その六 春、来たる
ズキズキと痛む頭を抱えながら、起きると、朝だった。
あれは、ただの豪快な夢だったのだろうか?
などと、幻想を見てしまった顔をして、起き上がると、昨日と同じ、板の間で、囲炉裏があって。
それを目にした途端、嘘ではなかった、夢でもなんでもなかった、現実であると、痛恨し、さらに頭痛がして、具合が悪くなった。
胃の腑あたりから、せり上がってくるそれ。
少年は、おええ、と、温もりの残る布団から這い出し、便所へと慌ただしく駆け込んだ。
吐き出す前も、後も……ぼっとん便所は、臭かった。
ドラゴンの肉、と思わしきものを食まれ、歌えや飲めの、どんちゃん騒ぎ。
この村では、催し物とか、そういったものは、定期的には行われてはいるものの、それだけしか楽しみがない。だからこそ、村人たちが一斉に、楽しげに遊ぶ。
その水準を高く保つために、村長がちゃんと指揮して、気を配っているのだから、ハメを外すのも安心してできるのだと、村娘のひとりが言う。
彼女の名は、如月春子。
定めた暦上の、二月に生まれた、この村の人間であり、今は亡き彼女の両親は、日本という故郷から異世界へと迷い込んだ、いわば二世である。
日本という国を知らず、妊婦のまま、異世界へやってきた母から生まれた彼女は、現役高校生に、ひどく好奇心旺盛で、その可愛い顔に笑顔を浮かべて喋り倒す。
「ねぇねぇ、日本ていう国は、
やっぱり、今も技術とか、お金とか、すごいところなの?
今もそうなの?」
ストレートな黒髪に、光が入ると茶色くなる、大きな瞳。
格好は、大和撫子の権化といわんばかりの、薄い布地の浴衣姿で、これがこの世界の一般服というのだから、ずいぶんと、the・昔の日本、を体現している。
「村よりも、人がいっぱい、住んでるし、いるんでしょう?
ねぇ、どうなの?」
おまけに、日本で言えば、年齢は中学生。
幼さ残る面立ちに、筋肉隆々の村人たちと異なって、病気がちであるという彼女は、このムキムキ村にとっては貴重な、日本人らしい日本人であった。
すんなりとしたカモシカのような手足は、これからも伸びやかに成長する証であるが、病弱であるという話をしてもらった少年は、なんとも神妙な顔で、彼女の話し相手をする。
実のところ、ムキムキな村人たちと比べるとひ弱な彼もまた、暇であった。
そうして、それは日焼けが当たり前の村人たちと違って、真っ白にやせ細った頬を持つ彼女もまた、同様で。村長の縁側で、ぼんやりと。二人揃って、葉っぱのついてる木枝を見上げている。
「そうだなあ、なんというか。
春子ちゃんの両親って、年齢でいうと、たぶん、高度成長期にあたるところ から、この世界にやってきたんだと思うんだ」
「コウドセイチョウキ?」
「うん」
頷くと、彼女はさらなる、興味津々な態度を示した。