道には人通りも多くはなく、すれ違う人の数も宿屋に近付くにつれて少なくなっていく。
「シアンー、美味しかったね」
僕は手を繋ぎながら声をかける。
そしてふと夜空を見上げながらもう一度声をかける。
「今度は服を買わなきゃいけないね」
シアンの服は引き取った時のままで、少しだけ汚れがついている。
せっかく女の子なのだからもっと可愛い服を着せてあげたい。
結局その声にもシアンは無表情のままだ。
でも何時か夜空に浮かぶ三日月のように、その口の端を釣り上げてみたい。
僕は手を繋ぐ手とは逆の手で、そっとその頭を撫でた。