第5話 初めての遭遇
よろしくお願いします。
「ポチッ!」
『ウォン!』
僕の声に呼応するようにポチは腰を低くし、僕を待つ。
僕は昨日のようにポチの大きな身体に跨る。
異世界で初めて人に出会えるかもしれない。
僕は希望をもってポチを走らせた。
「……あれは」
声のする方へ行くと、そこにいたのはやはり人だった。
ただそれだけじゃない。
昨日僕を襲ってきたのと同じような狼が何十頭も群れを成して、人を襲っていた。
剣や盾を持つ人たちは迫りくる狼を牽制しつつ徐々に後退している。
その中に一人行商人だろうか、ずっと荷馬車のようなものの方で待機しているのが一人だけいる。
もしかしたら今戦っている人たちは、行商人のようなひとの護衛みたいなものだろうか。
僕が昨日圧倒された狼相手に落ち着きを無くすことなく冷静に対応するその姿はなんとも勇ましい。
「――――ッ」
男の人たちの内一人が何かを呟く。
かと思うとその瞬間、その男の前方に突如大きな炎の塊が生まれる。
「魔法……!?」
それは紛れもなく日本では空想上の産物でしかなかったはずのそれだった。
しかしその僕の感動をは裏腹に、狼たちはその炎に臆することなく、少し体を逸らせて避けてしまう。
そして再び距離を詰め始めている。
ただ僕はそんなことよりも、この世界に魔法があったことが嬉しかった。
魔法というものが存在しているということは、僕のこの能力もそこまで隠す必要もないんじゃなかろうか。
やっぱりこの世界に来たのは間違いじゃなかった。
僕は少しだけ微笑みながら、ポチの頭を撫でる。
ポチも嬉しそうだ。
「まぁそろそろ助けに入ったほうがいいかな」
次第にその距離が短くなっていく状況を見れば、もしかしなくても人たちの方が劣勢なのだろう。
人里まで案内もしてほしいし、少し頑張ってみよう。
「ポチ、お願い」
『ウォォン!』
了解、ということらしい。
僕はポチの口の下を撫でると、ポチから落ちないようにとその毛を優しく握った。
「……うわぁぁぁぁぁぁああああ!?」
ポチは跳んだ。
大きな身体がどうしてそんなに動けるのか分からないといったくらいに、大きく空を跳びあがる。
そして着地するのは、二つの勢力のちょうど真ん中。
後ろから息を呑む音も聞こえてくる。
ただ今は目の前の敵をどうにかしなくてはならない。
「ポチ」
僕がそう呼ぶだけで、一番近くにいた敵の狼の頭が一つ、宙を舞う。
周りにいた狼たちは突然現れた「ポチ」という強敵を警戒して、近づいてこようとはしない。
『ウォォォォォオオオオオオオンン』
その時、大きく吠えるポチ。
それは今までの中でも一番でかく、空気が震える。
その声に恐れをなしたのか、何十頭もいた狼たちは大慌てで踵を返して僕たちから離れていった。
「ふぅ、ありがと」
僕はポチの頭を撫でると、周りには聞こえないような声で遠くへ行く指示を出す。
まだ僕の能力が普通とは限らない。
確かにこの世界であれば少なからず前の世界よりも自由に行動出来るだろうけど用心に越しておくことはないだろう。
『クゥーン』
ポチは少しだけ寂しそうに一度だけ泣くと、僕の言う通りどんどんと遠く走り去っていく。
ポチが見えなくなって、僕も少しだけの寂しさを覚えながら、手を叩いた。
「あ、あのー」
僕は後ろで固まっている数人の男たちに話しかける。
口をぽかんと開けているのを見ると、今のがそれほど驚くべきことだったのだろうか。
「お、おう!」
僕の声にびっくりしたように反応する一人。
どうやらその人がリーダー格のようだ。
「俺はゴッパス。危ないところを助けてくれたこと、感謝する!」
ゴッパスというらしい男は頭を下げる。
まぁ僕も自分の目的のついでのようなものだったので、そんなに褒められたことではないのだけど……。
「えっと実は道に迷っちゃって、人里まで行きたいんですが」
ゴッパスさんはそのお願いに少しだけポカンとしたかと思うと、大きく笑った。
「なら俺たちが連れてってやるよ! もともと帰る予定だったしな!」
「おぉ、ならお願いしたいです」
「あんちゃんは荷馬車の方で休んどけよ、ここからはもうすぐだからな!」
「色々ありがとうございます」
もともと疲れていた節もあったので、僕はゴッパスさんの提案にすぐに乗っかる。
ゴッパスさんに連れられて荷馬車の方へと連れていかれると、行商人のような人と目が合う。
「ウルブスの旦那ー、さっきの窮地の救世主ですぜ」
「おぉ、あなたがそうでしたか!」
ゴッパスさんの言葉にウルブスというらしいその人は僕の手を握る。
「先ほどは危険なところを助けていただき、大変感謝します……!」
ウルブスさんは何回も頭を下げると、僕の手を引きながら荷馬車の中へと入っていく。
その中にはいろんな果物なんかが沢山あって、色とりどりで綺麗だ。
「えっと、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、僕はアタリって言います」
そういえば名前を言っていなかったと思って答える。
「アタリ殿が先ほど従えていたウルフですが、あれはどういうことなんです……?」
不思議そうにそう尋ねてくるウルブスさん。
どうやらこの世界でも狼を従えるということは、驚かれることなのだろう。
やはり能力のことをしばらくは隠しておくべきかもしれない。
「あの狼が何故か僕に懐いてきたので、道に迷った道中で一緒に過ごしてたんですよ」
「おぉなるほど、そんなことが。とても珍しいものを見せていただきました!」
僕の嘘八百を信じたらしいウルブスさん。
少しだけ心が痛む。
「因みに私、行商や他にも奴隷商人などをやらせてもらっていてですね」
「奴隷……?」
前の世界とは違う世界なのだ。
そういった身分の人たちがいてもおかしくはない。
ただどうしても少しだけ喉がつっかえるような嫌な感じがしてならない。
「今回は大変お世話になったので、ぜひ一人、うちの奴隷を貰っていただいてはくれませんかっ?」
「ど、奴隷をですか?」
これはどうしよう。
突然の提案に戸惑う。
「いろんな能力を持った奴隷たちがたくさんいますので、きっと気に入ると思いますよ!」
僕が迷っているのが分かったのか、そう押してくるウルブスさん。
この世界にきてまだ二日目。
確かに誰かこの世界での常識を教えてもらえる人に近くにいてもらうのも悪くはないかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
まだ奴隷という言葉には慣れないけれど、僕はウルブスさんの提案に乗っかった。