弁解の余地もありません
そのあと、しばらくミリナさんとお話をしながら髪を洗ってもらいいました。身体も洗いますか、って聞かれたときはさすがに断りましたけど!
どうやらここ、少なくともこの国では、お風呂というものは身体を濡らして身体の汚れを軽く落とす程度のもので、ゆったりする場所ではないらしいです。
入浴剤がない代わりに、お風呂上がりには全身にオイルを塗ったりしてスキンケアをするんだとか……
なんだか、私にはもの足りません。
お風呂を借りておいて言うのもなんですが、いろいろともったいない。
せっかくのでっかいお風呂が無駄になっているような……
今はもうお風呂から上がってあの豪華な部屋に戻っています。全く慣れません。さっき座った椅子に座るのが精一杯です。
まだ緊張してゆったりもできない。休んでるつもりなのに肩がガチガチだよ。
その時、コンコンとドアがノックされました。誰だろうと思って立ち上がろうすると、ミリナさんになんとも言えない視線を向けられました。目が……あれですか、私が行くから立つなってことでしょうか。
ミリナさんは私が立ち上がるのを止めたのを見て、ドアへ向かっていきました。
「ナナミ様、皇帝陛下がお呼びです」
「ほへっ?」
誰が来たのかは見えなかったけど、ドアを閉めてミリナさんが戻ってきました。
「皇帝陛下がお呼びです」
あの、二度も言われなくてもわかります。
「誰が来たんですか?」
「バート様です。皇帝陛下がお待ちだそうです」
「じゃあ、もう行った方がいいですか?」
早い方がいいよね、そう思って立ち上がると、再びミリナさんにあの視線を向けられました。次は、なんでしょう……?
「陛下の御前にそのような装いで行かれるおつもりですか?」
そのような装い……私は今の服装を確かめます。お風呂から上がった時に渡された服を着ていますね。一繋がりになったワンピースみたいな服、ネグリジェっていうやつですね。
まあネグリジェって要は寝間着だもんな。皇帝陛下の前に行くには相応しくないか。でも着替えるって何に?お風呂の前に着せられてた服もこれとおんなじようなものだった気がするけど。
「でも服……」
私がそう言うと、ミリナさんがはっと何かに気づいたように身体を振るわせました。そして、
「申し訳ございません!お召し物をご用意しておりませんでした」
あ、うん。そうだよね。サイズとか、いろいろありますし、まさか服を持たないお客なんて想定外だよね……
「私は大丈夫です。でも皇帝陛下のことは……」
「確めて参ります。少々お待ちくださいませ」
慌てた様子で部屋を出ていってしまったミリナさん、追いかけようと椅子から腰を上げたところではっと思い出します。またあのなんとも言えない視線を向けられる……?
ミリナさんはいい人なんだけど、ちょっと怖いなぁ。私の礼儀作法がなってないのが主な原因ですが。
今何時だろう。ここに来て、どんだけ気絶してたのかも知らないし。
うーん、なかなか戻ってこないなぁ。経ってるのは短い時間なのかもしれないけど、物凄く長く感じる……
ちょっと外を見るくらいいいかな。ちょっと見るだけ。
ゆっくり立ち上がって廊下に出るドアの前に立ちます。鍵が掛かってますね。内側だから開けれるけど。
鍵に指をかけて、一瞬開けずにミリナさんを待つか迷ったけど、あの空間に一人でポツンと座ってるのは不安になる。
意を決して鍵を回して開けました。普通に回ったよ、私が勝手に出ていかないように何かしてあるんじゃないかって思ってた。
ドアを開けて廊下に顔だけ出してみました。
……誰もいませんね。だだっ広い廊下があるだけです。全面に立派な赤い絨毯が敷かれています。踏むのが申し訳ないですね。さっきまで平気で踏んでましたけど。
「誰だっ!?」
どこからか声がしました。皇帝陛下の声ではなさそうです。私はあわてて声のした方を見ました。
向こうの角から足早に一人の男の人がやって来ます。その後ろからおろおろした様子で初老の男性が付いてきていました。
「見かけない顔だが……まさか、あいつ、ついに女ができたのか!?」
足早にやって来た男の人が物珍しそうに私を見ます。顔がっ、近いです……にしても、これまたイケメンですね。皇帝陛下とは違うタイプのイケメンです。皇帝陛下が爽やか系のイケメンだとすると、この人はチャラ男系の軽い雰囲気のイケメンです。
こうでも考えてないとこの状況に耐えられそうにないっ!
