プロローグ
日本人の、日本人のためによる、
日本人の村へ、ようこそ!
門戸に掲げられている古い看板にはデカデカと、毛筆でそのような文面が書かれていた。
雨水に晒されても野ざらしゆえか、若干、そこかしこ色が薄れかけてはいるけれども、遠目でも、その確認は出来る程度には、達筆な文字を読むことはできた。
それぐらいの、はっきりとした力強い日本語が、その看板には書かれていたのである。
この村の始まりは、よくわからない。
そんな村に、これまた、事態をよくわかっていない顔をした少年が一人、ふらりと立ち寄った。
彼もまた、日本人であったから、看板目当てにやってきたひとりであるが、ずいぶんと薄汚れた格好をしていた。
「なんだこれ」
焦燥のまま、仰ぎ見ながら呟く。
彼は、ボサボサの頭をボリボリかきつつ、大きな扉の前にて大いに戸惑っていた。
門番も誰もいない。戸口は木でできている。なんという古臭ささ。
見上げてようやく、上辺がわかるほどの巨大さである。近代的なものを、一欠けらも感じられない……。
呆けたように口を開けたまま、ひとりでは押すことさえ難しい重みと厚みを、指腹で触れながら確かめると、隙間を見つけた。観音開きのようだ。だが、開かない。重みがあるというのも理由のひとつなんだろうが、カンヌキがかけられているようだ。いずれにせよ、少年が一人で開けられるものではない。手を離すと、土粒が付着する。緩慢にだが、手早く落とした。
まんま、時代劇の武家屋敷みたいな……、
そのような、出入り口がででん、と荒野のど真ん中に見かけたものだから、彼は、迷うこともなく、希望にすがりたい一心でまっすぐにやってきたのであるが、さて、この扉にはチャイムも何もないようだ。
これからどうすればいいのだろう。
不安そうに、両目をきょろきょろと動かす。
やっぱり何もない。誰もいない。
ちなみに、異世界へやってくるのは、初心者のペーペーだ。
やっとこさたどり着いた人ん家の敷地だというのに、途方に暮れる。
「……扉、叩いてみるか」
もう一度、仰ぎ見る。
なんせ看板には、日本人、と、日本語ではっきりと書かれているのだから。
オーソドックスな方法だが、これしかない。ぎゅっと期待を込めた拳を作り、覚悟を決めた。
「すみませーん」
どんどんと叩くと、
「はいよー」
すぐに、景気のいい声がする。
ぎょっとして、慌てて声のするほうを素早く注視すると、真横に、空間がぽかりとあいていて。
大の大人ひとりが潜れる程度の暗がりから、まるで生首みたいなおっさんが、日焼け顔を覗かせている。
目が合うと、にかっ、と白い歯零し、溢れんばかりの眩しい笑顔をしてみせた。
恐怖も覚えるも、目尻の皺が、人懐っこい。緊張が少し、抜ける。
「おおう、これはこれは。
久方ぶりの若人じゃ」
「わこう、ど?」
「ま、ま。
こっちきんしゃい」
「は、はぁ」
少年は、どう見ても漁場の漁師、としか見えぬ風体のおっさんに手招きされて、促されるがままに、頭上の題目通りの、日本人村、へとはるばるご招待された。