妙な噂って
まだ、自分の出した結論に納得できません。
だって、異世界ですよ?これがいわゆる異世界トリップとかいうやつかっ!?
突如挙動不審になった私を見て、バートさん、再び不審顔。怖い、またなんか言われるんじゃ……
「そう怖い顔をするな。ミヤノナナミと言ったな。貴女の来た、ニッポンという国はどのような所なのだ?ここと似ているか?それとも……」
何だか皇帝陛下、楽しそう?物凄くキラキラとした目をして、バートさんに地図を持ってこいと命じています。
「あの、そもそもここがどこなのかわからないんですけど……」
「ここが?ここはセフォーリア帝国の王宮だが……」
せっ、セフォーリア帝国?聞いたことない国だ。うーっ、やっぱりここは異世界か。
頭が回らず、ぼけっとしてたらバートさんが手に大きな丸まった紙を持って戻ってきました。
「ここの地図だ。貴女の国はこの地図のどの辺りにあるのだ?小さい国であるならもっと細かい地図を用意させるが」
ベッドの上に広げられた地図を見てみる。
思った通り、その地図に書かれていたのは私が知っている世界地図ではなかった。
大きな二つの大陸があって、方角が私の知ってるものと同じなら、東に大きいほうの大陸が、西には一回り小さい大陸があった。
文字も、全く読めない……と思ったら、なぜか読むと意味がすっと頭に入ってきた。皇帝陛下が教えてくれた、セフォーリア帝国とやらを探してみる。
東の大きいほうの大陸の南の三分の一くらいを占めている、この地図では一番でっかい国が、セフォーリア帝国だった。
「どうした、より細かい地図が必要か?アコニア諸国にある小国の……なっ、なぜ泣いているっ!?」
「だって、あのっ……」
見せられたこの地図を見て、ここは異世界なんだという実感が湧いてきたから。もう家には戻れないんだって、思ってしまったから。
そう思うと涙が溢れてきて止まらなくなってしまった。
私が突然泣き出したので、皇帝陛下がとっても狼狽えてしまい、どうすればいいのかとしきりに訊ねてくるけど、泣いてるんだから、答えられるかっ!
「どうしたというのだ、気分でも悪いのかっ?」
「まさか先程の自害はっ……」
違うからっ!それは全く関係ありません!
また妙な勘違いをされたくないので、私は首を横にブンブン振って否定します。また取り押さえられたりしたくないし!
「違っ、い……ますっ!」
泣きながら言っているので、自分でも何を言っているのかわからない。
「落ち着け、落ち着いてから話せっ!」
さすがのバートさんもおろおろしてる。私、そんなに泣いてますか?
深く息を吸い込んで深呼吸。涙を拭って何とかして呼吸を整えました。
「お……落ち着いたか?」
「は、はい……」
まだちょっとグスグスしてるけど、話くらいはできます。たぶん。
「ど、どうして泣いていたのだ?」
「こっ、この地図に私の国がないから。ここが、私の世界じゃないから……です」
「どういうことだ?まるで貴女がこの世界の人間ではないと言っているように聞こえるが」
「自分の部屋が真っ暗で、明るくなったと思ったらあそこにいて、それでお風呂の中に……」
まさかお風呂で溺れるなんて思ってもいなかった。たぶん引き上げられたから今私はここにいるんだろうけど……恥ずかしい。
「ああ、だから私の風呂に貴女がいたのか」
「はい……って、ええっ!」
私の、風呂……って?あのバカでっかい風呂は皇帝陛下の風呂?それはそうだよね、あんなバカでっかい風呂が個人のものだとしたら、皇帝陛下の物だよね。
じゃああの時、ちらっと見えた裸って……皇帝陛下の裸……?
意識が、一瞬飛んだよ!絶対顔が真っ赤だね!皇帝陛下の顔を見ることができません。
「聞いたかバート、彼女はこことは違う世界からやって来たそうだ!紙と、ペンを持ってこい!」
「お待ちください。この女は助かろうと嘘をついておるのかもしれません。戯言を言い、陛下の懐に入り込もうとするどこぞの密偵であったらどうなさるおつもりですか」
なぜだか興奮気味の皇帝陛下を落ち着かせようと必死に言うバートさん。なんで皇帝陛下はそんなに嬉しそうなんだろう。
「バート、風呂で溺れるような者が密偵であるはずがないだろう。それに国に帰れんと泣いていた」
「間抜けであるようにみせた演技かもしれません。それにあのいかがわしい書物はなんだというのですか?全く読めぬ文字で書かれておりました」
皇帝陛下、バートさん、さらっと心に刺さるようなことを……
「だが、黒髪は珍しい。わざわざ密偵になどしないだろう。それにここではない世界の文字であれば見たこともないのも当然だ」
「それもそうですが……」
バートさんはまだ不満げだ。っていうか、珍しいんだ、黒髪。
「着ていた服も見たことがないものだった。このような奇抜な衣服を私が知らぬはずがないだろう」
服……?
「私の服っ!」
お風呂で溺れたんだから、着替えくらいさせられるよね。今着せられているのはネグリジェっぽい薄手の服。言われて初めて気付いたよ。
「貴女の服なら今乾かしているところだ。調査が終わり次第お返しする」
調査って、あんなのどこにでも売ってるようなただのシャツとパンツだよ。二枚組かなんかで、近所のスーパーのセールで買ったやつだよ。って、あれ部屋着じゃん!あんなので私は皇帝陛下の前にいたのかっ!
「しかし、この者が本当に異界からやって来たとして、陛下はこの者をどうしたいのです?」
「決まっている、遠い異国からの客人として王宮で保護するのだ。街に放り出すわけにもいかんだろう」
確かに街で暮らせなんて言われても困る。この世界のことなんて全然わからない。でも王宮で保護するってことは、私、王宮に住むってこと?
いやいや、私は庶民ですよ。王宮で暮らすなんて考えたこともないのに……
「客人と言われましても、妙な噂が立ってしまったらどうするおつもりですか?」
「彼女は私の客人だ。手を出すことは私が許さん」
「あの、妙な噂って、どういうことですか?」
「それは……」
「私の恋人だとか、そういうたぐいの噂だ。私としてはそう思われた方がどこぞの娘を紹介されることが減ってありがたいのだが、貴女に迷惑がかかってしまうか……」
バートさんがなにか言おうとしたところを、皇帝陛下が遮ってかわりにとんでもないことを答えました。女の嫉妬は怖いんです!まあ私が知っているのは昼ドラの知識ですけど!
「じゃあ王宮で仕事とかありませんか?掃除くらいならしますから!」
「それは無理だ。貴女の髪色は目立つ」
「なら染めます!」
茶髪か金髪に。皇帝陛下は薄い茶髪だし、バートさんは金髪だ。髪が問題ならそれでいいはず!
「そんな勿体ないことはさせん。それに顔付きもこの国の者らしくないからな。仮に街に出したとしても、その容貌では目立ってしまう。王宮に滞在するのは嫌なのか?」
妙な噂が立つなんて話を聞かされて王宮にいたくありませんよ!そんな太い神経、私は持ち合わせておりません。
「嫌、というか……噂が……」
「わかっている。貴女は客人ということにしておくから、せめて今夜は泊まっていってくれないか。このような時間では決定してもなにもできんからな」
言われて窓の外を見てみる。外は真っ暗になっていた。
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