その一
漁師のおっちゃんみたいな風体のおっさんは、疲れきっている彼を非常に労わり、自室の板の間に招き入れ、さあさあ、お茶を飲め、飲めと、熱いお茶とワカメ風味のせんべいで、もてなした。
「ほう。
では、この村は初めて、と」
「は、はい。
高校へ登校途中だったのですが、その。
いきなり、こんな所に出てしまって。
ぼんやり歩いて、道にでも迷ったのかな、
でも、電線も、電車も、車もない、山だって、
かなりむこう側で、山脈みたいになってて。
俺、宇宙人にでも攫われたのかな、ってびっくりして。
携帯も、繋がらないし、人の家もない。
どこもかしこも、何もない、果てのない、荒野、っていうんですか?
そういった風景ばかりで……、
やっと山の麓にまで来て、ひとつ超えたあたり
に川があったので休んでたら、
俺、馬鹿だから、
カバン落としてしまって……、
取り戻そうとしたのですが、川の流れが早くて、
結局足を濡らしただけで……、
汚くなっただけで、その、
どうしようと、とにかく歩いてばかりいました。
ここを発見できなかったら、俺……」
「確かに、おめぇさんの靴、えれぇことになってるなぁ。
よう辛抱したなぁ」
「は、はい……」
会話の途中、一人ぼっちで彷徨う寂しさを思い出し、途中、鼻づまりを起こしつつも、少年は、ありていに今までの道程を話した。
どうやら、彼は、ほぼ一日、道なき道を、ずーっと歩いていたようなので、とりあえず今日はご飯を与え、ゆっくりと休息をとることとなった。
「あ、あの、ありがとうございます。
お、俺……俺……言葉にならなくて、
その、すみません……、本当、ありがとうございます」
「なぁに。いいってことよ、とにかく、休むことが大事でな」
何度も恐縮する少年に、おっちゃんは、己の昔を思い出したのか、なんともはにかむようにして、自分の鼻のあたりを人差し指でこすった。