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第2話 初めての異世界

よろしくお願いします。

「……ここは」


 気づいたとき、僕は木々が生い茂る森の中にいた。


 確かにさっきまで部屋の中にいたはずだったのに、一瞬でここまでやって来たということだろうか。


 自分の能力に思わず笑ってしまう。


 これは、さっきまでいた世界とは別の世界にいると思ってもいいのだろうか。


 だけど地球のどこかに来てしまっただけという可能性だってある。


「よし、出来た」


 僕は木の棒で地面に犬を「描」く。


 すると次第に浮かび上がり、描き上げた犬が生まれる。


『くぅーん」


 足下に寄って来る犬は可愛い鳴き声を上げる。


 僕の描いた絵はこんな風に初めから僕に懐いてくれて、気分がいい。


「よしよし」


 犬の頭を優しく撫でる。


 その頭は肌触りの良い感触で、本物の犬との違いなんてどこにあるのかすら僕にも分からない。


『……ウ゛ゥ゛ゥ゛」


 撫でていると突然、犬が唸りだした。


 これまでに経験したことのないその反応に、思わず戸惑う。


「……?」


 周りも見回す犬に合わせて、僕も見渡してみる。


「何かいるのか……?」


 その時、視界の隅で何かが動いたような気がした。


 僕はそこへじっと視線を見つめる。


「……っ!?」


 そこから出てきたのは、一匹の狼だった。


 それも僕の身体の一回り以上大きい。


 普通に考えて、地球にいていいような動物じゃない。


『グァァァァァァァアアアアアアアア』


「っ」


 狼が叫ぶ。


 僕はその圧倒的な声に思わず固まってしまう。


 その一瞬を、目の前の狼が逃がしてくれるはずもない。


 その大きな口を開けて――。


「っ!?」


 その時、今まですぐ横にいた犬が僕に飛びかかって、そのまま突き飛ばした。


 僕がいたところにやって来た犬は当然、狼に嚙み千切られ、消えていった。


 犬を噛み千切った狼は、突然消えた獲物に戸惑っている様子。


 僕は犬が作ってくれた一瞬の隙に、転がるようにしてその場から走りだす。


 とにかく走る、走る、走る。


 振り返ったりなんて出来るわけない。


 後ろの方で何かが動く音がする。


 もしかしなくても狼がもう一匹の獲物に気付いたのだろう。


「っ」


 このままじゃ逃げ切れない。


 僕は走りながら何とか掴んだ木の棒で、絵を描く。


 あの狼に対抗できそうなものなんて、僕には思い当たる節がない。


 あるとすれば狼自身。


 僕は狼のイメージを大慌てで思い出しながら、狼のシルエットを描いていく。


「……出来たっ!」


 次の瞬間、僕の目の前に狼が生まれる。


 その形姿は、僕を襲うそれと瓜二つ。


 これなら、対抗できるかもしれない。


 僕を襲う狼、僕が描いた狼。


 その二匹が向かい合う。


 お互いに威嚇しあい、牽制しあい、相手の出方を窺っている。


 僕はそんな二匹を窺いながら、じりじりと後退する。


 用心しておくに越したことはないだろう。


 ある程度離れられた時、二匹の狼がついに距離を詰める。


 勝つか勝たないかは別にしろ、一定の時間稼ぎはしてくれるはず。


「…………!?」


 しかし僕の予想とは裏腹に、僕の描いた狼は一瞬でその首元を喰い千切られてしまい、また消えてしまう。


 一体、どうして。


 ちゃんと「描」いたはずなのに。


 混乱する頭の中、僕は迫りくる死から必死に逃れる。


「……はぁっ……はぁ……!」


 僕の絵を喰い千切った狼は、とっくに僕のことを探し始めている。


 僕は咄嗟に、近くにあった草陰に飛び込む。


「…………ふぅ」


 音を出さないように、息を吐く。


 だが必死に逃げた息は、中々落ち着いてくれない。


 ……これからどうしたらいいんだ。


 恐らく、このままここに隠れていても、いずれは見つかってしまう。


 絵で対抗するにも、すぐに消されてしまった。


 どうすれば良いのか、全く思い浮かばない。


「…………」


 折角、僕がいても良い世界に出会えたかもしれないというのに、こんなところで終わってしまうのだろうか。


「…………」


 僕は、もう一度、今にも折れそうな棒切れを握りしめる。


 やっぱり、僕にはこれしかない。


 もう一度「描」いてやる、お前を。


 さっきまでの恐怖をイメージする。


 身体の大きさ、瞳の力強さ、牙の鋭さ、その体毛の毛先まで。


 思い出せ、僕。


 そのイメージを棒切れでなぞっていく。


 少しでもずれないよう、正確に。


 一定の強さで、豪快に、繊細に。


「…………!」


 そして、出来た。


「描」きあげたソレが、さっきの絵とは一線を画していることくらい、簡単に分かった。


 その狼は艶やかな銀色の体毛に身を包み、悠然と僕を見下ろしている。


 既にこちらに気付き、どんどんと迫ってきている狼。


 そんな中でも妙に落ち着いて、僕は狼と視線を重ねる。


「僕を、助けて」


 ただ一言そうお願いした。


 僕の絵はまるで承知したとでもいうようにして、静かに瞼を閉じる。


『グァァァァァアァアアアアアアアア』


 さっきまであれだけ怖かったその鳴き声も、今では不思議と何とも思わない。


『…………』


 次の瞬間、僕と狼の間に割り込むようにして、僕の絵が助けてくれる。


 僕の絵は、狼の首を喰い千切った。


 まるで、さっきの絵たちの敵を取るように。


 飛び散る狼の血が、僕の頬を汚した。

 

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