その四
村長曰く、この村には現在、村人は出払っていて、幼い子供や娘、それに老人だけがいるのみであるという。
「この村は、そうさなぁ、
さしずめ、いちばん最初の日本人の村、
であったのさあ」
相変わらず陽気に笑う、村長。
フンドシ一丁でも気にもせず、胡座をかき、上着を身につけているがはだけている。
男同士だから、別段気に求めないが、しかし、その年齢にしてはずいぶんと筋肉隆々な胸板に、少年は少々気詰まりな思いをする。
彼は現役の高校生らしく、帰宅部であった。
「わしの前、その前、さらに前……、
最初の村長は顔さえ知らんが、とにかく、
この世界には、日本、という国がなかった。
だからのう、仕方なく村を作った」
「え、この世界って……」
「そうさ、異世界さ」
少年は、ごくり、と生唾を飲み込む。
確かに、何もかもが風変わりであった。
空気も違うし、何か違う気はしていたが。
本当に異世界であったなんて。
鶏だって、雀だって。同じだと思った。
確かに同じだった。でも、どうしようもない違和感はあった。井戸はあった。
けれども、必要な電気や水道や道路。現代技術のライフラインが、存在しなかった。
「だからのう、警察とかそういった公的機関もない。
だからこそこの村の門戸を開いてやった人らが、
黒髪で、同じ肌をしていて似たようなことを言うと、
ははあ、まぁた同郷がやってきた、と。
喜んで迎え入れる習わしになったのさ」
村長の話をまとめると、どうも、この異世界。
日本人がよく迷い込むようなのだ。
はじめの日本人が仕方なく村を作るのは自然の道理であった。
そして、たまさかに現れる同郷の人々を助けるのも。
なんせ、日本人以外誰も助けてはくれないからだ。
いや、いない、といったほうが正しいか。
「……本当に、異世界なんですか」
だが、少年は到底信じられなかった。
おっさんは大仰に頷く。
「そうさ。異世界さ。
まあ、信じられないのも、無理はない。
言葉は通じるし、見た目も一緒だ。
そりゃあ、我々は同じ日本人なのだから、そうなのだが。
信じられんと、村から飛び出して、
世界中を旅して戻ってきた奴もいるが、
奴もまた、この世界は異世界であった、と。
言わざるを得ない、なんて神妙なこと言って帰ってきたよ」
「……え、てことは……、この世界って、俺たち以外の人、
っていないんですか?」
「む、まあ、正確には、いないわけじゃない。
ただ、わしらに関わる気がないようでな、
いけ好かぬ澄ました顔して、見て見ぬふりをしてくるだけじゃ。
わしらの先代たちが、飢饉のとき飢えに困ったときも、
彼らは何も知らんと。見ざる言わざる聞かざる。
そんな調子でな、わしらのことは、関わらんと頑とした態度でおるわい」
「そんな……」
「……そういう奴らがいるのでな、
やはり、この日本人村というものが出来上がったのじゃ。
まあ、奴らは、幸いにもわしらが村を作るのを、
高みの見物だけしてるだけで手出ししてこないからの。
土地へのしがらみがない分、気楽なもんじゃ」
土地には、先住民がいた。
しかし、彼らは日本人たちに手を差し伸べることもなく、かといって悪さをするでもなく。
淡々と、していたらしい。彼らは我々のことをどう思っているのか、知る由もないが、当面の間は放って置かれているらしい。
そうして、この大地。いや、大陸。
この地を旅して戻ってきた村人曰く、この地は大陸で、とても大きな土地であるという。それでいて人の住める場所が限られているそうな。
あまりの寒さに凍え死にそうになった氷土や、ひどい暑さに脱水症状を引き起こしかけた熱砂の砂漠、とにかく、色んな土地の様々な顔を見てきたが、いずれにせよ、この日本人たちが住む村以外に快適に住めそうな土地はない、と言い切っていた。と。
ここで、ようやく。
村長が顔をつい、と上げ、
「おう。
ようやく、帰ってきたか」
などと、嬉しげに口元を緩めて、ぐい、と最後のお茶をすべて飲み干してから、少年に、
「そら、働き者の、村人たちが、狩りから帰ってきたよ」
などと、衝撃の事柄を告げた。
あまりのことに現役高校生は正座したまま固まっている。
そんな彼を尻目に、村長が、よいせ、っと言いながら重たい腰を上げて立ち上がる。
合間に、外からは賑やかな声がしてきた。
男たちの、元気な笑い声や女たちの喜びの声やら。子供たちの走り回る足音もする。
少年は、はっと我に返り、置いていかれてはたまらんと、村長のあとを追った。