その五
朝、水平線を見据えていた太陽は、すっかり頭上へと昇りきっていた。
村の中央にある、鳥居。
その中で、村人たちは、大いに賑わい、地べたに敷物引いて、それぞれの成果である土産ものを、その上に目いっぱい広げていた。
「おうおう、これはすごいな」
「そうだろう、あのドラゴンの目玉よ」
確かに、キラキラとエメラルドに輝いている。
「この爪は、ほう、炎が出るのう」
「おうよ、火炎龍の爪さ。
なかなか剥ぎ取るのに苦労した」
人の頭より3倍はあるであろう、その鋭い爪先からは、実際に、火炎が吹き出ていた。
ごう、と燃えたぎる火が、恐ろしい。人の顔面にさえ、その爪先を差し向けさえしなければ、大丈夫のようだが。取り扱いに注意しないといけない。
「で、これは一体なんじゃ」
「珍しい珍しい、竜の直腸じゃ」
「道理で長いわけじゃ」
紐、というよりも、綱引きで使う綱のごとき、強靭そうな綱紐が、グルグルととぐろを巻いて、鮮やかなピンク色でツヤツヤの表面のままに、置かれていた。
村長は、それぞれの収穫物を、非常に満足気な顔で、一つ一つ、成果を教えてもらい、村人たちを褒め称える。彼ら村人も、いやあ、と。いささか微笑ましい顔で、それでいて、誇らしげにして、村長に、ドラゴンを倒すまでの工程を伝えている。その姿に、村の娘たちも、キラキラとした眼差しを注いでいる。
年頃じゃからのう、などと、村長の注釈が入ったが、しかし、それにしても。
少年は、この村の、この異様な光景に、終始、無言を貫き通していた。
なんせ、空気は読める日本人である。
興奮状態の村人たちの意気揚々としたその空気に飲まれた、というのもあるが、しかし、これらの人たちって、元は本当に日本人なのだろうか、と訝しげに引いてしまうほど。
ドン引きしてしまうほどに、彼ら、村人たちは。
上腕二頭筋が発達していて、大腿の太ももも、どこのアスリートなのかといわんばかりに育ちきってるし、首周りもド太い。やけにド太い。それでいて、骨も丈夫そうだし、さっきから彼らが担いでいる武器のようなものも、末恐ろしくて、なんだこれ、といった、冒頭の気持ちでいるのだ。
到底、同じ日本人です、なんて顔で、紹介してもらう空気ではない。
狩り、などという成果に、村人たちは興味津々である。なんと、野性的なことか。
現代の日本では考えられない事態だ。
まさか、俺だけ日本人じゃないのだろうか、いや、彼らは本当にこの世界に迷い込んだ日本人なのだろうか、などと不安に思うほど、彼らと少年は体形が、違った。あまりにも異なった。
村長は老人ではあるからか、少年と変わらぬ背丈で、少年よりかは幾分、強そうなガタイをしているだけで、未だ日本人の香りを残しているが、しかし、この村人たちはどうか。到底、目も当てられないほどに、ムキムキ、筋肉隆々であった。
それも、女たちもだ。なんてことだ。太い。儚さ、なんてものはない。
異世界に迷い込んだ少年のほうが、細いのである。胴回りも。足の大きさも。何もかもが。
村長が、年頃と称した村娘たちでさえ、現役高校生より逞しかった。
この現実に酔いもしたのか、すっかり目眩も起こし始めている少年に、今更ながら、村長は気づいたようで。
「おぅ、そうだそうだ、忘れておった」
少年の腕を力強く引っ張り、村の中央、しっかりと賽銭箱が置いてある奥にまでかけ上がる。引っ張られるので、当然、彼も同様に登らされるのだが、彼が、え、え、と。思う間もなかった。
無理やり正面に向き直されると、本殿のちょっとした高台から、村人たちを見渡すことのできる所に二人、つっ立っていた。
村人たちの成果が、そこかしこで展開されているのがよくよく見渡せる。
人数は、だいたい100、はいるだろうか。
かなりの人口の日本人が、この村には居るということになる。
「我らが村人たちよ!
新しい村民がやってきたぞ!!」
村長が大声を張り上げる。
どこにそんな声が出る肺活量があるのか、といわんばかりのスピーカー声音であった。
キィーン、と、少年の普通な耳朶の奥が痛んで、顔をしかめる。
「さあさ、この若人の。
ええと、名前は……、なんじゃったかな」
村人たちは、やんややんやと、野次を飛ばす。
おいおい、しっかり生きろよ、年寄りは気が早いからな、もうボケが始まったのか、などと言われて、年寄りの村長は、ガハハ、と相変わらずの笑い声を上げ、
「なぁに。聞きそびれただけじゃ。
まあ、あとでこの少年に聞いてくれぃ」
などと、いい加減なことを言う。
「じゃあ、新しい村人の誕生を祝って!」
「おおー」
「うおおお」
ブンブンと腕を振り回される少年は、未だに頭の奥が、ガンガンと痛むことに始末に負えないので、人形のように、村長にされるがまま、なし崩しに紹介され、そうして、改めて夜、少年の歓迎会が盛大に開宴された。