「公的な用事で来ております。そのような言葉使いはお止めください」
付いてきていた初老の男性が少し疲れた様子で言います。
「わかっている。だがあいつがここに女性を泊めているんだぞ?今日ここに泊まっているのは俺とリード公爵だけだと聞いている。公爵の娘は来ていないはずだ」
「ですから、それをお止めくださいと……」
初老の男性は男の人の言葉遣いにまだ何か言っています。この人にそれ以上言っても特に意味がない気がしますけど。
「見事な黒髪だ。染めたようでもなさそうだし、まさか地毛か……あいつが気に入るのもわかる気がするな。で、名前は?」
「へっ?なっ名前ですか?菜々美です。宮野菜々美……」
「そうか、ナナミというのか。どこから来たんだ?見たことがない顔立ちだが」
「私は……」
「何をしている?」
鋭い声が男の人の後ろから聞こえてきました。この声はたぶん……
首を曲げてやって来た人を見ます。ミリナさんとバートさんを引き連れて、皇帝陛下がやって来ました。
「いや、ついにお前にも女ができたのかと……」
「彼女は客だ。珍しいからと手を出すなよ」
「話しかけるくらいいいじゃないか。黒髪なんて滅多にお目にかかれないんだ。知り合いになりたいだろ」
皇帝陛下は呆れたようにため息を付きます。若干睨んでますね、目が怖いです。
にしても皇帝陛下相手にお前って言えるって、この人は相当偉いお方……?
「ナナミ、こいつは隣のザルリア王国の第二王子ゼルアスタ・ザルリア、見ての通り女性に目のない女たらしだ。どこかに行こうと誘われても付いていくな。何をされるかわかったもんじゃない」
「お前っ、俺をなんだと思ってるんだ!ナナミさんに変な誤解をされるだろ!」
「誤解もなにも事実だろう」
要はお二人とも王族というやつですか。ロイヤルファミリーですか。へぇ、なんだかさっきから凄いお方ばかりで感覚が麻痺してきそうですね。
「ナナミ様はなぜゼルアスタ様と一緒にいらっしゃったのです?中でお待ちになっていたのでは?」
「えーと、ミリナさんの帰りが遅い気がして、気になって外を見たらこの方に……」
ごめんなさい、お待ちくださいって言われてたのに、わざわざミリナさんが閉めたはずの鍵を開けて、私は外に出ました、弁解の余地もありません。
「なあ、ナナミさんはどこからか来たんだ?顔立ちがこの辺じゃあ全く見かけないが」
「遠い異国からだ。そこの話が聞きたいからここに滞在させている」
「相変わらず好きだな。まあいいや、俺は部屋に戻ってるよ。お前がいるとゆっくりナナミさんと話ができない」
「お前が興味があるのは女性のことについてだけか。言っておくがナナミはこの国で保護している。手を出してみろ。それなりの代償を求める」
「ナナミさんがどう思うかにもよるだろ」
しばらく私からすれば正直下らない言い争いを繰り広げます。発端が私なのは悲しいけど。ゼルなんちゃら様は部屋に戻っていきました。最後に初老の男性が皇帝陛下になにやら謝罪してましたね。皇帝陛下はいつものことだと言っていましたが。
「あの、あのお二人は仲がいいんですか?」
こっそり近くにいたバートさんに訊ねました。
「陛下がまだ幼い頃よりよく互いに遊んでおりました。口喧嘩はその頃からよくあることです」
喧嘩するほど仲がいい、というやつですか。確かにその言葉があそこまで似合う二人はいなさそうですね。
「ミリナから聞いた。明日の方がいいのだろうが、明日は時間があまりなさそうだ。今夜話を聞いてもいいか?」
話って何だろう。私の国の話のことかな。聞いてもどうにかなるものじゃないと思うけどな……
まあどうせ今日の夜はろくに寝れないだろうし、話をして、ここについての情報を得た方がいいかも。
私がうなずくと、皇帝陛下は満足げな表情で部屋に入っていきました。