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 昼時のハンバーガーショップで

「それで、結局どうなったの?」

「元の通りさ」

 ハンバーガーを片手に訊ねる良子に、誠二は答えた。

「テオクラフトはまた結界の外にちょっかいをかけるくらいの力を溜めるのに数百年だか数千年はかかるし、元凶が消えたから天界が攻めてくるって話も消えた。魔法使いの世界も普通の世界も何一つ変わらない。オレとグレンデルだけは謹慎3カ月とか食らったけどな。なんでオレとグレンデルが刑期同じなのか納得いかんが。どう考えたってあいつのが重罪だろう」

 その問いに良子は「うーん」と困った顔をした。どっちもどっちだとは言いにくかった。

 魔道王の事件が終わって数日後。今度は誠二が礼を兼ねて昼食に良子を誘った席のことである。

 高価だが質のよい食事がでることで有名なこのハンバーガーショップは、平日の昼間だというのに店内は客で溢れている。学生やOLたちの楽しそうな笑い声、店員たちの忙しそうな掛け声にまぎれて、余人に漏らせない話でも普通に話すことができる。

「姉さんたちの怪我はすぐ治ったし、指輪もなぜか同じやつをもらった。魔力制御呪も、じきにオレ専用の新しいやつができる。本当に今まで通りさ。まぁ世の中そんなもんだな」

 遠い目で悟ったようなことをいう誠二を、良子が見つめる。

「でも、誠二くんは変わったと思うよ? いい顔になったもん」

「人間、そんな簡単に変わるかよ」

 誠二は照れ隠しに顔を逸らした。

「だが、よかったのか?」

「なにが?」

「お前の母さんの魔法、オレのために使っちまって」

「ん……誠二くんならいいよ」

 良子は意外にさばさばとしていた。

「あたし、不安だったんだ。この魔法がなくなったら、お母さん完全にあたしから離れた場所に行っちゃうんじゃないかって。でも大丈夫。お母さん、ちゃんとあたしと一緒にいてくれるって分かったから」

 そこまで言ってから、良子は悪戯っぽく目をくりくりとさせた。

「それに、今はちょっと物足りないけど、誠二くんはこれからもっと素敵な男の人になってくれるでしょ?」

 沈黙の末に誠二は答えた。

「まぁ、努力はするさ」


 しばらく無言でハンバーガーをかじっていると、誠二に声をかけてくる人物がいた。

「おや、珍しいところで会うな」

 黒髪をロングにした美人。美女というより美人という言葉が似合う女性だ。20歳くらいだろうな、と良子は思った。前に会った誠二の姉と似ているが、あちらがほんわかした家庭的なイメージなのにに対し、こちらは油断ならない野性の獣のような雰囲気がある。黒皮のライダースーツでも着せてみれば、すごく似合うのではなかろうか。

「なんだよ姉貴、こんな時間に。学校はどうした」

「実験室を追い出された。私が来ると宇宙の法則が乱れるって話は以前からあったんだが、ついに出入り禁止になった」

 落ちこんでいる様子なのだが、声はあっさりとしている。よく分からない人だ。

 誠二の頬がピクリと揺れた。

「一応聞いておくが、魔力のシールドはしてるんだろうな?」

 女性はきょとんという顔をした。

「え?」

「え、じゃねぇよ! 基本中の基本だろうが! よくそれで駅の改札とか通れるな!?」

「いや、それが前に、改札のシステム止めて全国区のニュースになって、どうしようかと……」

「馬鹿、言うな! 人前でそれ以上言うな!」

「それでシールドってどうやるんだ?」

「オレが知るか! どうせ外に漏れるほど魔力ねぇよ畜生! 姉さんにでも聞いてこい!」

 少し声を落ち着かせてから誠二は聞いた。

「それで、なんだってこんなところにいるんだよ。別に実験室に入れなくたってやることはあるだろう?」

「それなんだがな、私が実験で使ってた測定器の制御用のパソコンが、ウィルスに感染してな」

「……ほう?」

 なにかを感じたのか、誠二の右眉が跳ね上がる。

 そんな様子に気づきもせずに女は続ける。

「高い授業料払っているのにセキュリティがなってない。どこから入りこんだか知らないが、学校のネットワーク全部やられてしまった。おかげで学校中なにもできないから、こうして羽を伸ばしてるわけだ」

