改善していきましょう!
皇帝陛下はミリナさんに勧められたソファーに座って、懐から紙やペンを取り出します。
そして皇帝陛下の正面の椅子に座らされました。高そうだから座らないようにしていた椅子。本当はさっきまで座っていたのに座ろうとしたのに、ミリナさんがそれを勧めてきたんです。
「先ほどミリナから聞いたのだが、風呂の文化が異なるそうだな」
メモする気満々の様子でで皇帝陛下が訊ねてきます。
「長い間浸かると聞いた。なぜそのように面倒なことを?」
「面倒なんですか?」
「身体を清めることが目的だからな。寒いときは少し長く入るが」
シャワーだけみたいな感覚なのか。せっかくのでっかいお風呂がもったいない。
「長く入ると何かあるのか?」
「血行がよくなったり、温まります。それに落ち着きませんか?」
まああの立って入るお風呂では落ち着きにくいですけど。
「温まるのはわかるが、もうすぐ夏になる。わざわざ温まる必要はないだろう。冬もここにいれば冷えることはない」
そうか、常に快適な環境に保たれてるからわざわざ風呂に入ったりして温まる必要はないということですね。
でもせっかくのいいお風呂、有効活用しなきゃもったいない!
「お風呂には温める以外にも機能があります!」
「他の機能?そちらの風呂にしか無いようなものか?」
「いいえ、ここのお風呂にほとんど揃っています」
無駄に広くて深くて、入浴剤は無いみたいだけど、それはまた後でも大丈夫。今はとにかく日本のお風呂の入り方を皇帝陛下に教えましょう!目の前にいるのは皇帝陛下です。この方が始めればきっと、周りの人もやりはじめるんじゃ……
皇帝陛下のお風呂から、改善していきましょう!私のお風呂ライフをより良いものにするためにも!
「暖かいお湯にゆっくり浸かるのは、身体はもちろん、心の健康にいいんです。お風呂は私にとって休憩の場所でもあるんです」
私は拳を作りながら皇帝陛下に力説します。
「たまった一日の疲れをお風呂で癒して、汚れと疲れを一気に洗い流すんです。汚れを落とすだけなら身体を洗うだけでもできます。でも疲れまで落としてくれるのはやっぱりお風呂なんです!お風呂は……」
皇帝陛下はぽかんと私を見ています。メモをする手も止まっていました。
そして私ははっと我に返ります。そして一気に押し寄せてきた後悔と不安。
私……皇帝陛下の前でなに言ってるの?勢いに任せていろいろと言ってしまいました。失礼なこと、しましたよね。
やり過ぎたなあと、今更ながら反省します。追い出されてもおかしくないね。勤め口、見付かるかなぁ……
恥ずかしすぎて小さく縮こまっていると、不意に皇帝陛下が笑い始めました。
「ナナミの風呂に対する思いは伝わった。ニッポンという国では風呂はそれほど大切なものなのか」
そう言って皇帝陛下は再び笑い始めます。何が面白いのでしょう。
「あの……怒っていないんですか?」
「怒る?なぜ私が怒らなければならないんだ?風呂についてここまで熱く語ることができるなら、他の話も相当面白いだろうな」
どこが面白いんだろう。でも、怒ってはいない……よね。
「ニッポンの風呂か、面白そうだ。今度一度試してみるか」
「本当ですか!?」
ぜひどうぞ!勢いに任せて言った甲斐がありました。興味をもっていただけましたよ。ここの未発達すぎるお風呂を、文化と言えるくらい発展させてしまいたい!好きなものだからこそ、いろんな人にわかってほしい。
「明日は難しいが……何か、作法のようなものはあるか?今のうちに聞いておきたい」
「作法なんてありません。ゆっくりお湯に浸かって、疲れを癒せればいいんです」
お風呂に作法なんて堅苦しいものはありません。のんびりするのが目的なんですから。
しばらく皇帝陛下からのお風呂についての質問に答えていると、コホンという咳払いの音が聞こえました。バートさんです。
「陛下、そろそろお時間が……」
バートさんは銀色の時計らしきものを皇帝陛下に見せています。
「……そうか、残念だ。夜遅くに押し掛けてすまなかった。また話を聞かせてくれると嬉しい」
時計らしきものを確認して小さく皇帝陛下はため息をつきます。
そしてメモとペンを再び懐に仕舞って、部屋を出ていきました。
ナナミのお風呂愛が爆発しました。