一番幸せそうな笑顔でした
「こちらでよろしいですか?」
ファッション雑誌を手に、ミリナさんが戻ってきました。裏向きに差し出しているのは、表紙が夏の、太ももとかむき出しのファッションに身を包んだモデルさんだからでしょうか。
「はい、これです」
わざわざ裏向きに渡してくれたので、それに配慮してティルリーラ様に見えないよう表紙も確認しました。
そんなにいかがわしいかなぁ、まあ感性の違いというやつでしょう。一人納得した私はティルリーラ様にファッション雑誌を差し出します。
表紙を見たティルリーラ様は一瞬表情を強張らせましたが、いかがわしいとは言いませんでした。そしてパラパラとページをめくっていきます。
「……これが、ナナミ様の国の服なのですか?」
ページの三分の一くらいをめくり終えたあたりでティルリーラ様は一度雑誌から顔をあげました。大きな目をさらに大きく開いて驚いています。
「はい、でも私はあまりこういう服は着ていませんでしたよ」
さすがにこういうファッション雑誌の服は着る勇気が出ないというか、脚とかむき出しにできるほど自信ありませんし。
「こういう服も受け入れられるんですね」
「えっ、ええ」
「そうですわね、本人の魅力が伝わりますわ」
そう言ってティルリーラ様は手を顎にあてて考え込んでしまいます。この姿だけで一枚の絵になりそうです。
「イリア」
ファッション雑誌を読みながら、一人の女の人の名前を呼びます。イリアと呼ばれた女の人は黙って頷いて手に持っていたノートと鉛筆をティルリーラ様の前に置いて元の位置に戻りました。
名前を呼ぶだけで通じるんですね。プロって凄いです。
「これなのですが……ナナミ様はどう思われますか?」
ノートのページを素早く捲ってあるページを見せてくださいました。
肩から胸にかけて大胆に開いたドレスで、横に書かれたドレスより丈が短くなっている。横のドレスがこの国での普通だとしたら、かなり露出は多くて、大胆なデザインだ。
でも……
「丈の長さがなんとなく長いような……」
上だけ見れば大胆だけど美しいデザインなのに、丈の長さに違和感を感じます。もう少し短い方が可愛いと思うけど。
「露出する範囲を広くした大胆なデザインを目指したのですが、納得できないでいたのです。これ以上短くするのは憚られましたの」
ティルリーラ様はそのページをじっと見つめます。そして、新しい真っ白なページを開いてなにかを描き始めました。
ドレスのデザインかな。すぐに簡単なスケッチのようなドレスが白紙の上に現れました。さっきよりより丈が短くなっています。
「こちらはどうでしょうか。かっ、かなり短くなってしまいましたが……」
ティルリーラ様の顔が少し赤いです。ここの人からすればこれはかなり短いのでしょうか。街とか歩いてたらよく見かけるくらいの丈なんですけど。
「はい。こちらの方が私は好きです」
私がそう言っても、しばらくじっと自分の描いたスケッチを凝視しているティルリーラ様。短すぎてやっぱり受け入れがたいのかな……
不安になってティルリーラ様の方を見れないでいると、不意にティルリーラ様は立ち上がって言いました。
「明日にでもデザインをまとめて、仮縫いに入りますわ!針子に通達をしなさい」
「ですがこれは……」
ティルリーラ様のデザインを覗き込んだお付きの女の人が何か言おうとしましたが、目で制されて黙ってしまいました。
「長年、ドレスデザインは伝統を重んじ、新たな道を開こうとは考えてもいませんでした。ですが、伝統に縛られ続けていては新しいものなど生まれません。打ち破ってこそ生まれるものが、きっとあるはずです」
ティルリーラ様は私の方を振り向いて手を差し出します。
「ナナミ様のおかげで新しいものに出会えましたわ。実はこのところ煮詰まっていて困っていましたの」
そのふわりと浮かんだティルリーラ様の笑顔に、私も思わず微笑んでいました。差し出された手を取ると、ティルリーラ様がそっと握ってくれます。
「お姉様ができたようで嬉しいです。いつまでここに滞在なさるのかは存じませんが、心行くまでゆっくりなさってください」
「あっ、ありがとうございます」
最後にティルリーラ様は小さく礼をして、部屋から去っていきました。
「……あのお方の笑顔を見たのは久しぶりです。元気になられたようで何よりでございます」
見ると、ミリナさんが優しげに微笑んでいました。
「そうなんですか?」
「ティルリーラ様はこの国で一二を争うデザイナーですので、煮詰まってしまい重圧を感じておられたのでしょう」
「そんなに凄いデザイナーなんですね……」
確かにちらっと見えたノートの他のページのドレスデザインはどれも素敵だった。ドレスの良し悪しなんてさっぱりの私でも、綺麗だと思えた。
「それに皇帝陛下も、あのように楽しげなお姿を見せてくださったのは本当に久しぶりなのです」
「そういえばなぜあんなに楽しそうにしていたんですか?私の話なんて、ここでは珍しいかもしれませんけど、面白おかしく喋ったりしたつもりはなかったのに……」
子供のように瞳を輝かせていました。皇帝陛下なら、私の話より面白いものなんていくらでも聞けそうですが。
「……陛下は身体が弱く、幼い頃はほとんど王宮を出ることなく過ごされてきました。ですから外の世界のことを知りたいと思う気持ちが強いお方なのです。ナナミ様の異世界のお話は陛下にとって全てが興味深いのでしょう。ありがとうございます」
そう言ってミリナさんはにっこりと微笑みます。今日見た笑顔のなかで、一番幸せそうな笑顔でした。