「…………聞きたくないが、一応確認しておくぞ?」

 心底嫌そうに誠二は言った。

「なんだ?」

「確か前に、測定データは測定器を制御してるパソコンからUSBメモリで吸い出すって言ってたよな?」

「ああ、その通りだ」

「姉貴の使ってるメモリの身元は大丈夫なんだろうな?」

 その言葉に、女は形のいい眉を寄せる。

「たとえお前でも、あの子の悪口は許さんぞ?」

「あの子?」

「確かにあの子は不憫だ。前の持ち主に、ネットカフェのPCに刺しっぱなしのまま忘れられ放置されていたのだからな。だから私が愛情をもって育て直して、きっと一人前の立派なUSBメモリに……」

「それがウィルスの感染元に決まってるだろ!? やっぱりお前か!? 嫌な予感はしてたんだよ! またオレのところに苦情くるのかよ畜生……」

 嫌な未来を想像して肩を落した誠二の背中を、女がぽんぽんと慰める。

「まあ、間違いは誰にでもあるんだ。そう気を落すな」

「お前は少し気を落せこの野郎! こないだの蹴りの時だってオレにクレームきたんだぞ!? だいたいあんた……」

「ねぇ誠二くん」

 再びエキサイトしそうな誠二を遮って良子が訊ねる。

「なんだ」

「この人って……」

「ああ、オレの姉貴だ」

 誠二の言葉に応えるように、美女が気障っぽい仕種で良子に礼をする。

「初めまして、美しいお嬢さん。暮井頑人という」

「頑人──?」

「男みたいな名前だとよく言われるが、れっきとした人妻だ。昼間は……というか、ほぼ一日中だが、近くの大学で研究をしてる。お見知り置きを」

「え? でも……」

 口ごもる良子に女が訊ねる。

「なにかな、お嬢さん」

 意を決して良子は言った。

「──グレンデルだよね?」

 誠二と頑人が硬直し、しばし無言の時が流れる。

「……なんでわかった?」

 きしむような声で訊ねたのは頑人だった。

「だって、その、色みたいのがまったく同じだし……」

 その言葉を聞いて誠二が笑いだす。

「本場仕込みの特殊メイクに魔法まで併用した変装を普通の人間に一発で見破られたなんて聞いたら、師匠殿というか親父は別にどうだっていいが、じいさんが本気で泣くぞ」

「そうだな。無責任にあんな無謀な命令下す親父殿というか師匠は別にどうでもいいが、じいさんが怒るのはやばいな」

 うんうんと頷く頑人の前で、誠二が視線を鋭くした。

「というか、思い出したら腹立ってきた。本家の粛清部隊がオレを狙ってきたってことは、親父の野郎も粛清案に賛成したってことだろ? 一生忘れないからな畜生」


 しばらく話しているうちに、頑人が誠二の指輪に目を止めた。

「それで、それが新しい指輪か」

「ふん。別にオレには必要ないがね。親父や姉貴たちにとっちゃ嬉しいだろうさ」

 不機嫌そうに鼻を鳴らす誠二に、頑人が首を傾げる。

「なんの話だ?」

「目障りなんだろ? オレのこと」

 誠二は言った。

 もう吹っ切れたという顔だった。

「弟子は家族だけとはいえ本家の会議に出席が許されるほどの名門の実の息子が、魔力が足りなくて魔法もろくに使えないなんて知れ渡ったら大変だ。だからこんな一歩間違えれば魂だって残らないような指輪をはめて、普通の魔法使いのフリさせてるんだろ? 姉さんだってオレが大事とか言っときながら、指輪のことは放置だしな」

「なんだお前、そんなこと考えてたのか」

 呆れ果てた、といわんばかり表情で頑人が言った。

「は?」

「たとえばお前が交通事故なんかに遭ったとしよう。才能はあるんだからちょっと魔法を使えば助かる時に、魔力が足りないせいでみすみす命を落すようなこと、させたくないだろうが」

「……え?」

「それなのにお前ときたら、大した意味もないところで見境なく指輪の魔力ぽんぽん使いやがって。便利だからキャッシュカード作ってやったら自己破産直前まで使い込んでるようなものだ。お前が好きでやってることだからみんな口は出さないが、内心みんな心配してるんだぞ?」

「…………嘘だよな?」

「それに一つ付け加えると、お前が指輪使ってるのは本家と関わりある人間なら誰だって知ってるぞ? 別に興味ないからそんなこと言う奴はいないだろうが。だいたいどうやって本家の連中が魔道王殿の狙いがお前だってすぐ特定できたと思ってるんだ」

「………………姉貴がチクったんじゃないのかよあれ」

「馬鹿いうな。誰が弟を売り飛ばすか。例え相手が本家だろうと天使だろうとだ」

「……やめろよ、冗談でもそんなこと口にするなよ」

 誠二の声は、傍目にも分かるほど震えていた。

「オレがどんな思いしてきたと思ってるんだよ……ほんとやめろよな……」

 誠二の目尻が鈍くライトを反射した。

「姉貴たちに認められたくて、オレがどんだけ血を吐いてきたと思ってるんだよ、ちくしょう……なんで今さらそんなこというんだよ」

 誠二はうつむいた。握りしめる手にぽたりぽたりと落ちるのは──

「誠二くん、泣いて──」

 言いかけた良子を、そっと頑人が目配せで止める。今は静かに泣かせてやろう。そんな声が聞こえた気がした。

 良子はとっさに話題を変えた。

「そういえばこないだの事件、すごい大騒ぎになったけど、なんでニュースにならないの?」

「魔法使いの威信をかけて隠蔽したからな」

 胸を張って頑人は答えた。

「日本中の精神操作系の魔法使いが最後の一人まで集結して人払いしたり、たまたま目撃したやつに記憶操作をかけた。魔法は秘すべき、というのがキリストが生まれるより前からの掟だからな」

「前から気になってたんだけど……」

 不安げに良子は言った。

「あたしはいいの? 魔法のこと、いっぱい知っちゃってるのに、記憶とか操作しなくても」

「良子には魔法が効かない」

 事も無げに頑人は言った。

「物理系はともかく、精神操作系は自分の魔力を加工して対象の体に送りこんで、内側から魔法的に記憶や感情を操作する。だが良子は元の魔力が膨大すぎて、いくら魔力を送りこんでも操作できない。海にコップの水を流しこんでも塩分濃度が変わらないようなものだな」

「嘘だよ」

 良子は言った。

「だって、あの、ホテルの時に、あたしを無理やり、その──」

「発情させたことか」

 ストレートな言葉に良子の頬が熱くなる。

「あの時は魔法は一切使っていない。演技だけだ」

「え?」

 ぽかんとする良子に言葉を続ける。

「雰囲気でてただろう? 私の得意技の一つでね。女の子を落すのにしか使えないのが難点だが」

「……義兄さんはなにも言わないのかよ。女同士だって不倫じゃないのか」

 ようやく復活してきた誠二に頑人は余裕に満ちた顔で答える。

「ああ、カレは『可愛い女の子たちが戯れる姿は疲れた心を癒してくれる』と言ってるよ。そんな度量の広いところも好きだな」

「……わかんねぇ、ホントにあの人なに考えてんだ?」

 疲れた顔で誠二がつぶやくと、頑人は乙女のように胸の前で手を合わせた。

「私のことに決まっているだろう? ああ、私って愛されている……」

「来月からバカップル規制法が施行させるから、それまでにそのノロケ癖直しとけよ」

 無論、そんな法律が成立した事実はないのだが。

「まぁそれはそうと、良子」

 頑人が言った。

「あそこまで暗示にかかる娘も珍しい。良子は雰囲気に流されやすいし、かなりホレっぽい。ついでに言うとマゾっ気もある。注意したほうがいい」

「ちょ……人前でなんてこと言うのよ!?」

 今度こそ良子の顔が真っ赤に染まった。思い当たる節は……なくもない。

 逃げるように良子は叫んだ。

「ちょっとまってよ、そんなこと言うなら、そもそもなんであんなことしたのよ」

「ああ、あれはだな」

 誠二が横から口を挟んだ。

「オレが良子に魔力制御呪を渡しただろ? もともとそのスタビライザは大がかりな魔力構造体用に設計されたやつなんだが、お前の魔力がスタビライザの制御できる魔力の限界をわずかに超えてたんだ。溢れた魔力がいつ暴発するか知れたもんじゃないから、こいつは良子から魔力を吸い出そうとしたのさ」

 その言葉に、微妙な気分になる。

「……あたし、そんなにすごいの?」

 思わず訊ねると、二人は顔を見合わせてうんうんと頷いた。

「はっきり言って人間の範疇じゃないぞ? お前の魔力を脂肪に換算したら、ギネスの体重記録がゴミになる」

「体脂肪率に換算したら工業用シリコンの純度超えるな。ナイン・ナインなんて目じゃない」

「内蔵脂肪に換算したら、もう人間の原型とどめない。脂肪の塊が地球を覆い尽くす」

「なんでそんなのに換算するのよ!」

「油に換算するって話なら、ポリタンクと油田くらいのスケールだな」

「そんなもので済むか。本気で良子の魔力を有効利用できれば、人口の5%は救えるはずだ。日本じゃなくて地球でだぞ?」

「ああ。ものすごい魔力デブだ」

「ああ、もう、いい加減にしてよ!」

 思春期の乙女のプライドにかけて良子は叫んだ。

「話もとに戻すよ!? じゃあグレンデルはなんであの時に悪がどうとかミナに言ってたのよ!」

「その場のノリとか勢いとか、そんなところ」

 静かに声は突然聞こえた。いつの間にか、良子たちのテーブルにミナが参加して、大きなハンバーガーを小さな口でもきゅもきゅと食べていた。

「そんなこと言ってるから誰にも理解されないんだって言ってあげたのに」

「もう大丈夫なのか?」

「うん、平気。もともと魔力場が一時的に乱れて、安定できなくなっただけ」

「なぁ、誠二」

 不意に声のトーンを落して頑人が言った。

「そこまで分かっているんだったら、どうしてあの時、良子の魔力を吸い取る邪魔をした? 結果的に余分な魔力はお前が吸い取ったからよかったようなものの、一歩間違えれば死んでたぞ?」

「良子が嫌がってたからさ」

 誠二は答えた。

「嫌がってた? それだけで邪魔したのか」

「……命をかけたって守りたい意地や誓いってのがあるんだよ」

「……ふん」

 頑人はひどく複雑な表情になった。馬鹿にしているような納得できないような、だが否定できない顔。

「誠二が言うなら、そうなんだろうさ」

 会話が途切れる。だが決して居心地は悪くない、不思議な沈黙。


「話しこんじまったな。そろそろ会計すませて帰るか──あれ?」

 立ち上がった誠二が不思議そうに言う。

「サイフどこ消えた? 店に入る前は確かにあったはず……」

「あたしのもない」

「これのことか?」

 狼狽する二人の前で、頑人が二つのサイフを取り出した。

「なんでお前が持ってんだ」

「まあ怒るな。ちょっと年末用の手品の練習したらすぐ返す」

「手品?」

「さて、種も仕掛けもないこのサイフ、この通り何の変哲もないハンカチをかけると……あ」

 突然発火するハンカチとサイフ。火が消えたあとにはなにも残っていない。

「わーすごい」と手をたたく良子の前で、頑人がたらりと一筋の汗を流した。

 無論見逃す誠二ではない。

「……おい?」

「すまん。弁償する。あとここはおごる」頑人は両手を合わせてバッグを漁る。

「……ない」

「おい!?」

「まずい、家に忘れたか、それとも学校か……」

 人間3人の視線が自然と残った天使に集まる。

 すがりつくような視線を受けながら、ミナは首を左右に振った。

 絶望感が場を支配する。

「……ちっ」

「……仕方あるまい」

 やがて、誠二と頑人が姉弟ならではの息のあった動きで顔を上げ、絶凍界を展開する。

 ばたばたと倒れる客とスタッフ。

 バサリとマントを翻す仕種をすると、二人の魔法使いが現れる。

 これから起こることを予想して、良子は訊ねた。

「この隙に逃げちゃうのは?」

「日常での魔法の悪用なんてのがバレれば粛清部隊がくる」

「そもそも、魔法の悪用なんてのは魔法使いの沽券にかかわる」

「生贄がひとりいれば済むことだ。だれだっていい」

「誰か一人、生贄がいればいいんだね」

 良子は危険な笑みを浮かべた。

「面白いじゃない……付き合ってあげる」

 内腿のスタンバトンを引き抜いて、電圧を『切』から『強』、そして『殺』に変える。

その殺気に応えるように、金髪の少女がゆらりと立ち上がる。

「大いなる神の意思の前には、すべてが無意味だって教えてあげる」

 ミナの背中から翼が生える。

 そして乱闘が始まった。


 この4人の乱闘は、数時間後には恵人と光一、近隣全域の警察の特殊部隊と、招集されたままだった粛清部隊本体を巻きこんで、最終的に魔道王事件の数倍にのぼる経済的な被害総額を叩き出す騒ぎとなった。

 そして力ずくで鎮圧された4人は『魔道王事件の時に殺されておけばよかった』と心から思うような制裁を課されることとなるのだが──


 ──そんな未来を、4人は知らない。


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